がん患者の就労と雇用主の合理的配慮提供義務 | にぶんのいち×2

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所属:地方公務員、でもあいかわらずの兵庫県弁護士会
小児がん「頭蓋咽頭腫」→難病「下垂体機能低下症」という、準先天的な難病系弁護士です。

平成29年9月2日(土)読売新聞朝刊大阪社会面にて、「がん復職後異動で退職/勤務困難な職場へ/地位確認求め提訴」という記事が載っていました。残念ながらネットニュースに上がっていないため、全文紹介することはできません。

ざっくり内容をまとめると、以下のとおりです。

がんの手術から職場復帰(職場は公共施設の食堂)したものの、抗がん剤の副作用による末梢神経障害により、できない業務(冷たいものに触れると手足がしびれる)が生じた。通院のための休暇は3週間に2日程度。雇用主は今年3月、別の勤務先への異動を命じたが、移動先では温水設備がなく、末梢神経障害で業務の継続ができず、体調を崩し、5月に雇用主から退職扱いにされたため、従業員としての地位確認などを求めて大阪地裁に提訴した。

雇用主は、「病欠が多く、公共施設側から苦情を受けたため異動させた。異動先は従業員数も多く、治療との両立が可能と思った。」と主張。原告は、雇用主に対し、抗がん剤の副作用のため、異動前の職場でしか勤務できないと伝えていたのに、異動になってしまったと主張。

 

さて、この記事の解説として、「治療と就労、両立課題」という記事も併せて載っています。近時、働きざかりの年齢でがんに罹患する患者が増え、また医学が発達して5年生存率も上がってきています。それに伴い、治療と仕事の両立を望む患者も増えているのですが、がん患者の就労をめぐる状況は厳しく、がんと診断された人の約3割が退職し、がんと診断された自営業者の約2割が廃業している、とあります。がん対策基本法も、こうした背景から、治療研究だけではなく患者の就労支援の重要性も条文の中でうたっており、事業者の責務としてがん患者の雇用継続が努力義務として定められ(法8条)、国や地方公共団体も、雇用継続や就職に向け、事業者に対する啓発に重点的に取り組むよう定めています(法20条)。


たしかに、医療の観点だけではなく、就労継続に関する施策をがん対策基本法に条文化することは重要です。ただ、この法律は、がん対策に関する施策の方向性を示したにすぎず、個々の患者にどのような権利があり、事業者にどこまでの義務を課すのか、そうした個別的な権利性を持った条文はひとつもありません。つまり、この法律だけを根拠として、冒頭の原告が異動前の職場での就労継続を求めることは難しいでしょう。

 

そこで、常々くちすっぱく思っているのは、これはやはり障害者雇用促進法36条の3(雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会の確保等を図るための措置)の場面ではないかということです。

ものすごい長いサブタイトルがついていますが、要は就労継続中になんらかの機能障害を負った者に対する、事業者からの合理的配慮提供義務に関する条文です。

36条の3 事業主は、障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となつている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。

はい、1回読んだだけではなんかよくわかりません。いいです、無理に何度も読まんくて。

①障害者である労働者であること

②その労働者の有する能力を有効に発揮するのに支障となっている事情があること

という事情があるんなら、事業者は、障害特性に合わせて、キチンと持っている能力を発揮できるような措置を講じなければならない、ということになります。

事業者としてはなんらかの措置を、過重な負担にならない範囲で講じる義務が生じます。冒頭の事業主の場合、異動前の職場に原告を置いておくことがどれだけ過重な負担であったのか、という問題になりますので、がん対策基本法のように「雇用継続の努力をする責務を負う」なんていうぬるい話ではなくなってきます。

 

なにか問題があるとすれば、がん患者なのに「障害者」雇用促進法でいいのか、という点でしょう。

障害者雇用促進法の「障害者」とは、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。第六号において同じ。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」です。

この点、「その他心身の機能の障害」のために「長期に渡り、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」には、すでに難病者が入っており、同法にもとづく合理的配慮のガイドラインにも、難病者に向けた合理的配慮の事例なども上がっています。その中には、当然「通院機会の確保」なども入っております。その労働者の通院機会を確保することが事業者にとって過重な負担である、と言えない場合、事業者は障害者たる労働者の通院機会の確保について、できない理由をごちゃごちゃ言うことは許されません。

 

こうした難病者と同じようなことが、がん患者にもあてはまる・・・なんてことは、難病者であり、小児がんサバイバーである私には当然のことのように思います。しかし、「がんと就労」というトピックでの議論の中で、障害者雇用促進法に基づく合理的配慮提供義務の話がなされているのをほとんど見たことがありません。逆もまた然りで、障害者雇用促進法の議論の中で、がんサバイバーの就労継続に向けた合理的配慮の話がされるのもあまり見たことがありません。試しに、労働法をご専門とする弁護士の勉強会で聞いてみたことがあります。「この法律は、がん患者の就労問題にも使えますか」と。すると、「それは今後の課題だ」と言われました。
日本ではまだ「障害者」の概念の幅が狭いからでしょうか。しかし、日本が批准する障害者権利条約の趣旨を反映し、定義を非常に広く拡大した障害者雇用促進法の「障害者」から、「がん」を明確に排除する根拠もないように思います。

「がん・難病クラスタ」にとってはがん患者の「治療と就労の両立」問題はかなりホットなのですが、あまり法律家にはピンと来ていなかったのが印象的。やはり、法律は使わないと、問題点に気づかれません。「がんと就労」は、当事者と報道の努力によって社会問題として認識されるようにはなってきましたが、裁判という形をとって司法の場に上がってこないと、「法律問題」として認識されづらいのでしょう。

 

なんてことをいろいろと考えてみると、たしかに「がんに罹患したショックで自分から退職してしまった」というパターンの議論は多く聞いたことがありますが、「退職勧奨された/変な部署に異動させられたので訴えた」という話はそんなになかったかもしれません。冒頭の解説記事の通り、医学が発達し、5年生存率が上がれば、若くしてがんにかかった者は、その後も天寿を全うするまで、がんと一緒に生きていかなければなりません。そのためには、「おもいやり」とか「理解」とかだけではなかなか雇用継続は難しいでしょう。患者は患者で、「その身体で何をどこまでできるか」を、事業者に説明できるようにする必要がありますが、そうしたことを一緒に考える「義務」が、事業者にはある・・・と思うのですが。


そういう意味でも、今回の提訴が、「がん患者の就労と雇用主の合理的配慮提供義務」に一石を投じてくれないかなー、と、期待するところです。