愛知県名古屋市・豊田市
過食症専門カウンセラーの鈴木です。


免許証の更新手続きに行きました。

5年前の写真は若くて、そして一生懸命でした。

ちょうど別居したところで、4歳と1歳の幼子を抱えて不安と苦しみでいっぱいのときでした。

それでもキリッと映った写真に、自分の魂の強さを感じます。この世は生きにくいですが。


今日は、9歳と6歳になった子供たちを連れて行きました。この5年間を必死に生きてきて、ママはどんどん強くたくましく自由になっています😊



それはいいのですが、講習会の警察官の女性の方が最悪でした。

「あおり運転をする人にまともな人はいないから相手にしないように」と2、3度力説していましたが、

その人の私への対応も、まともだとは思えませんでした。

講習会の中で、市内で交通事故が一番多い交差点が地図付きで説明されましたが、目印となる大型店の名前が昔の店ものになっており、

そのままだとどこの交差点かわからない人もいて事故にあったら可哀想だと思ったので、講習会終了後にその女性警察官に丁寧にお伝えしました。


すると私の文章が終わらないうちに、

「知っています」と。

😨😨😨😨😨


は?だったらなんで直さないの??

でも、その女性のエネルギーがヤバすぎたのでそれ以上関わるのをやめました。

病んでいました。攻撃病みのほうです。

過食症の人のような謙虚な病み方ではありません。



私なら、

「あ、わかっているのですがまだ変更できていなくてごめんなさい。おしえてくださりありがとうございます」

と言うと思います。

お礼も言わない、説明もしない、温かみもない、関わる気もない。

その人はあおり運転こそしないと思いますが、心がまともだとは思えません。

その冷たい態度は、一市民であり母親である人間の親切心を台無しにしてショックを与えて傷つけて、その結果はどうなるでしょう?


帰りに私が動揺から交通事故を起こして母子3人が死亡するかもしれません。

話が飛躍しているように感じるかもしれませんが、世の中は見えるものだけで成り立っているわけではありません。

その警察官は、私にあおり運転もしていないし、わたしの顔を殴ってもいないし、私のお金を盗んでもいませんが、

人としての親切心に職務中でありながら冷たい無関心の態度を表したということは、見えないレベルで私に冷たさと無関心(愛の対極)を突き刺したということです。

見えない心のレベル、エネルギーレベルでは、立派に犯罪を犯しております。

時代がそこまでおいついていないのが残念ですが。


もちろん彼女がそんな人になるには、いろんな事情があったかもしれません。

私みたいな人間(クライアントさんも)はすぐにそのように相手の立場も考えて、自分を反省してしまうところが、損なところです。

相手はこちらのことなど何も思っていないことがほとんどですから。

そして私みたいな人間はなんとなく社会的に弱者の位置で生きることになります。

優しいがゆえに。。。


なんて理不尽なんだろう。

あの地図を見て違うと気づいた人はたくさんいたはずですが、誰も言いませんでした。

無関心が普通の世の中です。

その方が傷つくことを回避できるかもしれません。

私は引っ越してきたばかりなどで地図がよくわからない人がいたときに、きちんと今のお店の名前になっていたらわかりやすいだろうという親切心から申し出たのですが、惨憺たる結果。


損ですね。


もちろんたくさんいた警察官の中には良い感じの人もいましたし、みんながみんなではありません。

警察官は本来女性には向かないのではないかと思います。女性性より男性性でやる仕事なので無理があります。


それにしても、この世は生きづらい場所です。

まずはそのことを認めるところがスタートになります。

意地悪な人、冷たい人、卑怯な人、ずるい人、裏表のある人、嫉妬深い人、怒りにみちたがたくさんいます。

そのことが私には分からなかったために、たくさんの痛い目にあってきました。

自分にないものは人の中にも見えません。

私も人間なので全くないとは言いませんが、、少ないようです。クライアントさんもほとんどそうです。

だから、みんないい人のはずだと思って関わり傷つきます。

それでも、自分の側が反省してしまうほど純粋なことがおおいです。

世の中の大半の人は自分とは違う。

と認識することごスタートです。

その世の中でどう生きていくか。

それが取り組むべきことです。



ちなみに、事故は起こしませんでしたが、警察官の冷たい無関心が突き刺さって心が童話していたためにどうしても子供に対して短気になりがちでした。

一生懸命にそうならないようにしましたが。

このように不幸は伝播します。怖いですね。



あ、でも実はその女性警察官の方が傷ついたのかもしれません。

なぜなら私はそのときあくまで純粋で親切だったからです。(今はかなり怒っていますが。)

「知っています」と冷たく言い放ったものの、そんな自分のあり方や心のあり方に傷ついたのは彼女自身なようにも感じました。

敏感な私としては。



















愛知県名古屋市・豊田市

過食症専門カウンセラーの鈴木です。

 

 

過食の原因と解決方法が分かる「初回3時間カウンセリング」。

 

7月、8月は満席をいただいております。

 

9月のご予約開始は8月に入ってからを予定しておりましたが、継続サポートの方の予定が固まりましたので、早めに開始させていただきます。

 

詳しくはHPからからご覧ください

 

 

