仏教を味わう。 -2ページ目

仏教を味わう。

仏教を聞き学ぶものです。
見方によって世界は変わる。
学んだこと感じたことをご紹介。
「jun_nagai_」on twitter.

本願寺派の宗会議員の任期が

満了となります。

 

それに伴い、

 

本願寺派のWEBサイトに、

宗会議員選挙についての更新がありました。

 

選挙となる方々の選挙公報を

読む事もでき、とても勉強になります。

 

 

新しい領解文、宗派賦課金、北境内地、あそか花屋町クリニック…

 

 

予算は数十億円¥

 

 

問題が山積みの中で、

どのような本願寺派が理想キラキラなのか、

 

宗派関係者にはとても大切な話です!!

 

 

 

親鸞聖人のひ孫の覚如上人は、宮城県の松島にも来られたようです。

覚如上人は本願寺の第三代宗主になります。
 
 

 

その事は『慕帰絵詞』(ぼきえことば)に記されています。

 

「第三段

いにしへ秋の比、あづまの方へ斗藪しけるに、松しまにまうでゝのち、年へて又事のたよりありて、人にともなひてみちのくにゝ下けるに、なをゆかしくてそのあたりにやどとりて、面々乘船しつゝ夜のふくるもしらず浦々島々漕渡て立歸けるに、
またもみつ いまはいつをか まつしまや 身さへをしまに 月ぞかたぶく

詞 六條前黃門 有光卿 
畫師 沙彌如心 因幡守藤原隆章」

 

 

『慕帰絵詞』(ぼきえことば)は、本願寺3世覚如上人の伝記を叙した南北朝時代の絵巻です。

 

覚如の次男従覚の撰になり、覚如上人の帰寂きじゃくを慕う意味でこの名がつけられたそうです。

 

詞書(ことばがき)は三条公忠(きんただ)ら数人の執筆、絵は藤原隆昌(たかまさ)・隆章(たかあき)の筆で、1351年(正平6・観応2)の制作になります。

 

松島を表す最古の句になるそうです。覚如上人も同じ景色、同じ月を見たのですね。

 

 

そして、宮城県松山には、覚如上人を偲んで建てられた石碑も存在します。

 

 

 

行ってみますと、階段の所で石碑を発見びっくりマーク

 

多くの観光客が素通りしています💦

 

よくよく調べて「覚宗主」の文字を発見びっくりマーク

 

うれしすぎるスター

 

なもあみだぶつ

 

 

まあ、存在を知る方も少ないでしょうし、興味がないと見る事もないでしょう。

 

やっと読める「覚宗主」の文字

 

 

この石碑は「覚祖高蹝碑」といいm石巻の称法寺の釈了載運乗(1769-1839)さまが、文政三年(1820)に松島五大堂渡橋東たもとに建てたものだそうです。

 

 

「覚祖高蹝碑」

扶桑之名勝以松島為魁也、

我覚宗主宋昭法印曽所再遊躅、

迄今五百有余季矣、

蓋若師光儀与清藻則羅縷于真宗法要中、

然世無囁、

其高蹤者故感慨以樹碑于茲、

虖恋古且慕大徳、

爾銘曰

卮言在茲 甘恩其徳 潤渇若流 懿哉知識

維時文政三年庚辰初春十九日

東奥石牧沙門称法寺務運乗了載稽首

 

 

 

大震災に関する石碑もありました。

 

 

震災被災者を思いながら合掌。

 

なもあみだぶつ

 

 

パニック障害。

 

たまに、ニュースで聞く言葉です。

 

思えば過去に、私もなった事があります。

 

年齢は30歳頃のこと。

 

ある日、ご門徒さんのお宅で、ご家族と一緒に正信偈を読んでいましたら。

 

急に、胸の鼓動がドクッドクッと速くなり、大きくなりまして。

 

この先、爆発するか、頭の血管が切れるのかと思い慌てました。

 

今思えば、爆発するわけもないのですが。

 

その時に思い出した事は、

亡くなった父と祖父の事でした。

 

父は心臓に疾患が、祖父は頭の血管に疾患があり、

二人とも割と若いうちに亡くなった事を思い出したのです。

 

数分で治まったのですが、

気分が悪いので救急車をよんでもらい、着物姿のまま乗って病院に向かいました。

 

病院に着いた頃には、ずいぶんと心身は、通常に戻っていました。

 

横になり点滴をうちながら、

「なもあみだぶつ なもあみだぶつ」と、

小さい声で称えていましたら、呼吸も整ってきました。

 

すると現れた病院の先生が、富山のお寺のご門徒さんだそうで、

「あれ。もしかして本願寺派ですか?

先週、大谷本廟に父の遺骨を納めてきました。」と言われ、

ご縁を感じながら、少しお話をした事を覚えています。

 

その日は、母親が心配しながら迎えに来てくれまして、

それで帰りました。

 

それからというもの。

 

事あるごとに同じ症状がでまして、

このまま死んでしまうのではないかと不安な日々が続きました。

 

そんな中で、2ヶ月ぐらいたった7月のある日の事。

 

お参り先で、ご門徒さんの看護師の方とお話していましたら、

「ある年配の患者さんが、病院で飾った七夕の短冊に『はやく死にたい』と書いていた。」

という内容の話を教えてくれました。

 

この話を聞いて感じましたのが、

「人は、生きる事も、死ぬ事も、思い通りにならない」

という事でした。

 

お寺の法話会などでも聞いた事のある話でしたので、

仏教でも同じ事を説いているなという事も思いました。

 

その話を聞いて以来、鼓動が速くなると、

「不安だと思っても、どうせ死なないんだよな」

「人は、生きる事も、死ぬ事も、思い通りにならない」

「ドキッドキッしているけど、死ぬなら死んでみろ」

「死んでも悪い事はない。安らかなお浄土にいくんだ。」

と思うようになりました。

 

そう思うようになりましたら、

その内に鼓動もなくなり、

 

不安でドキッドキッしても、案の定、死なないものですから。

 

発症から2ヶ月ぐらいで、

パニック障害が治ったというお話でした。

ちなみに、

友人の中に2人パニック障害の方がいまして、

相談を受けた事があります。

 

「パニック障害があり、うつのようにもなりそうだ」と。

 

そんな友人にも、

↑の話を教えてあげましたら・・・

 

その後に、治ったそうですニコニコ

 

もし。

パニック障害で苦しんでいる方がおられましたら、

参考にしてみて下さいグッド!