「闘牛の国」で「現代の『生類憐れみの令』」という虚報 | 安濃爾鱒のノート

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スペインのとある町で犬と猫の『人権』を認める条例が可決
というニュースを最初に見たとき、私は、正直に言えば、《 アホなスペイン人がまたアホなことをしでかしたんだな 》という感想をもった。ところが、或る切欠から、これに関するスペイン語の新聞の記事を読んでみて、私は、大きな間違いをしていたことに気が付いた。これは、誤報とか虚報とか捏造記事とかという言葉で呼ぶべきものだったのである。
 この
スペインのとある町で犬と猫の『人権』を認める条例が可決
という日本語のタイトルを見て、多くの日本人は、
 「闘牛の国」 で 「現代の『生類憐れみの令』かよ」
と思ったのではないだろうか?
 江戸時代の元禄期、第5代将軍徳川綱吉によって出された「悪法」として有名な『生類憐れみの令』のことである。

( 因みに、最近の歴史学者・法律学者の研究では、『生類憐れみの令』は、実は、それほど酷いものではなく、結構合理的で倫理的で、一部に行き過ぎのところがあっただけ、というような肯定的な評価がなされるようになってきているようだが、ここでは、そういう歴史的事実の方ではなく、落語・講談・古い映画・時代劇などの虚構の世界での「お約束事」としての『生類憐れみの令』の方の意味で使っているので、歴史に詳しい方からの間違いの御指摘は勘弁してもらいたい )

 ところが、この件に関するスペイン語のニュースを幾つか(:例えば、これこれこれ)を読んでみたところ、この条例は、 ただ単に、犬や猫を捨てることや、その他、動物への虐待を防ぐ、という、常識的な話でしかなく、もしこれを日本語に訳すのなら、日本語に既にある「動物保護条例」の類のことば(正確に言えば、「東京都動物の愛護及び管理に関する条例」などのことなのであるが、これでは長いので、その俗称としての「動物保護条例」) を使えば済むニュースなのである。
『生類憐れみの令』(虚構の方)とは程遠い内容の、常識的な話なのである。

 日本語のニュースにある、「犬と猫の『人権』」という表現は、意図的な、いやはっきり言っちまえば、悪意の有る誤訳がなされたものだ。
 「人権」は スペイン語で "derechos humanos" 、で、「犬猫の人権」を敢えて訳せば、"derechos humanos" de los perros y gatos とでもなるが、原文にはそんな部分はない。「犬猫の『人権』」("derechos humanos" de los perros y gatos) だと、なにか犬猫に人間並みの権利を保障しようとしているかのように読めるが、スペイン語のニュースを読む限りではそういう内容はなく、ただ、犬猫の虐待を禁止しようという常識的な事しか書いてない。 強いて、スペイン語のニュースの中から、「犬と猫の『人権』」と意訳されそうな表現を捜してみたが、本当に強いていえば
 « vecinos no humanos »
辺りだろう。
 "vecino" というのは、フランス語の "voisin" 英語の "neighbour" に相当し、 それに続く "no humanos" の部分は、「人間ではない」という意味である。
 犬・猫を « vecinos no humanos » と見做す、ということを、「犬と猫に『人権』(人間並みの権利)を保障する」という意味のことばで表現したのだとしたら、控えめに言って「誤訳」「誤報」、実態はおそらく、「捏造」「虚報」の類であろう。

 この虚報の発信元は、どうやらスペイン駐在のイギリス人記者であるようだ。(ここでいう「イギリス」とは England のことではなく、"United Kingdom of great britain and northern ireland" の方の意味である)
 イギリスの "The Independent" 紙の、Alistair Dawber という記者 (The Independent's Spain correspondent) が書いた、"Human rights for cats and dogs: …"というタイトルの記事(全文はこちら) にある "Human rights for cats and dogs" という表現がこの虚報の発端であろう。
 イギリス人という奴は、「ブルドッグ」を創った国のくせに、「動物愛護先進国」を自称(「僭称」?)していて、一方、スペインは、「闘牛の国」として知られているから、イギリス人でスペインに駐在している記者である彼は、イギリス人の思い込みに迎合しつつ、エキセントリックなニュースを書いて採用されようという打算から、こういう虚報を書いたのだろう。で、本国(英国)の編集部もそれに乗っかって、更に、日本のメディアもそれに乗っかって、ついでに、英語の記事の直訳の振りをすることで責任逃れをしつつ (俗説の方の)『生類憐れみの令』のイメージを振りかける、という高度なテクニックを弄した虚報をばら撒いたのだろう。
 実にたちの悪い虚報捏造記事である。

 因みに、最近では、スペインの多くの地方自治体で、闘牛は禁止されている。この虚報の元となった、Trigueros del Valle もそうだ。