愛知県名古屋市・豊田市
過食症専門カウンセラーの鈴木です。


過食症を卒業してカウンセラーをしている私がそんなに幸せかというと、

この地球でなれる範囲では幸せなほうだと思いますが、やはり不幸です。


自分にとって価値あるものがほとんどなく、反対に苦痛なことがたくさんあるからです。

ほとんどの人にはそれが普通で疑問にも思わないことでも、私にはおかしいと思うことはたくさんあります。

そして最終的には私の感覚が真実であることが証明されたりします。(今の時点では証明できないこともありますが)


例えば、先日は小一の娘が背中が痛いというので見てみたら赤くなっており、セイバン天使の羽のランドセルが原因でした。

背中に当たる部分の高さに左右差があり、それが原因で右側の肩甲骨の辺りが赤くなっていたのです。

それで、天使の羽に電話をしてランドセルを送りましたが、なんと「数ミリの差は認められましたが規定の範囲内なので修理は有償になります」と言われました。。。


え???

6年間の保障がついているランドセルで初めからそれ?

実際に左右の差異が認められているのに?


私は思いました。

数ミリが3〜4ミリだとして、大人からすれば小さなことでも、小一の体も骨も皮膚も柔らかい子供にとっては大きなことです。

66キロの成人男性にとっての3〜4ミリは、単純計算でも22キロの女の子には9〜12ミリのちがいということです。

それを規定の範囲内で済ませて有償修理にするとは、人の心と魂を持ち合わせているのでしょうか。

現時点では人の心は平均的にそんなものなのかもしれません。魂は、、どうなのでしょうか。書くことはやめておきます。

安いものなら仕方ありませんが、ある程度の値段もしています。

テレビCMでは、子供と保護者に夢と安心を売っておきながら現実にはこの対応です。

「他にも背中が痛いと言われたお客様はいますが有償で修理させていただいています」とのこと。

それはむしろ問題なのではないでしょうか???

差異が出てしまうのは仕方ないとして、痛みまで訴えていて差異が認められても有償修理?他の方もそうしています?

相談口の方はこちらがどう説明しようとお願いしようと同じことしか言いません。

ご本人の個人的な自然な感覚や価値観はどうなのでしょうか?

もし私が相談口の人間なら自分にとって自然な感覚と合わないので、その仕事は続けられなくなります。

そうやってやめた仕事も実際に二つありました。自分に嘘をついていると病気になってきたからです。

心と魂が死んでいったからです。結果的には過食症状や体調にも現れてきますし。


結局、豊田市消費者センターにランドセルを持って行って相談したところ、そこにいた5,6人すべてのスタッフさんから差異が認められました。

「あ、本当だ!違いがありますね!」と。

誰がみてもわかる差異だということです!?

その後は愛知県の検査機関が書いてくれた書類を添えて再度天使の羽のセイバンに送ったところ、

「無償で修理させていただきます」

とのこと。。。。


修理されて戻ってきたランドセルには差異はなく、娘も痛みを感じずに背負えるようになりました。


私の感覚ではその対応が初めから当たり前のことです。でもそれがスムーズにいかないのが今の社会の現実です。

それでも日本は世界の中ではトップレベルに住みやすく良心的な人間性の国のはずですが。

だから、私がこの地球にいて本当に幸せだと感じるのはなかなか難しいと思います。


数千円の負担なら諦めてしまう人がほとんどなのかもしれません。でも私にはお金の問題ではないのです。

直感的におかしいと感じることをやりたくありません。私の中には真実かどうかを見極めるセンサーがあるようです。

わたしのような人間を、インディゴチルドレンと呼ぶこともあります。

インディゴチルドレンは、古くて機能不全な社会体制や概念を壊して地球の波動を上げるために生まれてきているそうです。

だから、真実をを見極めるセンサーを直感として持っており、それに引っかかることを妥協してやることはできません。

基本的に優しく繊細で思いやりがありますが、機能不全なものに対しては強い怒りと攻撃性を発揮することもあります。

インディゴチルドレンは大変です。戦いの人生にもなります。インディゴの仲間に会ったことがありますがすぐにわかりました。

でもインディゴのおかげでこの世の古い機能不全な制度や考え方が壊されて新しく良い制度や考え方が生まれていくのですから必要な存在です。

もしインディゴがいなかったら一体どうなるのでしょう?機能不全と不正がはびこったままでしょう。それを変える力を誰もが持ちません。

もちろん、自分をインディゴチルドレンという概念だけで見るつもりはありませんが、インディゴの要素は確実にあると感じています。

おかしいものはおかしい。でも社会や人の感覚はまだそこまで発達していないことが多くため、私の方が変わっているとか神経質だと思われたりします。

だからこの地球にいたくありません。正直なところ。早く元々いた自分にとって自然な愛の故郷に帰りたいです。

でも、地球でやるべきことがあって今ここにいるようなのでそのように生きるしかありません。

子供も二人生み出しましたので、守って育ててやらねばなりませんし。

でも、結構いろんなことで嫌になります。

ひとりでいるならとてと幸せなんですけどね。私はひとりで幸福にいられます。

ほとんどの人は逆に孤独を避けて人と一緒にいることを求めるように思いますが。

残念ながら多くの人や社会と関わるとおかしなことになります。ガチャガチャわちゃわちゃしていて。

正直なところ、セイバンの天使の羽ランドセルのようなことがなくても、いわゆる普通の人のたちであっても、私にはちがいます。

他の星からは地球は悲しみの星と言われているそうですが、地球での普通や恵まれた生活は、本来の愛に満ちた世界ではないのです。


だから私にはこの地球で今の日本で生きていることが結構辛いです。

そんなこと言ったらカウンセラーとしてどうなのか不安になりますか?

