古稀おじさん人生の並木道 -6ページ目

古稀おじさん人生の並木道

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50円玉の教訓 ― 瀬戸の街と、私立中学への決断
今振り返れば、あの頃の瀬戸市には、子供心にも特有の
「ヒリついた空気」が漂っていました。

江戸時代から続く侠客「瀬戸一家」の存在感、
そして地域に多く暮らしていた在日朝鮮人の方々。
大人の世界には複雑な階層やしがらみがあったはずですが、
小学生だった私たちは、そんな「身分」など気にせず、
泥だらけになって共に遊んでいたものです。

しかし、小学2年生の時、
私の人生観を決定づける「ある事件」が起きました。

駄菓子屋での遭遇
ある日、私は母からもらった50円玉を握りしめ、
近所の駄菓子屋へ向かいました。
当時の子供にとって、50円はかなりの大金です。
10円分のお菓子を買って、40円のお釣りを大事に持ち帰るつもりでした。

レジに並ぼうとしたその時です
。隣にいた5年生くらいの少年に声をかけられました。

「お前、大家(金持ち)の子だろ。俺の分も払っといてくれ」

2年生にとって、5年生は大人ほども違う巨大な壁です。
圧倒的な体格差、そして「大家の子」というレッテル。
恐喝というほど乱暴な口調ではありませんでしたが、
そこには拒絶を許さない不条理な「力の差」が横たわっていました。

私はすくみ上がり、「はい、わかりました」と答えるのが精一杯でした。

「君子危うきに近寄らず」の芽生え
お釣りを奪われたわけではありません。
しかし、自分の意志とは無関係に、
家の背景や力の強さで物事を決めつけられる理不尽さ。
それが、幼い私の心に深い影を落としました。

これ以来、私は無邪気に誰とでも交わることをやめました。
「君子危うきに近寄らず」
相手を慎重に見極め、自分を守るために「人を選ぶ」という、
ある種の冷徹な生存戦略が私の中に芽生えた瞬間でした。

自分の環境は、自分で選ぶ
高学年になると、
進学予定の公立「S中学校」の噂が聞こえてくるようになりました。
「不良がたむろしている」
「チョン校(在日朝鮮人が多い)で荒れている」「しかも坊主頭だ」……。

2年生の時のあの記憶が蘇ります。もしあの環境に飛び込めば、
また理不尽な力の論理に晒されるのではないか。
そんな嫌な予感が拭えませんでした。

幸い、4つ上の兄が名古屋の私立中学に通っていました。
地元のしがらみから離れ、自分の足で新しい世界へ向かう兄の姿は、
私にとって唯一の希望の光に見えました。

「自分も名古屋の私学へ行きたい」

私は親にねだり、その道を選ばせてもらいました。
それは、地元の平穏な(しかし時に理不尽な)日常から脱出し、
自らの環境を自らの意志で選択した、人生で最初の大きな決断だったのです。