阪神大震災の記録(3) | でぃ~ごのひまつぶし■エキゾチック&スフィンクスと暮らす■

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震災の翌日18日。 ※この頃から時系列がバラバラです


どうやら、電話機が故障しているということが発覚。
こっちから、電話はできる。かけてきた方は、呼び出し音が聞こえる。
でも、かけてこられたうちの電話は、音が出ない。

それがわかってから、心配して電話してきれくれる人や、安否の報告の連絡を待つため、数分に一度は受話器を上げてみるという行動をスタートさせた。


タイミングよく、相手が掛けていてくれていたら、受話器を上げた時、「ツーーー」といわずに、「もしもし!」と聞こえるはずである。


父のヒゲが伸びが目立ち始めた。


従兄弟が、西宮から自転車で見に来てくれた。
安否を確認すると、滞在時間数分で、西宮にトンボ帰りしていった。


自宅には、母方の祖父母と、祖母の弟夫婦が身を寄せていて、近所の公園にやってくる給水車から水をもらい、米を炊き、ホットプレートで、ハムやウィンナーや卵を焼いて食べていた。


相変わらず、テレビでは亡くなった方の名前を読み上げ続けている。


今日も両親は、おばちゃんを探しに、考えられる避難所を回っては、見つけられなかったと、肩を落として帰っていた。


夜、何気なくチャンネルを変えると、「最高の片思い」というドラマがやっていて、昨日までほとんどの番組が放送取りやめになり、特番をやっていたのに、1日とも経てば元通りなんだと感じたのを覚えている。このことが結構印象的で、このドラマの主題歌だった、福山雅治の「HELLO」を聞くと、震災を思い出す。


当然の如く、母に「チャンネル変えなさい」と言われた。
その通りだ・・・・ドラマなんて見る気分じゃない。
・・・・でも、本当はちょっと見たかった。


その頃、テレビで読み上げる死者一覧の中の、「御影 80代くらいの女性」というフレーズが、妙に気になり始めていた。でも、誰も「これって、もしかして」とは言わなかった。


夕食をとっているとき、何気なく受話器をあげた。


この作業に慣れてきてたから、すぐに受話器を置こうとしたら、「・・・・もし」と聞こえた気がしたので、慌てて耳に受話器を当てると、「もしもし!!かかった?!」と聞こえてきた。ミラクル。


声の主は、私の友人だった。
千葉県銚子市、海沿いに住んでいて、洗濯物に塩がついて困ると言っていた、同い年の男の子だ。彼と知り合ったのは、確か・・・中学2年か3年。両親に無理矢理行かされた、静岡県の「管理者養成学校」というところで知り合った、いわゆる戦友だ。結構イケメンだった。


無事だということを伝えると、すごく喜んでくれて、「物資を送ろうか?」と言ってくれた。
でも、私は幸い自宅で生活できているし、電気だって通ってる。全然マシだ。
だから、「気持ちだけうけとるよ」といって、電話を切った。


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