でも、クライアントさんたちは継続サポートをスタートするとどんどん変わって行きます。

自分を理解して受け入れ、他者基準から自分の感覚を大切にできるようになり、頭でガチガチに考えた生き方から心が本当に望む生き方へと進んで行きます。

もし私が今の地球、日本で生きることに苦しみを覚えない人間なら、そういうサポートは不可能なことだと思います。

私の今の使命は、私と似た性質、近い性質を持つが故にこの地球で日本で苦しんでいる人たちをサポートすることです。

この世界、社会の中で、少しずつでも真実に気づいて楽に生きられるようになるように。

過食症になる人はとても純粋で優しいです。だからこそこの悲しみの星・地球で、そこで違和感なく生きている家族の中で、病気になるのです。

ご両親自体も苦しんで来られている場合もありますけどね。ご両親はあまり苦しみを感じていなかった場合と両方あります。

過食症になる人はおかしい人ではありません。本当はこの地球に愛と光をもたらすためにやってきた純粋で優しい生命です。

ただインディゴチルドレンではなく、クリスタルチルドレンの可能性も高いです。

激しさのあるインディゴが破壊して切り開いた後の道を生きる純粋な存在ですね。

私の子供たちはこちらかと思います。

残念ながら今の地球は低波動な場所です。

地球は悪くありませんが人間がということです。

過食症になるような人は、この地球が少しずつ優しい場所になるように貢献している魂です。存在するだけで。

引きこもっていても?

はい、そうです。ご両親が頭を抱えて悩んで変わっていくでしょうし、社会問題となり社会を動かす力となります。

その前にも、学校や社会に存在していただけで、優しいエネルギーを放っていたのですから価値は十分にあります。ありすぎるほどに。


ただ、そのまま終わってしまっては個人的に悲惨さぎますので、ぜひ自分を助けるためにできることをしてあげてください。

別にカウンセリングを勧めるために書いた覚えはなく、直感的な強いエネルギーにより書いたのですが、

私のサポートをご利用になりたい方はホームページからご連絡ください。

7月、8月は予約がいっぱいのため、9月のご予約を承ります(^-^)。






愛知県名古屋市・豊田市
過食症専門カウンセラーの鈴木です。


最近やっとわかりました。

私が求めているものというか、
私にとって自然に感じるものは、
この地球上にはまだないということです。


それが飲食店であっても、

人間関係であっても、

夫婦関係であっても、

職場であっても。


飲食店がわかりやすいですが、
私はオーガニックカフェを希望しますが、
ほとんどありません。

大抵は農薬や化学調味料まみれです。

自然な飲食店も前よりは増えましたが
まだわずかです。


お互いに尊重と愛のある人間関係、

安心して本当に感じていることを話せて
深い理解とつながりのある夫婦関係(特にこれ)

