私が習った古い知識 | 安濃爾鱒のノート

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これは web log ではありません。
なんというか、私の「ノート」です。

 私は、今から半世紀以上前の 1959年、国内的には、上皇上皇后両陛下御成婚の年、そして、国際的にはキューバ革命の年 に 生まれた。だから、最近学校で教えていることは、そんな私が学校で習ったものとは随分違っているらしい。

 

 例えば、「源平合戦」が、「治承寿永の乱(じしょう・じゅえいのらん)

 

 確かに、その実態は、"源氏"対"平家" というシンプルなものではなかったのだから、とっとと修正すべきだったといえるのだけど、史実としては間違っていても、子供にとっては、一度、「源平合戦」という大胆に(乱暴に)単純した構図に当て嵌めて解釈してみたもので理解する、という段階を踏むというのも、そんなに悪くないような気もする。

 

 数学的、ユークリッド幾何学(Euclidean geometryの証明テクニックの用語で言えば、

  「補助線を引いてみる」

という感じか。

 

 そういや、このユークリッド幾何学自体、今ではまったく学校で教えないようだ。

 幾何学を勉強するにも、いきなり座標軸を使ったデカルト幾何学(Cartesian geometry)をするようになったのは、いいことだと思う。我々がユークリッド幾何学を学ばさせられたのは、一部の人のノスタルジーに過ぎなかったのだから。

 ユークリッド幾何学は、その他の分野と繋がらない。

 デカルト幾何学は、代数学の成果を手段道具として使えるし、代数学を考える上で、デカルト幾何学は数式が意味するものをイメージするのを助ける。

 そして、デカルト幾何学と解析学との関係も同様。

 ユークリッド幾何学だと、これが出来ない。

 

 鎌倉時代のスタートは、1192年から1185年へ。

 これは、「征夷大将軍」に拘った故に間違っていたのを正した、ということだろう。「征夷大将軍」に拘るのは、統治能力を失いながら不安定にずるずると続いた 足利室町幕府後期以降のことではないか。

 

 あと、微妙なのは、

  「それまで

     『円周率は 3.14

   と教えてきたが、

   それが

     『円周率は 凡そ 3

  と教えるようようなった」

というニュース。

 もしそれが本当だとしたら、それはとてもよいことだと思う。

 なぜなら『円周率は 3.14』は、間違いだが、『円周率は凡そ3』は間違いとはいえない。だから、もし、本当に、

  「それまで『円周率は 3.14』 と教えてきたが、

   それが『円周率は 凡そ 3』と教えるようようなった」

というのなら、それまで間違いを教えてきたのを、正したということになる。

 とてもよいことだ。

 

 あと、以下のことは、もしかしたら、もう既に直っているかもしれないけど、未だだったら、早急に直して欲しい。

 古代の朝鮮半島南東部にあった国家

  「新羅

のことだが、我々は、これを

  「しらぎ

と読むように教えられた。

 「シンラ」と読んだりしたら、笑われたものだった。

 しかし、「新羅」を 日本以外では どう読んでいるかを調べてみると、「シルラ」、"Silla" あたりで、「しらぎ」に近い読み方をしている例はない。「新羅」の前身である「斯蘆」も、この文字の発音は現代日本語では「しろ」現代韓国語では「サロ」、漢字の上古音では「シラ」である。

 「しらぎ」の「ぎ」の部分は、まことに突拍子も無く不可解な存在である。

古代日本には、新羅に敗れて日本に渡ってきた百済人たちが沢山居たようで、かれら百済人が、「新羅の奴らめ」という意味の言葉で「シラギ」と呼んでいた。当時の奈良の都の日本人たちがそれを聞いて、

  「新羅」=「シラギ」

となった、という説がある。

 

 「百済(クダラ)」も同様。百済遊民らは 消えた祖国百済を「大きな国(コンナラ)」といったが、この言葉が変わって「クンナラ→クダラ(百済)」になった

 

 "Pearl Harbor" を「真珠湾」と呼ぶのもおかしい。

  東京は、"Tokyo Bay"

  横浜は、"Yokohama Harbor"

もしかしたら、Pearl Harbor は、米国人にとっては、

 《 "Bay" と呼ぶほど大きなもんじゃない、せいぜい "Harbor" と呼ぶ程度だぜ 》

ということだけど、日本人にとっては、

 《「港」と呼ぶには大きすぎる。十分「湾」と呼ぶにふさわしい規模 》

ということだったのだろうか?