鉄棒の上のヒーローと、私の完敗
■静かな優等生の「裏の顔」
小学校6年生の冬、私のクラスには「勉強の天才」がいた。女子のKだ。
私はと言えば、ドッジボールやソフトボールに明け暮れるわんぱく坊主で、
勉強は常に彼女の後の「2番手」。
正直、彼女のことは少し「住む世界が違う、ガリ勉タイプの子だな」と思っていた。
■愛知教育大学附属中学、運命の試験
私とKが挑んだのは、倍率10倍を超える難関・愛附(愛知教育大学附属名古屋中学校)。
この学校の入試は過酷だ。学力だけでなく、
4キロマラソンや懸垂といった「体力テスト」が待ち構えている。
「運動なら負けない」
心のどこかでそう思っていた私は、試験当日、
信じられない光景を目にすることになる。
■鉄棒に刻まれた覚悟
懸垂の試験。バーを握ったKさんの顔を見て、私は息を呑んだ。
普段の温和な彼女はそこにはいなかった。歯を食いしばり、
顔を真っ赤にして、必死な形相で鉄棒にしがみついている。
1回、2回……。結局、彼女は10回以上をやり遂げた。
私はといえば、たった5回ほど。
続くマラソンでも、彼女の背中は遠くなるばかりだった。
「この子は、ここまで自分を追い込んで準備してきたのか」
その必死な面持ちに、私は完敗を悟ると同時に、猛烈に感動していた。
■教室が揺れた日
後日、教室。担任の先生から結果が告げられた。
「K、おめでとう! 愛附に合格だ!」
その瞬間、教室はヒーローを胴上げするような最高潮の熱気に包まれた。
拍手と歓声。
先生も粋だった。「K、今日はもう早退して、早くご両親とお祝いしなさい」
再び上がる歓声の中、カバンを持って教室を後にする彼女。
私は、その背中を誇らしい気持ちで見送っていた。
自分の合否報告などなくても構わない。あの懸垂の姿を見た時から、
彼女は私にとっても、心から祝福すべき「本物の勝者」だったからだ。
■結び
彼女が歓声に包まれて教室を去るのを、私は驚くほど清々しい気持ちで見送っていた。
実は、私には私で、密かに楽しみにしている未来があったのだ。
兄が通っている私立のミッションスクール。
中高一貫のその学校なら、合格すれば兄と一緒に通うことができる。
(5人兄弟で1番好きな兄貴)
「受かったらどうしよう」とさえ思っていたのは、
そのワクワクする放課後のイメージが心を満たしていたからだろう。
難関を自らの力でこじ開けた彼女の「必死な形相」への敬意と、
自分が愛する場所へ進む喜び。
あの春、教室にいたのは、二人の勝者だった。
倍率1倍の合格通知を手に、私は兄の待つキャンパスへと胸を躍らせていた。