ひとりひとりが大切にされ
心も体も健康に働ける職場環境など、

地球はまだまだなのです。


ついこないだまで500年に渡り
白人が有色人種を奴隷支配していたレベルです。

虐殺、略奪、強姦、当たり前でした。

肌の黒いアフリカの方はついちょっと前まで
白人社会では学校や病院や至る所で差別されていました。

おそらく今でも全くないことはないでしょう。


日本はアメリカに支配されそうになり、
独立を保つために戦争せざるを得ませんでした。

その後の洗脳教育により、
日本人の頭と心と魂は未だにおかしくなっています。

そのことに、気づいてもいません。



ないものをどこかにあると思って
探し続けて来ましたが、

ないと分かったことで落胆したと同時に
楽になった気がします。




なんだ、ないんだ。

私にとって自然ななものは。




少しずつ良くなってはいますが。

私が自然に感じるレベルにはまだまだ遠いです。

過食症になる人は基本的には
私と似た性質の方が多いと思います。

だからこの地球で生きることが辛いのです。


まだないなら、
私たちでつくっていきましょう。








愛知県名古屋市・豊田市
過食症専門カウンセラーの鈴木です。


髪をバッサリ切りした‼️



もうすぐ40歳。

大人になってからはほとんどの時期をセミロング〜ロングで生きてきましたが、どうしても切りたくなりました😊


私としてはどんな意味があるかというと、

・可愛い女の子よりも大人の女性として生きたい。

・自分のエゴや執着を手放し使命を生きたい。

・人生前半の重い感情や疲れを落としたい。

・身軽でシンプルになりたい。


そんな感じです。


ロングヘア希望の息子からは不満の声、

娘もイマイチな様子、

会った人からもとくに良い評価はありませんが、

すべてどうでもよい感じ。


私はスッキリしたいのです。

可愛く見えなくてもいいのです。

ほほほほほ☺️






愛知県名古屋市・豊田市
過食症専門カウンセラーの鈴木です。


最近、よく戦争のことを書いてきました。

過食症専門カウンセラーがなぜ戦争の話をするの?と思われるかもしれませんが、

なぜなら国の歴史を知らずして、今の日本に起きている問題や心の苦しみを理解することはできないからです。

真の歴史を知ることは、カウンセラーとして絶対に必要なことだと感じています。


GHQによる戦後の洗脳教育により、日本人は間違った罪の意識を植え付けられています。

私もそうでした。過去の日本はアジアを支配し、世界侵略を企んだ犯罪国家だとどこかで思わされていました。

でも、過去500年に渡って有色人種を支配し、奴隷にして酷使し、搾取し、虐殺してきたのは残念ながら白人の国です。

第二次世界大戦、大東亜戦争も同じでした。

植民地化を進めていたアジアで独立を保っていた日本を、石油を輸入できないようにすることなどで追い詰めて、挑発して、戦線布告・先制攻撃をさせたのです。

そうすれば、「正義のため」という大義名分のもとに、アメリカ国民の戦意を掻き立てて戦わせることができるからです。

ハワイの真珠湾攻撃のときには、アメリカは本当は知っていたので重要な戦艦は他の場所に避難させていたそうです。

日本の奇襲攻撃は成功したかに見えて、実はおとりを爆破させただけだと言えます。


一般的な日本市民には全く想像もつかないことですが、戦争は儲かり、そのためなら人がどれだけ死のうと全く心が傷みもしない人間がいるのです。

その国の国民がすべてそうというのではなく、指導者の中にいるということですが。

普通の人たちは見事に騙されて正義のために戦おう!となってしまうのです。残念ですが。

アメリカは国際法を違反して原爆を一般市民の上に落として何十万人も殺しておきながら、日本を犯罪国家にして、茶番の東京裁判で日本を裁き、東條英機さんらを戦犯として処刑しました。

日本は自国を守るために戦っただけです。最後の最後まで戦争を避けて交渉を重ねましたが、アメリカは初めから戦争したかったのですから、応じるわけもありません。


私はこれらの真実を知り、白人の国をひどく恨みました。それはそれで無理もないことだと思います。

実際にそれだけの事実があると思いますし、生まれてから40年近く騙されて続けてきた怒りもあります。

今は平和で関係ないようでも、みんな死んでいます。

理由はひとつではないにしろ、戦後の洗脳政策が成功したためであることは大きいと感じます。

日本人としての誇り、精神、魂、愛国心、おかしいものをおかしいという強さと自由、そういつたものをすべてなくさせられたのですから。

経済的に日本は発展しましたが、心は死んでいます。魂も精神も歪んで弱って卑屈になっています。


でも今日は、別の観点から見てみたいのです。

それは、もっと長いスパンで歴史を眺めると、白人にも事情があったということです。

過去には他の国を侵略して、支配して、虐殺して、略奪して自分たちの豊かさとしてきた白人の国ですが、

実は地球上でもともと白人の国があった土地は、日本のように四季があり緑豊かで日照時間と長く川にも恵まれている土地とは違い、

凍えるほど寒すぎたり、灼熱のように暑すぎたり、日照時間が短すぎたり、農作物が育ちにくい(場所によっては育たない)ところなのです。

だから、そもそも動物をとって肉を食べるようになりました。生きるためです。

そして、動物をいちいち可哀想だと思っていたら殺していられないのでそういう情は持つことができません。

自分からたちが生きるためには、果物や食べられる野菜などを探しているより、他の動物の血肉、命を奪うしかなかったのです。

日本は海や川がたくさんあって魚が取れますが、ヨーロッパでは塩分濃度が高すぎる海では魚もいなかったりするそうです。。。

他の動物の命を奪ったり、他の人間の財産を奪ったり、それが生きることに直結していたそうです。

そういう理由があれば、自分たちが生き残るためには他の命に対する愛や慈悲を持たなくなって行ったとしても不思議はありません。

その延長に、アフリカや南米、アジアの植民地支配があります。

四季があり、緑が多く、食べ物が手に入りやすい日本人にはわかりようもない、過酷な暮らしが元となり、結果的に残虐性に繋がったとしても不思議はありません。

だからと言って、他の人種を殺戮したことが仕方ないとは言えませんが、それぞれの立場にそれぞれの事情があるとは言えるように思います。

もしヨーロッパでも、もっと農作物が取れたなら、このようなことにはならなかったのでしょう。


そう思うと、誰も恨めないように感じてきます。

いい人すぎるかもしれませんが。


でも今日、田んぼ道を散歩しながら思いました。

もし日本が他国に原爆を2発落として何十万人もの一般市民を殺戮していたとしたら、わたしはもっと辛かったのではないだろうか、と。

もちろん自分や家族が直接の被害にあっていないので言えることかもしれません。被曝して苦しむ人生になっていたらそんなことは思わないと思います。

でも、もし他国に原爆を2発落としたのが自分の国なら、どれだけ自分をよく思えないだろう。

これまで原爆においては国レベルでは一応は被害者側として生きて来ましたが、加害者側だったとしたら、実はもっと苦しいのではないだろうか。

そんなことを思うと、アメリカ市民の悲しみを感じました。

もちろんアメリカ市民がやったことではなく、一部の指導者がやったことですが、でもそれが自分の国のだとしたら、悲しみに押しつぶされそうです。

だから、正当化が必要になります。

原爆は戦争を終わらせるために必要だった、と。日本は他の国の侵略しようとする犯罪国家で、メガネに出っ歯で黄色い猿のジャップは人間ですらない、と。

(そもそも民間人を狙った原爆は国際法違反ですが)

