マーク・エプスタイン博士の講演は、とても刺激的でした。
特に印象に残った内容を少しだけおすそ分けします。
※内なる平和の前提のとなるのは、人生にまん延する不確かさと恐れに正しく取り組むことである。
東洋的な実践法に魅かれる者は、まず自分自身の安定した状態を得ようとする。宗教的な手法によって心を鎮め、人生で生じる耐え難い感情を乗り越えようとするのだ。トラウマ失敗ではなく事実として扱えば人生の荒波から学ぶチャンスが得られる。瞑想ではこの哲学を深く活用するが、それだけにとどまるものではない。現実を正しく観るということは痛みから逃げられないことを受け入れることだった。
※心と体の移ろうさまを注意深く見つめること。その人が誰で何者かという固定観念を手放させ、その人が執着している観念から解放し、「怖れに基づく自我」が生まれながらにしてそうなのだと言い張るのをゆるめることにあった。
※日常生活のトラウマを理解し、関係を断とうとする保護的反応と、トラウマが内在する絶望感の両方に対して対峙しようと決心した。
※ブッダのといた瞑想は、母親が子どもを抱っこholdingするがごとく、覚醒した意識が心を抱くのである。彼は、マインドフルネスによる観察をその手法にすることで、信者の心の中に自分の傷を癒す「補助自我ー機能」のようなものを確立した。つまり「自我補助ー機能」を発達させて、原始的苦痛が崩壊しないように抱きとめることなのだ。
※彼は輝こうとしたのではなく、自分と闘うことをやめたとき自然と輝いたのだ。自分の苦痛をやさしく抱いたときに、輝き始めたのだ。
※世界とは、母親がいかに子どもの盾になって守ろうとしても、動くものなのだ。絶え間なく、予測不可能に、私たちの感情とは無関係に動くものなのだ。人間ならば、自分の小さな世界の中心に立って育つことが出来れば幸運だろう。
※マインドフルネスがあれば、感情の体験の中に余すところなく入って行くと同時に、そこから距離を置くことができる。心の動揺を抱きとめ、瞑想によって抱いてあやす。殺すのではなく生かそうとする意志が、結果として緩和効果を生むのだ。そしてそこには隠された課題がある。
※私たちの「人間らしさ」とは、感情の中にある。私たちが避けようとするものに対して好奇心を向ける時、人間らしさを回復することができるのだ。