おもてなしとは? (さびしさ?さみしさ?から) | ロイヤル・リゾート那須高原にあるリトリート・センター☆彡

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カウンセリングをしていると、

「さみしい」と、よく聴きます。

「さびしい」とは、あまり聞きません。


「さみしい」と「さびしい」の違い解りますか?

漢字で書くと解りやすいですね!

寂しさと、淋しさの違いが


「寂」のほうは、さびのこと。閑寂・枯淡な味わいがにじみ出たようす。日本人の洗練された美的感覚で、茶の湯や俳諧でよく用いられるあの「わび」と「さび」の「さび」のほうです。


「淋」のほうは、文字通り林の中で、たった独りぽっちを表現していますね。

つまり、孤立・孤独を感じる時、私たちは「淋しい」と表現します。

人の気配がないと、心細いですね。


そんな時に、人の温もり(あたたかさ)を感じると、うれしいですね。

「寂しさ」を大事にすると、独りぽっちでも、全く淋しくはありません。


日本人は、中世以降になって、貴族のような華美な生活を求める一方、仏教の影響を受けて、「無常観」を学び、無駄のない「一実(究極の真実)」を求める生き方が形になりました。結果、質素と誠実を生活の指針にしました。


その典型が「茶の湯(茶道)」になりました。


茶道の世界のみならず、日本人の美意識に「わび(侘)・さび(寂)」の精神が浸透しました。仏教の「無常・無我」の教えの生活実践が、芸術的な文化として定着しました。


「一期一会」と表現されますように、「生者必滅(生きる者は必ず等しく滅する)」と諦観(わび)して、一瞬一瞬の出会いの中に、全身全霊の「おもてなし」を実現する道が拓かれました。


その生涯の立振る舞い、一挙手一投足(始まりから終わりまで)が、神仏にお仕えする作法として完成し、その作法が、神仏の子どもである自分と人々の「おもてなし」に及びました。


一生に一度だけの「尊い出会い」の機会にしましょう!という日本文化です。

「おもてなし」は、主人と客が、お互いに「誠意」を交流して成り立ちます。


「誠意を尽くす」作法を極めたいですね! (^J^)


「おもてなし」は、主人の最高の誠意の現れです。

主=客共に、最高の誠意を尽くす学びをします。


「いま可能な、最高の誠意を尽くす」と言う生き方は、感動を分かち合います。


「おもてなし」の生き方は、幸福と平和を賞味します。



*「わび」という言葉の根元には「思い通りにならないつらさ」があり、「さび」という言葉は「生命力の衰えていくさま」という意味があります。


「一期一会」は、茶祖千利休の弟子・宗二の『山上宗二記』が初出とされています。