正当化しないと、自分の心が折れ保てないかもしれません。国がやったこととはいえ。母国ですから。

そういう意味では、もしかしたらアメリカの中には、表面的にはどうであれ深いレベルではたくさんの国のを攻撃して罪のない命を奪って来た自国のあり方にこころを痛めている人は、私が思っていたよりもいるのかもしれないと、思いました。

それ、私ならこう感じるだろう、の投影であるだけで、実際にはそんな心を持ち合わせている人はほとんどいない可能性もなきにしもあらずですが、、、。

でも、やはり、人の深いところには必ず愛があると思います。

本当にごく一部だけは生まれつきそうでない人もいるようで、そういう方が指導者になると悲劇が起きますが。

でも、そう見えて実は相当過酷な子供時代が原因で狂気に走った場合もあります。ヒトラーはそのひとりです。

敵意、攻撃、復習は、また次の悲劇を生みます。

この感覚に行き着けたことは良かったなと思います。












愛知県名古屋市・豊田市
過食症専門カウンセラーの鈴木です。


何かに悩むことがなければ、人の気持ちがわかるようにはならないのかもしれません。

例えば、自分が転んだことがなければ、人が転んだときにその痛さはわかりません。

誰かが転んでも無表情で無関心でいるかもしれません。何が起きたのかわかりませんので。


前に、韓国ドラマで考えさせられたストーリーがありました。

あるお金持ちの娘は優しい両親にも愛されて育ちとても幸せだったのですが、なんと彼女の親友が嫉妬と恨みから、彼女を裏切り陥れることを考えたのです。

彼女はただ純粋で明るく優しい子でした。でも、苦労したことがないので、貧しい生い立ちの親友の心を思い計ることができませんでした。

彼女の純粋な善意と言葉は、結果的に何度も親友を傷つけました。

いえ、親友が勝手に傷ついたとも言えますが、とにかく親友は時代に憎しみを抱くようになり、彼女を裏切り陥れることにしたのです。

彼女は不幸になりました。そしていろいろな体験をしました。たくさん苦しみましたが、その中で彼女の心、精神、魂は磨かれていきました。


人は何の悩みも苦労もない、うまくいくばかりの人生であってほしいと思うところがあると思います。

少なくとも私はそう思っていました。

でも、それだと人の気持ちもわからないし何の成長もないかもしれません。

私が小学生のときに母に「人は何のために生まれるのか」と聞いたところ、母は「幸せになるため」と言いました。

でも私は思います。

人はいろんな経験をして、いろんな感情を体験して、たくさん悩んだり時に苦しんだりしながら、心、精神、魂を成熟させていくために生まれるのではないかと。

霊的な成長が目的ということです。

ですから、人生のどこかで起きる苦しみや挫折は避けられないと思います。

そしてそういう意味では、苦しみや挫折は悪いことではないのです。きっと。

人間が勝手に悪いことだと思っているのかもしれません。もちろん私もその一人なのでその気持ちはよくわかりますが(。-_-。)


