40歳になった今も、歯科に通院中だ。

老朽化した銀歯の隙間から数本、ことごとく蝕まれていたようだ。

あと40年後、我が歯は20本以上丈夫でいるだろうか。。

しかし、若い頃と比べ明らかに虫歯になりやすくなった。
20歳の頃など、皆無だった。写真も見返すと、そんな入念にケアしても無いけどタバコ吸わなかったんで歯は白い。


明らかに唾液の口腔内浄化機能が落ちている。

皮膚、内臓の粘膜、生体のバリアというバリアは侵入者を塞ぎ、炎症を未然に防ぐために存在する。

そんな肉体の門番たちも日に日に老兵と化してゆく。

人間と同様、酷使すれば腐ってゆく。


祖父は浄土宗の坊さんだった。
輪廻転生、体は命と魂の大切な容れ物。
労りすぎると怠惰になり、私には未だ扱いが難しい。

少し俯瞰的になってみて
案外足腰が重いという状態は、字の如く気だるいだけかもしれない
そして実際、疲労や痛みを感じると寧ろ体に対して申し訳ないな、と思うようにしている。

決して若くは無いが、エネルギー余らせることは自分の美学にもあまり無く、

若返りたい、やり直したいとも思わなくなった。

いま、積み上げてきたものもゼロになるなど、どうして喜ぶことができよう。
やり直せたら、今頃もっと高いものが積み上げられたはずなどと、どうして自信持って言えよう。

結局最大の加齢対策というものは


何事も考えよう

と、いったところか

美しい音楽、美しい歌詞…そして美しい容姿。
私の美学は今、いや昔からそんなところがあって
三島由紀夫の短編集を読みながらボン・ジョヴィなど聴いている。
美しいメロディーと声、ニュージャージーのふとしたカントリーさが、三島文学のレトロモダンな男女沙汰と意外とマッチしているな。

ボーカルのジョンは俳優業も多い、デビュー時はアイドルのような存在、少なくとも本国では。

その本国でも、ジョンと同じように今も音楽と俳優をやっている吉川晃司さん…

私が産まれた頃から40年間も、脱帽だ。

だからアルバムは中古品もあるがほぼ両者コンプリートした。

デヴィッド・ボウイの命日から7年、私のティーネイジャーの頃からの美意識は変わらない。

ベルサイユのばらなど、完璧だ。
オスカルの美貌と貫く正義が現代に通づる人間の見栄や欲、嫉妬などの醜悪を切り裂くのがまた爽快である。

まだ読破していないが、ポリニャック夫人とジャンヌがやりたい放題している。。

いま、三島由紀夫の短編集「岬にての物語」を通勤時間に読んでいる。

処女作「花ざかりの森 憂国」も短編集で、先月読み終えた。

ホッホーなるほどね。

耽美な活字の洗礼を受けた。

実はその前に、漫画家・山田玲司さんのYouTubeで三島由紀夫の解説企画を観て予備知識を得てたから、どの短編もなんとなく背景を掴みやすかった。

これはどういう事?この時のこいつの気持ちは?とかホント、国語のテスト的な、学問としての読み方じゃ面白い筈はなくて。。


とにかく没頭できた

明治貴族の世界に浸り、ラッシュアワーでもベルばらの如く気高く振る舞ったw

昭和アウトロー学生の男女沙汰に下世話な感覚でページがスイスイ進んだw

でも根本、愛と死。華麗なフィクション、過激なノンフィクション。

ギガも視神経もすり減らさない、エコで毒なコンテンツ、それは文学だ。

電子もあるだろうけど文庫本、結局紙媒体。



うむ、明日も通勤電車が楽しみである。

でもまだまだ「仮面の告白」「金閣寺」は入れない。入ってはいけない気がする。。


じっくり楽しみたいというのもある。