令和5(2023)年1月16日。
当時の石上総局の責任において、
専如門主より示された新しい領解文(浄土真宗のみ教え)は、
文章に問題点が多く、宗派内外から指摘を受けることとなりました。
その問題点は、文法面とご法義面でみられ、
読む者の理解を困難なものとし、心を迷わせる結果をもたらしています。
たしかに読んでみますと、
下記のような指摘は、簡単に出てくるように感じます。
世間一般の会社や法人であれば、
修正を求められる文章である事は間違いないでしょう。
これに数千万~数億円はかかっていると思いますが、
信じられません。
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例えば。
①タイトルが2つあります。「領解」と「み教え」とそれぞれ内容が違う言葉を
2つ併記してタイトルとする事は適正ではありません。タイトルから混乱しています。
②「南無阿弥陀仏」
この部分では何を表わしているのですか。
③「私の煩悩と仏のさとりは本来一つゆえ「そのまま救う」が弥陀のよび声」
この部分では、何を表わしているのですか。「ゆえ」という言葉の前と後が
文章として繋がっていません。
例えば、「本来一つゆえその二つのものは通じ合える」「動けないものゆえそのまま救う」
という事であれば、文章として繋がるのですが。
④愚身(み)という言葉は何を表わしているのですか。辞典にもない言葉です。
本願寺派が勝手に言葉を創作した事になりますが、よろしいのですか。
視力のない方は「み」と読んでみても、「愚身」と書いてある事を理解できません。
⑤「救いとられる自然の浄土 仏恩報謝のお念仏」
この部分では、主語や述語がないため、意味が通じません。
⑥仏さまへは「ありがとう」と表現し、
歴代宗主へは「尊いお導き」と表現してありますが、
仏さまの方が下に見られているように感じますが、よろしいのですか。
⑦「歴代宗主」にはご門主も含まれます、
ご自分の言動などを「尊いお導き」と表現されているのですか。
⑧「少しずつ 執われの心を 離れます」
執われの心を離れる事ができたら、
浄土真宗の教えでも領解でもなくなるのではないですか。
⑨「穏やかな顔と 優しい言葉」
この部分には述語がないため、意味が通じません。
⑩「日々に 精一杯 つとめます」
この部分では何を言いたいのですか。
「つとめる」とは何のことですか。
⑪全体的に、石上元総長の本に出てきた詩に似ていますが、
盗作にはなりませんか。
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新しい「領解文」(浄土真宗のみ教え)
南無阿弥陀仏
「われにまかせよ そのまま救う」の 弥陀のよび声
私の煩悩と仏のさとりは 本来一つゆえ
「そのまま救う」が 弥陀のよび声
ありがとう といただいて
この愚身をまかす このままで
救い取られる 自然の浄土
仏恩報謝の お念仏
これもひとえに
宗祖親鸞聖人と
法灯を伝承された 歴代宗主の
尊いお導きに よるものです
み教えを依りどころに生きる者 となり
少しずつ 執われの心を 離れます
生かされていることに 感謝して
むさぼり いかりに 流されず
穏やかな顔と 優しい言葉
喜びも 悲しみも 分かち合い
日々に 精一杯 つとめます
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調べてみますと、
勧学寮の和上方からもはじめは
問題ありの不承認とされていたことがわかりました。
それをどうやら前寮頭と室長が会って、
独断で承認することに決めて進めてしまったようです。
以来、本願寺派では混乱が続いています
おかしい事がたくさんありますので、
この問題は次世代へ送る事はせず、
作った方々で責任もって解決していただきたく思います。