ちなみに、彼女は最後には何とか助かることになつたのですが、なんと⁉️、彼女は急性の病気で亡くなりました。

それが寿命だったのです。

親友が陥れなくても、彼女の寿命は短かったのです。

恵まれた短い人生と決まっていたのです。

親友の方は、人生の前半に貧しさに苦しみましたが、後半は自分次第で幸せになるチャンスがあったのかもしれません。


このストーリーはたくさんの人の人生が交差していて考えさせられました。

みんなどこかで苦労しています。悩んでいます。苦しんでいます。そして頑張って生きています。

恵まれていて愛されていて苦しみがないようでも、それが仇(あだ)となって苦しむことになった人もいたことに、私は正直なところ驚きましたけどね。


私も、過食症になる前、そんなに人に思いやりがあったかといえば、本質的にはすごくあった一方で、配慮できていなかったこともあったと思います。

例えば小学生のときにクラスのお友達に冗談のつもりで言ったことが、彼女には傷つくことだったようで「ひどいこと言うよね、、」と言われてしまいました。

私はその女の子のことが好きで冗談で言っただけで、そんな冗談で怒るなんてどうかしていると思いました。普通そんなことで怒らないのでは?と。

でもそれは体型に関することでした。後から聞いた話によると、彼女は小学生でもダイエットしたり失敗したりしていたようでした。

私はその当時はまだ深刻に体型に悩みがなかったので、軽い気持ちで言ってしまったのです。

もちろんそんなに酷いことを言ったわけではありませんが、やはり本人からすれば触れられたくないことだったのだと思います。

私もその8年後に過食症になり、体型について少しでも言われることは大変な恐怖と傷つきとストレスになりました。

もし私が冗談で言ったことを人に言われたらやはり傷ついたと思います。

というか、私を可愛がってくれていた上司に言われた気がします。。彼なりの愛情表現で。

やはり経験していないことはわかりません。

過食症を経験したことでたくさん学びました。

もちろん体型の話題だけではなく、人それぞれに事情がある中で生きていて、そのことへの敬意と配慮が必要だということを学べたと思います。

謙虚さですね。


そうは言っても知らないうちに人を傷つけてしまうときはあると思いますが、だいぶ成長できたのではないかと思います。

可愛い子には旅をさせよ、という言葉がありますね。

その言葉の意味が、今はよくわかる気がします。


もちろんそろそろ終わりにしたいですが。

いえ、人は生きている限り成長する生き物です。決して大学受験が最後の勉強ではないし、仕事ができればいいわけでもありません。

心、精神、魂、愛すること、そういう成長はずっと続くものだと思っています。

そうでないなら生きている意味ってあるのかな?と私のような人間は思います。

人は肉体と頭と少しの心だけの存在ではありません。

人は霊的な存在です。魂の存在です。

だから人それぞれに、何かしらの苦労、苦難、挫折は、必要なのだと思います。

それが私たちの場合は過食症なのかもしれません。


もちろん、そのまま長く続いたり、そのまま人生が終わるのは辛すぎるしもったいないです。

過食症の苦しみを豊かな経験、人生の財産、そして人を理解して愛する力に変えたい人は、ぜひカウンセリングにお越しください。


現在8月末まで定員に達していますので、9月以降のお日にちでのご予約になります。

8月に入ってからお申込みが可能となりますので、またホームページのほうでご確認ください^^。


























愛知県名古屋市・豊田市
過食症専門カウンセラーの鈴木です。


先日、名古屋でのカウンセリングを終えて電車で帰宅する途中の出来事です。

隣に座っていた若い女性が急に「何か」をはたき落としました。

驚いて見ると、反対側の椅子に近い床に、カナブンが落ちていました。

落ちたというより叩きつけられたので、死んでしまったのかショックのせいか、全く動きませんでした。

隣の女性はカナブンがとまった自分のバッグを気にして手で払っていましたが、カナブンのこと全く気にかけていないようでした。

反対側の席の人たちはカナブンがすぐ近くに飛ばされて来て困惑しているようでした。

私は考えました。

このまま傍観者になっていいのか。

放置すれば間違えなくあのカナブンは誰かに踏まれてグチャッと潰れるだろう。

もう死んでいるかもしれないけどそれでも可哀想だ。

まだ死んでいないなら尚のこと、意味もなく人間に踏まれて終わるなんてあってはいけないことだ!

でもどうする?

カナブンを助けるなんて「変な人」だと思われないか?

散々葛藤しました。


でも自分の降りる駅が近く前に決断しました⁉️

私はカナブンに近づくとしゃがみこみ、持っていた本のカバーで拾い上げることにしました。

直接触るのはさすがにできなくて、、

意外なことに、カナブンはすぐに紙によじ登って来ました。まるでわかっているようでした。

カナブンをスーパーの袋に入れて、自宅まで持ち帰り、庭に逃してやりました。

もしかしたら弱ってして長生きはできないかもしれません。

それでも、電車で踏まれて死ぬより、緑の中で最後を迎えて欲しかったのです。

もしかしたら普通に長生きできるかもしれませが。


カナブンもひとつの大切な命です。

その命への想いはどうなっているのでしょう。

そうは言っても人間に害がある虫なら駆除したりするわけなので綺麗事を言うことはできませんが。

私だって人生の中ではたくさんのゴキブリやハエや蚊をたくさん殺してきました。

それでも今、害のない虫に対して慈悲がないのはやはり何か違うように思います。

おそらく、虫に対して慈悲がないだけではなく、自分に対してもないのではないかな、と思います。

私も昔は今ほどはありませんでした。

子供の頃はありの巣を潰したことが何度かありましたし、庭のどデカイ蜘蛛の巣を壊そうと思って石を投げたら蜘蛛も一緒に落ちて石の下敷きになって死んでしまったこともあります。

さすがに蜘蛛を殺すつもりではなかったのでものすごく後悔しましたが。

子供の頃の虫への無慈悲は、自分の中の言葉にならない溜まったストレスから出ていたと思います。

大人になってからでも、和室の寝室に小さな虫がいれば不本意ではあるものの仕方なくティッシュで丸めて捨てていました。



でも、最近は、虫も減っているような気はしますが、自分に害のない虫は殺せなくなりました。

ティッシュでそっと包んで庭に放しています。

田んぼの中の散歩道の、車道にカタツムリがいれば子供たちがつかんで草むらに置いています。ひかれないように。

私は死んだ鳥などがいれば、木の枝などでつかんで草むらに置き、手を合わせています。


息子なんかは、釣りも魚に針が刺さるのが可哀想だから出来ないと言います。

そうは言ってもスーパーでお魚を買って食べているわけではありますが、自分が生きるために必要な命をいただくのと、遊びで魚を釣るのはやはり違いがあると思います。

もちろん食べるために釣るのは当たり前だったり仕方のないことだと思いますが。すべての動物が自分が生きるためにはなんらかの形で他の命をいただいていますので。

でも、それならどうせ殺しているのだから、すべての魚や虫の命を軽々しく扱って良いかというとそうではないように思います。

そもそも良い悪いの問題でさえなく、自分の命や家族の命に本当に慈しみを持っていれば、他の命に対しても慈悲が生まれるものです。

他の命に対して慈しみがないとしたら、自分にも慈悲の心を持っていないのではないかと思います。

それは実は本人の責任ではなく、社会や国のあり方にもともとは原因があると感じています。

それも時々書いていますが歴史上やむを得ないことで、本当の日本精神を押し殺し歪めて来るしかなかった悲しみがありますが。

一個人は、生まれた社会の中で、その集合無意識に洗脳されて出来上がっていきます。

電車の中で人を観察してみてください。

本当に生きている人がどれくらいいますか?

