こんにちは。
先週火曜日は、「話の聴き方練習会」でした。どんどん上達し、新たな課題に気づき取り組んでくださっている受講者の皆さんの姿が、本当嬉しかったです。その後の懇親会含め楽しい夜でした。

ということで、今回は「傾聴と私」の第2話です。前回は、学生時代に通った産業カウンセラーの講座で話の聴き方=傾聴に出会ったというところまで書きました。
※前回の記事はこちら→http://ameblo.jp/dfsoudan/entry-12053304710.html

この時から数年後、私は別のカウンセラー養成スクールに入学するのですが、この間私にはいくつかの大きな変化がありました。
まず、大学を退学したこと。
理由を簡単に書きますと、「退路を断つため」です。カウンセラーになりたいと思いながらも踏み出せず逃げていた自分。このまま卒業して就職して…なんとなく生きていきそうで、それが嫌で。反面、就職したらリスクを冒してまでカウンセラーに挑戦しないだろう自分もイメージできて。挑戦せざるを得ない状況に自分を追い込みたかった、ということです。
そこから数年、フリーターになり目の色変えてバイトをしたことで、もうひとつの変化が表れました。
自信です。強い意志を持って一生懸命働き、人に認められる。相変わらず「どこでも誰とでも仲良く」人間関係を築けるコミュニケーション能力は皆無でしたが、仕事に関しては自己主張できるようにはなっていました。


さて、そうしてちょこっと逞しくなった私は、貯めたバイト代で都内の心理カウンセラー養成学校に入学するのですが、必修の基礎コースの他に、傾聴を練習する講座も通いました。
この傾聴講座に初めて出席した時、「あれ?昔より成長したな」と思いました。まあ、全然出来てはいなかったのですが、それでも人と話す、人の目を見ることに関しては抵抗がなかったのです。そのおかげで、相手の話に興味を持つことはできるようになっていました。

ですが、傾聴のロールプレイはちっとも上手くいきません。相手の方からも「言いたいのはそうじゃない」「気持ち良く話せなかった」という感想ばかり。
「こいつら、俺が若いし、後輩だから馬鹿にしてんじゃないか?」そうも思いました。(スクールは30~40代の方が多く、当時私は20代半ば。さらに試験対策できている先輩ばかりで、新入生は私のみでした)

しかし、仲良くしてくれる先輩も同様の感想を言ってくるので、何が悪いか考えました。

当時の私が抱えていた大きな欠点。それは、「自己主張」でした。
当時はバイトで認められるのが嬉しくて、次第に自己主張が激しくなり、同時に人にも厳しくなっていたのです。「正しいか否か」「すべきか否か」。そうして自分だけが正しいと思い込み、周囲に押し付ける癖。
それが傾聴にもしっかり出ていたのです。相手の話を聴きながら、頭の中は「悪いとこ探し」。相手の気持ちには興味を示さず。で、最後には必ず「こうしてたらよかったと思います」と余計なアドバイス。これでは相手を不快にさせるだけです。

試験は半年後(私のクラスは、通常の半分の期間でみっちりやっていく短期集中クラスだったため)。入学早々、私は大きな壁にブチ当りました。。。


と、今回はここまで。
次回もお楽しみにしていただけたら嬉しいです。sns等でのシェア歓迎ですので、よかったらお願いします。
下手な文章ですが、読んでくださりありがとうございます。
◎第1話はこちらhttp://ameblo.jp/dfsoudan/entry-12053304710.html
こんにちは。
心理カウンセラー藤田です。いやー暑い!暑すぎます!真夏のさいたまは本当暑いです。こう暑いとスキッとシャキッとしたくなります。なので、普段はホットコーヒーしか頼まない私ですが、今日はスタバのリフレッシュクールライムを飲みながらこの記事を書いています。

