Colabo は何故批判されるのか | 安濃爾鱒のノート

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これは web log ではありません。
なんというか、私の「ノート」です。

 "Colabo" と称している団体、「主に少女の自立支援を行っている法人」だそうであるが、今、多くの人から強く批判されている。

 

 まぁ、そうだろう。

 

 で、その、批判される理由について、

  「今まで散々他人を批判・攻撃してきて、

   自分が責められる側になったら被害者ズラかよ!」

というふうに解説しているものを見かけたのだが、そうだろうか。

 

 Colabo に限らず あの手合い(:自称「人権擁護活動家」)が嫌われるのは、自分が "正義の戦士" として戦っている(という事に主観上は成っている)状況にする為に 実在しない問題の幻影を創作して 無理やり騒動を起こそうとする、その不自然さが醸し出す"臭さ"が人々の不快感を掻き立てているからではないのか。

 

 今回、連中が、《 我々は正義なんだから何をやっても許されるんだぁー!文句は認めん!》な人である事を示す不祥事が発覚したが、人々は前々から連中の事が嫌いで、今回の発覚で、連中への批判を口にし易くなっただけ。

 上野千鶴子とか「白雪姫 王子のキスは準強制猥褻」の人とか、不正会計とか無くても多くの人が嫌いではないか。