私もまだ半分は死んでいるかもしれません。

いえ、ようやく半分生き返ったのです。


むしろ、死にきれない人が今の社会で心を病むのです。

過食症になったあなた、あなたは死に切れないのです。それはすごいことです。


























愛知県名古屋市・豊田市
過食症専門カウンセラーの鈴木です。


お味噌汁は日本人の魂に沁みると感じています。

そして心も体も深く落ち着きます。

カウンセリングの前は、できるだけ作り立てのお味噌汁をいただくようにしています。

心も体も深い落ち着いた状態で、魂を感じられる状態で、大切なクライアントさんとの時間を迎えたいからです。


今日は、茄子、人参、玉葱、三種類のお野菜入り。



私の血となり肉となり、魂を養う命の源です。


野菜の名前も漢字で書くと感じるものが違いますね。

カタカナだとなんとなく軽くて有り難みも減るような感じがします。モノに近づくような。

英語やカタカナ表記もいいですが、やはり日本人なら日本の魂の宿る漢字を大切にしたいな、と思います。


最近までは思いませんでしたけどね。

戦後の洗脳教育が効いていたようです。

日本の歴史や文化にほとんど興味を持たず、日本食よりパン食、洋食に憧れをいだいたりしていました。

1945年の大東亜戦争敗戦後、「日本人は精神力が強いのですぐに立ち上がるだろう」ということを恐れた戦勝国側が、日本人の命の強さの源である米食をパン食に変えて行ったという経緯があったようです。

現在64才の母が小学生だった時、給食はパンと脱脂粉乳だったそうです。

大東亜戦争なんて書くだけで、おかしい人と思われやしないかという恐れが私の中にあります。

戦争などと言い出すだけで、こんなおかしな人のカウンセリング受けるのはやめよう、、と言われそうな恐れがあります。

それがそもそも洗脳されていた証拠です。戦後のGHQ、その支配下にあった日本のマスコミ、嘘の教育などに。

長い間、真実を語ることは命の危機でした。今私が知っている程度のことは、すでにたくさんの本に書かれておりユーチューブでも発信されておりますので命の危機はないはずですが。

残念ですが日本人はほとんど洗脳されていることに気づかずに生きています。

もともと大東亜戦争だったのです。戦勝国が太平洋戦争という名前に変えましたが。

日本は日本の独立を守るために戦いました。またアジアを守るためにもです。アジアで白人世界に唯一対抗できたのは日本だけでした。

その結果、日本は負けましたが、戦後にアジアのほとんどのくにが独立を果たしています。

それまでは白人に勝てると思っておらず奴隷のごとく占領支配されていたアジアの国々が、日本が命をかけて勇敢に戦いアジアから白人宗主国の軍隊を引き揚げさせた様子を見て変わったそうです。

真実を知っているアジアの指導者たちは日本の真価を称えています。

本当に負けたのは勝ったつもりの国々です。アジアの植民地を失いましたから。

日本人は政治家まで洗脳されていて、やってもいないことで謝罪ばかりしてきたことは残念ですが。


日本精神、日本の魂、その源がお米とお味噌汁だと思っています。

日本の食文化は戦後に壊れました。その結果、糖尿病、心疾患、脳卒中などが増えました。

若者のキレやすさ、集中力のなさ、体力・気力の低下、なども食の原因は大きいです。

過食症も、すでに日本食が崩壊していた社会で起きて来たことです。

日本食の過食、、、したいと思いますか?

私は思いませんでした。

やはり過食するなら、別のものが食べたくなりませんか?チョコレートとか、菓子パンとか、ピザとか、アイスクリームとか、クッキーとか、、、

もちろん1番にチョコレートやアイスを食べたら体に吸収されてしまうので、先におにぎりを食べて胃の底に敷いておいたりと置いたりと工夫はしていましたが、

そのおにぎりはコンビニで買ったようなもので、すでに日本食とは言えないモノに近いものでした。


日本食にはそもそも過食したいと思う要素がないような気がします。

もちろん、戦後の洗脳がなくても、国際交流の中でいろんな食文化が入ってこれば、若者はそういうものに目を奪われがちですから、いずれは近いことは起きたのかもしれませんけどね。

でも、戦後、洗脳によって日本人は戦争は日本の責任だと嘘を教えられ、南京大虐殺などの捏造を押し付けられ、日本兵がいかに残虐だっかばかりを強調されて来ました。

どこの国でも兵士はいざというときには残虐にならなければなりませんし、実はそれ以上に酷いことをやった国ほど、反対に日本がそれをやったと捏造写真を出したりするようです。