今回のブログのテーマは、「フリスク」(傾聴と私の続編をご期待くださっていた方、すいません。近日中には書きますのでお待ちください!)。


フリスクといえば、仕事や勉強中のリフレッシュアイテムの定番ですね。あの小さな白いタブレットを噛んだ瞬間感じる強く爽やかな刺激は、あっという間に口から頭へ駆け抜けて気分転換になります。shapens you upに偽りなし。他にも、その爽やかなミントから口臭予防に使う方も多い様です。
私も、7、8年前にはよく食べていました。デスク用と携帯用、常に2つは持っていたほどです。
ですが、ある時知人に「フリスクは危ないよ。依存になっちゃうよ」と言われました。依存性の強い成分が入っているので止められなくなる。体にも良くない。というのです。人の不安を煽るのが好きな方だったので多少大げさなところもあるのでしょうが、言われて徐々に量が増えている自分に気づき、以来止めています。

私は食品成分に明るいわけではないので、依存成分がどうの健康への影響がどうのと判断するつもりはありません。
しかし、心理的な面からも、フリスクに依存のリスクがあるとは思います。理由は、「気持ちよさ」と「手軽さ」です。
人は、スカッとしたりホッとしたりと、心が喜ぶ物事を望むものです。人間関係も同様で、人はこうした気分にさせてくれる人と一緒にいたいと思うもの。この、気持ちよさを欲するということは、ひとつの健全な心の働きです。
この健全な心の働きを、低価格で満たすことができ、しかも携帯できていつでも得られる特徴をもつフリスクはとても便利といえますが、そこに依存のリスクがあります。

依存の境界は、セルフコントロール出来るかにあります。
「あると気分がいい」ものとして食べているうちはコントロール出来ますが、次第に「無いと落ち着かない、集中できない」ものになると、コントロールは困難になります。量も増えますし、「無い時」「効果が切れた時」に意識が向きやすくなるので、心も穏やかでいることが難しくなります。
この構図は、フリスクに限らず、お酒でもタバコでも一緒です。

もし、ご自身が依存か気になったら、
「無くてもまあ、平気かな?」「減らしてみても大丈夫だよね?」
とご自身に問いかけてみてくださいね。

それでもきになる方は是非一度ご相談ください。
dfsoudan@gmail.com

それでは今日はこの辺で。読んでくださりありがとうございます。


おはようございます。現役精神科勤務のカウンセラー、藤田大介です。

昨日は、川口の仲間と開催している読書会でした。
テーマ本は「国家の品格」。
各々感じたことを話していたのですが、
その中で、「自己愛」「自分を大事にする」ことの意味や是非についてが話題に上がりました。

私もカウンセリングの中で、他者との関係よりまず自分自身を認めることの大切さをクライエントさんにお伝えしていますが、今回改めて「自分を大事にする」とはどういうことか。その定義について書いていこうと思います。

「自分を大事にする」ことの定義を私は、
『自分が幸せでいることが、他者の幸せになると感じること』だと捉えています。
言葉にすると難しいですね。

例えば、私が彼女に
「俺が笑顔でいたら、お前は幸せ?」と尋ねます。
彼女はこう答えます。
「うん。もちろん」
さらに僕は尋ねます。
「俺がお前のために無理して我慢して笑顔を作ってたら、お前は幸せ?」
「ううん。それは逆に辛いよ」彼女は答えます。

私がこれを信じきり、自分が幸せと感じるように生きる。これが「自分を大事にする」だと思います。
しかし、これには守らねばならない前提があります。彼女を傷つけないということです。相手を傷つけて幸せを得たとしても、いずれ相手は離れていきます。離れずとも、相手は身を切る思いで耐えねばなりません。
この前提を守るには、相手への敬意や労り、情をベースとした想像が必要です。恋人、家族、友人。近い人間といえど所詮は他人。同じ気持ちを味わうことはできません。しかし、想像することは出来ます。
これは、面倒でかつ不確かなものです。目に見えるものでもありません。しかし、ここに時間を割き、その過程を大切にして、互いの幸せの共通部分を見つけていくことこそ、自分を大切にすることである。私はそう思います。

人は一人では生きていけません。だからこそ、自分の利益だけを重視するような「自己愛」は、やがて自らを苦しめる。私はそう思っています。

相手を想う一手間を、大切にしていきたいものですね。


読んでくださりありがとうございました。

DF心理相談所代表 藤田大介