結局、最も大切な学習とは、「平和」と「幸福」を実感できる学習だという結論になりました。
この「平和」と「幸福」は、一時的な平和と幸福ではなく、永遠の平和と幸福の学習になります。
この学習を支える原動力が、愛になります。
限りない愛が、限りない平和と幸福の体験になる。
そんな今朝の学習でした。(=⌒▽⌒=)
結局、最も大切な学習とは、「平和」と「幸福」を実感できる学習だという結論になりました。
この「平和」と「幸福」は、一時的な平和と幸福ではなく、永遠の平和と幸福の学習になります。
この学習を支える原動力が、愛になります。
限りない愛が、限りない平和と幸福の体験になる。
そんな今朝の学習でした。(=⌒▽⌒=)
自己省察してみました。
どんな懊悩煩悶があるのだろうかと。
懊悩は、文字通り心の奥で悩むことです。心の内側に重点があります。
煩悶は、煩わしく悶えることで苦渋が表情や態度に出ています。
懊悩煩悶は、無知によって生じます。
無知とは、真理を知ら無いことです。
真理を知ら無いから、我執が生じて、懊悩煩悶します。
真理とは、絶対に定義が揺らぐことがない普遍的な法則のことです。
懊悩煩悶することが全く無い境地を解脱(げだつ)と言います。
真理を学び、真理に随順すると、解脱を体験できるようになると教えて頂き、
確かに、懊悩煩悶することが少なくなったと自己認識できるようになりました。
ありがとうございます。
私は、じいさんですが、花を咲かせたのだろうか?
ふと、そんな振り返りをしてみました。
毎年、なにがしかの花を咲かせてきたように思います。
沢山の収穫もありました。
しかし、沢山の人々の平和と幸福に貢献できたのだろうか?と振り返りました。
とても微弱な貢献です。
いま、まず自分自身が花になり、人々を笑顔にする
花さかじいさんになりたいと願い勉強しています。