日本人は基本的に優しくお人好しで、そんな卑劣なことをする人や国があることがわからない、見えない、というのが、最大の長所であり、またときに最大の弱点になっているかもしれません。

日本は悪い国らしい、愛国心を持つことはいけないことらしい、戦争に興味を持ってはいけない、話すのもおかしい人だと思われる、英霊が祀られている靖國神社の話を聞くだけでもなんだかわからない心の動揺を感じる。

そもそも日本を支配しようとし、日本をギリギリまで追い詰めて開戦させた戦勝国に怒りを持ってはいけない。

国際法で民間人を殺してはいけないことになっているのに、明らかに民間人を殺す目的で投下された2発の原爆についても、黙って受け入れるしかない。

戦勝国を批判してはいけない。(GHQから言い渡された決まりでした)

そんな魂の殺人がなければ、いくら外国の食文化が日本に入って来ても、今と全く同じにはならなかったのではないかと思います。

日本人は知らないうちに、慢性的に怒りを抑圧しています。悲しみを抑圧しています。自分たちの尊いもの、命、魂、歴史、文化を破壊され奪われたのだから当然です。

そういう鬱屈したエネルギーが、戦後のたくさんの不幸を起こしているように感じます。


戦後45年。そろそろ目を覚ますとときです。

戦勝国や隣国の主張やわめきをなんとなく信じるのではなく、一人一人が自分で戦争の真実を知ろうとする意識が必要です。

真実を知れば、日本に誇りを持てます。日本人であることに自信を持てます。自分を好きになりやすくなります。


日本食は、日本人の命の源、魂の源です。

まずは、本当に美味しいご飯とお味噌汁を作っていただいてみましょう。

添加物入りの味噌はやめてください。

無添加、有機の味噌を使いましょう。

そこに日本の本物の命、魂があります。
















愛知県名古屋市・豊田市
過食症専門カウンセラーの鈴木です。



過食症で病院に行くと、


「摂食障害は治らないから、、、」


「摂食障害はなかなか治らないから、、、」


「もっと状態の酷い人もいるから、、」


「運動すればいい」


などと言われることもあるようです😨



過食症は国の難治性疾患克服研究事業に含まれているだけあって、治す方法を知らない病院が多いのかもしれませんね。

原因も解決方法もわかっていないということです。



過食後の死ぬほどの胃痛で救急車で運ばれて、心ない言葉を言われることもあるようです。




病院で治らないって言われたら、
いったいどこに行けば良いのでしょう?


もっと酷い状態の人もいるから、
どうしろというのでしょう。我慢しろと?


運動すればいいって意見、
誰でも言えるような気がします。。


救急車で運ばれて冷たい言葉を言われたら、
この世のどこに救いがあるのでしょう。




病院では、ほんの数分の診察で薬だけ処方されて帰ることも珍しくはないようです。

でも、薬で過食症は改善できません。


今出ている症状のために必要な場合はでしょうし、私は薬について意見を言うつもりはありません。


でも、薬だけでは改善できません。


過食症を本当に改善するには、その人の人生を深く見つめ直して行く作業が必要です。


人生の中で、特に家庭や親子関係の中で、本当は傷ついていたこと、本当は悲しかったこと、本当は辛かったこと、本当は寂しかったこと、

そういう思いに気づき、認め、自分を抱きしめてあげられるようになることが大切です。


これは何も、親がとても酷い人間である場合だけではありません。そういうことは私のところではほとんどありません。


むしろ、大きく分ければ普通の家庭の中で起きていた傷つき、悲しみ、辛さ、寂しさ、などであることが多いです。


そういう経験から、本当の気持ちの抑圧、無感覚、異常な我慢強さ、人の顔色に敏感、自分に自信がない、などの問題が起きていきます。

そして、不安や緊張、疲れ、慢性的な強いストレスから、過食が起きています。


私の経験で思うには、子供時代を振り返らずして過食症の改善はあり得ません。

もし子供時代を振り返らずして完治した方がいたとしたら、それは特殊な例だと思います。

一時的にうまくいっているだけだという可能性や、他の何かにすり替わっている可能性もあります。


子供時代の自分を理解し、本当に感じていたことに気づき、認め、自分とつながる、抱きしめる、そういう作業が必要になります。

それができると、自分の自然な気持ちが回復してきて、自分を大切に思えるようになってきます。

人の顔色を見て動くことも減り、自分のハートが望むことができるようになります。

自分を好きに思える、生きているこに楽しさや喜びを感じられるようになります。

そうなって行くと、過食不要になっていきます。

それが過食症の改善の仕方です。




過食症専門カウンセリング『Happy Flora』には、病院に行っても治ると希望を感じられなかった人や、逆に傷つく言葉を言われてしまった人がいらっしゃいますが、

自己理解を深めて、子供時代を癒して、本当の気持ちを大切にできるようになり、ありのままの自分でいられるようになって、過食が必要なくなっていきます。


ちなみにこれにより、過食症がなくなるだけではなくて、その後の人生が幸せになります。


ピンと来る方は一度来てみてくださいね😉

現在最短で8月よりご予約になります。

すぐに9月予約になりますので、お急ぎの方はホームページよりお早めにご連絡ください。