さくら

桜の花は僕の中の“美しい”という基準の一つだ

花火とか若さとか“いつかなくなってしまう”前提があるモノにこそ僕は美しさを感じるし興味もわく

逆に“永遠の美しさ”を謳うモノにはあんまり興味がわかない(ダイヤモンドとかっスカ?)

桜の場合“一年待てば生きてる限りまた見られる”という条件だから例外的かもしれないけど
“咲いたぁ→雨降ったぁ→もう散ったぁ”
という儚さはこの上なく僕をくすぐるのだった


例えば“さくら”というタイトルの曲が多いじゃないですか(こんなのは日本だけらしい)
商業的にウンヌン、売りやすいからウンヌン、とかつまんないことは今の僕はもう言わなくて
桜には人によっていろんな想いがあると …
日本人にはいろんな角度から見る力があると…
思いたい
「わぁー マー君見て見て綺麗!」と純粋に思う人もいれば「桜ウゼっ」とか中2の僕みたいに思うヤカラもいるかもしれないし
年寄りが見れば来年はもう見られないかも…
と思うかもしれない
今ではそんな風に考える


何にしろ日本人は桜が大好きだ
一年の大半をずーっと大した景観を作り上げるワケでもなく
咲き誇るたった二週間くらいのためだけに!多くの桜が植えられていることにこの時期気付く
蝉の一生を見るようで切ない
JRのCMは上手すぎるよ
全く…



っということで今回は
「IN MY PLACE」COLDPLAYという曲のご紹介

桜を見るたびに僕の中ではこの曲が鳴り響く
全然桜のことを歌ってるワケじゃないのに僕の中でイメージが直結してしまう

HOW LONG MUST YOU WAIT FOR IT
(どれだけ待ったらいい?)
HOW LONG MUST YOU PAY FOR IT
(どれだけ償えばいい?)
かっ
確かに僕が桜を見る時の心境そのもんだ

ちなみに僕は花見をする趣味とか全然なくて(花粉症のせいもあるけど)
一年のわずかな時期に横目でチラっと散っていく様を見られればそれでいいかな
と思うサッコン…

ということで宇多田ヒカルですわ

僕は宇多田ヒカルの歌が好きだ

これだけ人気も支持もあるんだから今更彼女についてどうのこうのもないんだろうけど…


僕が思うに彼女はどこか絶望していて
それでも歌のために希望を見いだして
置かれた環境にあらがいながら普通に生きたいと思ってる
そんな風に見える

詩の中に
「~しなくていいよ 大丈夫だよ 考え過ぎないで」ってよく聞いてとれるのは彼女本人が誰かにそう言って欲しかったからじゃないか?と思う

でもそれは実際のとこ、普通に生きてる人達(聴いてる側)も多かれ少なかれ普段感じてる事で…
だから彼女の場合「人気」という不確かなモノではなく
もっと確実な「共感」によって意図しない程、存在がデカくなってしまったんだと思う

《「オートマチック」が最初に売れたのは変なPVのせいじゃなくて
“嫌なことがあった日は”と言う誰にでもある日常の“共感”一行につきると勝手に思う》
↑いつもの余談でした…


そして何しろ彼女は最高のシンガーだ
昔、尾崎豊の「I LOVE YOU」という僕の大嫌いな曲を彼女がカバーした時
その素晴らしさに僕の海馬は180°曲に対する判断を変えざるおえなくなった
何と!彼女の歌には「嫌いな曲」すら好きにさせる力があったのだ
ってことは多少下手な曲創っても名曲になっちまうじゃんかっ
ショック!
こんな事は初めてだ
とか思ったのを覚えてますな…


ポコポコ出てくるそこらの曲も作れないアーティスト面の方々が全く敵わないのは技術も去る事ながら深さが違うからだ
と少し毒を吐いてみたくなる程、次元が違う…


“全く何があったんだよ この娘さんにぃ~
切なさが尋常じゃないです”
ってのが最終的感想かしらねぇ



乳じゃなくてニューアルバムはシングル一杯!
タイアップ一杯!
(僕にとっては)良い曲一杯!
でも前作の方が好きかも…だった


アルバムの中の
「PRISONER OF LOVE」
この曲のタイトルと英詞の部分“以外”が凄く好きでした


けどPVがないので前作より