三國志の中に
「墓泥棒も百年後には墓の中」“董卓め〓”
という言葉が出てくる

今、目の前にいる人達のほとんどは自分を含め百年後にはこの世にいない…


例えばその時、その瞬間に何かや誰かをナイガシロにして得た“得”と
その人間が灰になった後に残る“ひどい事をした”という事実

“人生を長い目でみると本当の「得」が見えてきますよねぇ〓”
“正しい人生を生きましょうね〓”
とか
やっぱり僕は言わない
墓泥棒が良いとは言わない どころかそりゃいかんよ人間的に、道徳的に、常識的に… オレオレ悪徳業者だって“マズくね?” くらい言うと思う

ただ僕は、いや世界中の人達だって、どうしようもない摩擦の中で日々暮らしていて
きっとそのほとんどが何らかの“得”のために…
じゃないのか?と思う

そしてその“得”とは何も汚さず、誰も傷つけず、綺麗なまま手に入るものばかりじゃない と僕には言い切れる
「そんな事ないよぉ〓」
って言う人もいるかも?だけど、一度も何の過ちも犯さず人生を終えられる人間がいるのか?
そしてその過ちは何らかの“得”を得るために発生するんじゃないのか?と

「人の幸せのため」とか「世界の平和のため」とかもっともらしい事を言ったところでそれはやっぱり“得”でしかない

過ちを犯す前に自分の墓を掘り起こされる覚悟があるかどうか
自問自答出来るか?

かな…

結果は百年後に…

生きていると「自分でいられなくなる」事がある

白いものを黒いと言わなければならない事がある


どんなに強がっても自分の力ではどうしようもない状態に飲み込まれて...自分の小ささを思い知らされる


例えば「恐れ」というもの

権力?暴力?幽霊?傷つくこと?傷つける事?失敗する事?

突き詰めるとそれは痛み?

いやたぶん「どうしようもない事」  自分の限界を思い知る事だと思う


侍なら「自分の思う正しい生き方が出来ない」という判断で切腹さえするかもしれない

ただ僕には出来ない

醜態をさらして「次こそは!」とか言い訳しながらまた壁にぶつかって、すねて、立ち直って、悟った気になって、

同じような事を繰り返す...


賢いってのはきっと「どうしようもなくなる」前に回避出来る事だと思う

やれやれ...






前にも書いたけど…
(今回のは過去ログがバッチリ残るので重複する内容も改めて書いときたい ウンウン)


問題です
次の3つに共通する事柄は何でしょう?
焼肉屋、カラオケ、ボーリング


答えは“物っ凄ぉぉぉく!一人で行き辛い”でした

どうもこんにちは 実は焼肉もカラオケもボーリングもそんなに好きじゃないけど行くとしたら一人で行きたい という変り者34歳っス
よろしく!


例えば焼肉屋
“入りはタン塩っしょ”とか“のっけからライスたのんでんじゃねぇよ〓”とか
“あー私が育てたカルビとったー”とか
“あと3皿くるのに卓がメチャメチャだぁ早く片付けなきゃ”と思ってしまうA型的気持ちとか
イチイチ面倒なことを考えると一人の方がよっぽどマムシだ と思う シャー
食べるという作業に普段、時間も労力も金もあんまり使わないせいだからかもしれないけど…僕はカルビ&ライスで余力があればカルビクッパいって一服〓とかせず、ウィットにとんだ談笑〓とかもせず、ソッコー帰ってウイニング11をやりたいのだ
とか思うとやっぱり一人で行くべき という結論にいつも至る


カラオケはまず自分の下手さは棚に置いといて、素人の歌を聴きたくない 
プロの歌だって好きじゃなければ聴きたくないような人間なので…その時点でアウトだけど
僕は歌う事自体は大好!ときている
好きな曲ならキー違いで三回づつは歌いたいし最低でも三時間くらいは疲れを知らない子供のように歌い続けたい
となれば…
やっぱり
ねー


ちなみにボーリングは下手クソなくせに勝つまでやめられないので人に金と迷惑をかけてしまう というシンプルな理由からだけど

我ながら実に面倒な人間だと思う 

こうやって文章にすると“ただ協調性がない”“ ワガママ”“ウンコ”なだけじゃん〓かよぉ

そして自分なりに導き出した答えとしては一人で行って無意味に“アウェイ”を戦うならいっそ行かなきゃいいじゃん?
シンプルな感じになった
my song「REAL」より