昨日、研修を終えて、那須に帰ってきました。
私にとっては、とてもありがたい出会いでした。
今日から人材育成について、考えてみましょう。
はじめに、企業の人材育成というよりは、広く「人材育成」とは、何か?
そんなところから、学びに入ってまいりましょう。
私は、「人物」「人材」という語感に、人間を無意識のうちに「モノ化」しがちなニュアンスが潜むことを注意していますから、「人財」と表現します。「ひとは、限りなく尊い存在」という意味で、「人財」と申し上げます。
みんなから「問題視される人」も、私にとっては「有能な人」同様に、「等しく尊厳ある人財という前提があります。
私の場合、「人材育成」から「人財育成」に表現が変わってから40年になります。
「人財である」という価値観は、ますます私の確信になっています。
「人の問題」こそ、集団・組織・社会・世界全体の最大の問題だと言えるでしょう。
そんな視野から「人財育成」を考えます。
「人財育成」を、「私の育成」と一人称で考えるのか、「私たちの育成」と二人称で捉えるか、「みんなの育成」と三人称で捉えるか、とても重要な視座になります。
私の場合は、カウンセリングもコーチングもコンサルティングも基本的なアプローチは、一人称と二人称と三人称を統合的に捉えるという意味でインテグラル・アプローチと表現します。ケン・ウィルバーの「統合心理学」に学ぶ視点で、これを「The 3-2-1prossece」申します。
「私の育成は、私たちの育成であり、みんなの育成である。」
「みんなの育成は、私たちの育成であり、私の育成である。」
私の認知行動の基本に、それがあります。
一般的な辞書的理解でいえば、「人材育成」とは
「将来のために、有用な人物、専門的な知識を持った人物を育てること。」(デジタル大辞泉)
と理解されます。
この辞書の記述を分節化すると
「将来のために人材育成する」「有用な人物を育成する」「専門知識を持った人物を育成」と三つに分節できますね。では、一つずつ考えてみましょう。
「将来のために人材育成する」とは、一体、誰の将来・未来のためでしょうか?
「有用な人物を育成する」とは、有用な人物とは、誰のどのような資質のことでしょうか?
「専門知識を持った人物を育成」とは、誰が、どのような専門知識を持てば、いいのでしょうか?
そんな質問になります。
そう、答えは十人十様ですね!
時・処・環境・条件によって、刻々と変化します。
これらの変化に即応できる能力を「即応力」といいます。
即応力とは、必要な資源を蒐集・加工・創造・発信・実践できる総合的な調整と統制の能力です。しかもそれらが統合的なパワーとして発揮されるチーム力に結集できる能力だと私は認識しています。
集団・組織は、「人財バンク」であり、「学習する組織(LO)」であり、即応力のシンクタンクになることである。そのように、私は考えるようになりました。