とにかく腰を大事にしようと思う。

歯のブラッシングを欠かせない事も、

齲歯になり顎の噛み合わせが悪くなると肩や首にアンバランスが生じ、いずれ背中や腰への負荷が大きくなる。
その時の不快さったらありゃしない。
ネガティブな思考になるもんだ。

ちなみに使用している歯ブラシはブラッシングの際過剰な負荷がかからないような造りになっている。
宮崎美子さんがコマーシャルしている、柄の部分がある程度曲状になると、パキッと上顎骨に小粋な音が響くのである。
歯茎を優しく磨く事により、歯周病を防ぐのだ。

息子も、このパキッを気に入っている。

2月になった。

2度目の流行病を患い、しばしの休暇時間が神より与えられた。

いま私を取り巻く全てのもの一つ一つに向き合い、これからの人生航路を舵取るための稀有な時間となった。

大袈裟に言ってしまったが、なんてことはない。
休養や読書、資格試験後の研修のまとめや転職活動とは聞こえが良いが、それ以外はこの現状ネイキッドな感覚で選ばれしメディアコンテンツにひたすら浸っていた…

音楽は確かにそこにあった。
BGMとして、だ。

しかし、誰かのライブなどは観ていない。

ただ、既知の狭い範囲でアーティストの著名なアルバムを選び、予測機能でリストアップされた曲を垂れ流していただけだった。


さて、私は音楽好きと言えるか?



TVなど仕事場や車で少し見る程度だったが、規則正しい食事時間にふとリモコンを押し、民放の報道番組など観ていた。


それはいじめの問題だった。世の中に失望と怒りを感じた。未来を憂いすらした。


しかし、今朝の電気代高騰のニュースに不安でいっぱいになってしまう心がここにある。

情け無い…


鮎川誠さんが亡くなったらしい。
先月はジェフベックが、デビッドクロスビーが、亡くなった。

実は彼らの曲はほとんど聴いたことがない。

情け無い…



さて、私はロック好きと言えるか?


そのくせイカルスのように飄然と世に現れたザ・ラストロックスターズをイマイチ認められない、いったい何目線なんだ?


さて、私はバンド好きと言えるか?



14歳でギターに触ってから、、

エックスもルナシーもラルクアンシエルもMIYAVIも憧れはした。そして、夢は…


何事も何かを極める前に目を覚まして、何かを悟った気にでもなってしまうのだろうか。


その愚かさは時を経て、今なお存在する

消し去るならいまだ!


しかし、今まだギターが私の腕の中で咽び泣きそうに響くことがある。



誰かの曲やメロディでもいい
どんな心をのせようか…

それは、玄人じみた知識や技術じゃなくて


話題性や流行でもない

私のアンテナに届いた私の反応だと信じて行こう

それが、私のロックだと。。



余生は妻と旅行に行くことが夢だ。



その時に私の音楽が心に響いている事を願う。

BGMとして、だ。

「花ざかりの森」「岬にての物語」
三島由紀夫短編集、年末からその魅力に取り憑かれた私…

1960年代、ザ・ビートルズ来日の熱狂と興奮のさなか、「憂国」という作品を映画化させてしまうような、センセーショナルな、まさにカリスマ文化人であった三島。

その熱さたるや、後世のあらゆるメディアに多大なる影響を残したであろう。

まずは音楽、ロック。
ビートルズが引き合いに出されたが、三島がシニカルに見てたものは、それに群がるいわゆるグルーピーの異常な声援や追っかけ等だったのだろう。
コンサート中での失神は当たり前、ステージに上り求愛し、警備員に抱えられるなど、後のT-レックスなどのライブ映像ではごく当たり前で笑えたのだが、やはりちょっと退いてしまう。

少し論点がずれるが、昨今隣国の都市部でのハロウィン大事故なども私など

あぁ、やっちゃったよね、うかれすぎだろ、けしからんなぁ

なんて40も過ぎれば、冷めた事思うものだ。(三島由紀夫は享年・45)

脱線したが、当時のグループ・サウンズブームが、ジャニーズ系やKPOPアイドルに繋がったり、百恵命、聖子命と書かれたハチマキをした時代の魂は、世紀末を超え、坂道系制服アイドルに握手目的でレコードを大量購入するまでに至る。


日本男児、漢はいずこ?
大和撫子はいずこ⁉︎

ホワイジャパニーズピーポーとまではいかぬが、、

三島由紀夫はきっと
それを嘆き憂いているともいえるし

一方それを題材にし、ドロドロとした男女の節操のないもつれた関係といったものを描いてヒットしているし、私もそういう短編は下世話ながらよりスラスラ読めてしまう。


結構ビートルズと同じじゃないか?


いや、素晴らしいって事ですよね