1993年5月3日、西武球場。
ピッチャー伊良部渾身のストレートを、ファウルにする清原。
スコアボードに表示された158㌔を見て、興奮したことを今でも覚えています。

こんにちは。心理カウンセラーの藤田です。清原容疑者逮捕から1週間が経ちました。正直「やっぱり」と思ったのでさほど驚きはありませんでしたが、子供の頃のスーパースターであり、「伊良部の158キロ」を球場で見ていた自分にとっては、あの剛速球と真っ向から渡り合った清原容疑者の逮捕は、2011年に自らこの世を去った伊良部投手の訃報と同じく、残念でなりません。

◆清原と伊良部に共通する心の弱さ
覚醒剤に頼った清原と、自ら命を絶った伊良部。二人について調べていくと、ある共通点が見えてきました。それは「できる自分に頼る」という心の弱さ。二人とも、野球選手である自分、華々しく活躍する自分でいることで初めて自己を認めていたように見受けられます。これを条件付きの自己受容と呼びます。こうした条件付きの自己受容は珍しいものではなく、「仕事でトップの成績を上げている」「人よりお金を持っている」「友人が多い」など、自身が価値を感じる条件を自らに課し、それを達成することで初めて自分を価値ある存在と思える方は多くいます。また、努力の源にもあるため有能な方に多く見られる傾向でもあります。しかし一方で、常にその状態をキープせねねばならず、いつか達成できなくなるのではという不安を抱えて生きることになり、日常的に強いストレスを感じます。自分に課した条件をクリアできなくなった時には恐怖や絶望感に苛まれます。そのためメンタルヘルスの観点からすると、あまりオススメできる生き方ではありません。清原容疑者と故伊良部氏。二人とも現役時代から「活躍できなくなる自分」の恐怖を抱え、逃げ道を欲しがっていたのではないかと思います。

◆「条件付き」から脱出するには
条件付きの自己受容をしている方にとって、ストレスを軽くするには、ダメな自分で居られる場所を持つことが大切です。一番簡単なのは、自分の苦手なことにチャレンジすることです。例えば仕事に関して高い条件のクリアを自分に課しているなら、スポーツでも料理でもなんでもいい、仕事と関係のないコミュニティへ参加してみることです。こうして出来ない自分・新入りの自分を体験することは、条件達成で増大する薄っぺらい自尊心を壊し、ダメな自分でも受け入れられる安心感を与えてくれます。これには勇気が必要ですが、一時の勇気でその後一生のストレス軽減が出来得るので、ぜひともすべきでしょう。これだけSNSが普及しているので、その気になればいくらでも新しい環境を見つけることが出来るのもオススメする理由です。清原容疑者も、ここまで追い詰められる前、若いうちに肩書きにすり寄ってくる人間でなく、素の自分を受け入れてくれる人と繋がりを持っていれば、また当時の周りにいた方が無理にでも彼をそうした場へ引っ張って上がられていたら、違った今を迎えていたのではないでしょうか。プロ野球では清原逮捕を受け、選手たちへ再度薬物との関わりについて徹底指導するとの報道を見ましたが、闇へ堕ちないためにはどうすればいいか、不安やストレスとの付き合い方なども合わせて教育し、選手たちの心のサポートをしてあげてほしいものです。

DF心理相談所 藤田大介
dfsoudan@gmail.com


こんばんは。心理カウンセラーの藤田です。
昨日は、お世話になっているNPO法人太陽の輪さんの講演会に行ってきました。代表の高橋陽子さんから手伝って欲しいとのお声を頂いたので、受付をさせていただいたのですが、慣れないことをやると中々手際よくとはいかず・・・問題なく終えることができホッとはしましたが、今思うともっと要領よくやれた気がして悔しさもあります。次こそは!
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で、肝心の講演ですが、太陽の輪の利用者(青年と呼びます)たち6名の、「なぜ自分は引きこもりになったのか」というお話でした。
何十人もの人の前で話すのは、誰でも緊張するもの。しかも自分が最も苦しかった時期について話すのだから、その不安や緊張はどれほどだったろうと思います。ですが、6人とも自分の言葉で、しっかりと話してくださいました。引きこもった理由もきっかけも、6者6様。普段カウンセラーとして「人それぞれ」ということを念頭に置いていますが、それでも青年たちの生の、リアルな言葉はとても響きました。

実は、昨日お話くださった青年たちのことは、2年ほど前から知っています。一緒にフットサルをやったのが出会いでした。NPOの代表である陽子さんに連れられ参加した彼らは、全くまわりと関わることができず、すぐに疲れてリタイアしていました。
それから度々お会いするようになり、少しずつ、けれど着実に変わっていった彼らを見てきました。表情も明るくなり、僕に挨拶もしてくれるようになり。当たり前のことと思われるかもしれませんが、人と関わることに苦しさを感じ、そこから離れてきた彼らにとっては、とても大きな成長なんです。
先月は初対面以来、一緒にフットサルをしました。何名かとはともに酒も飲みました。そこには、笑顔で活き活きとしている彼らがいました。

そんな日々を経ての昨日、青年たちは参加者からの質問にも全て答えていました。答えづらいものもあったはずです。けれど、時に笑顔で、時に真剣に、心のうちや夢を語る彼ら。昨日、あの場に立ち会えたことを本当に嬉しく思います。

周囲のサポートと、苦しい時も前を見てトライを続ける心。
これさえあれば人は変われる。そんな希望を抱かせてもらえた、とても貴重な時間でした。
この場を借りて、青年たちと太陽の輪の代表陽子さん、副代表の武田さんに感謝!本当にありがとうございます。
太陽の輪ホームページはこちら
http://www.taiyonowa.or.jp

そして、この素敵なNPO法人太陽の輪さん主催の集まりで、講演をさせていただけることも正式決定しました。5/1のお昼です。「相手に耳を傾けることの大切さ」をテーマに、お話させていただきます。また近くなりましたら情報を出そうと思いますが、ご興味ある方は予定を空けておいてくださいね。

DF心理相談所 藤田大介


こんにちは。早いもので今日から2月。
今回は、1月の頭から世間を騒がせたベッキー不倫騒動について書きます。
その前に念のため、一連の流れをザックリ振り返っておきますと、
①LINEでの「卒論」やりとりが流出。これによりベッキーさんとゲスの極み乙女川谷さんとの不倫疑惑が報道される。正月に川谷さんとともに、彼の実家へ旅行していた事実も発覚。

②記者会見を開くも、世間を騒がせたことを一方的に謝罪するのみ。疑惑の真偽についての発言や、記者からの質問を受ける等は一切行わず、かえって世間の印象を悪くする。

③②の直後に、会見前日のベッキーさんと川谷さんのものとされるLINEのやりとりがまたも流出。「これで堂々とできる」「ありがとう文春」「センテンススプリング」等、全く反省していない様子が晒される。

④自身のラジオ番組にて、「年齢を重ねると人に頼りたくなっちゃう」「自分に対しても活」という意味深発言をする。

といったところでしょうか。

個人的には不倫をするなら小林明子さんの「恋に落ちて」のように苦しくても線を引いてすべきと思いますが、これについては置いておき、ベッキーさんに欠如している点について書いていきます。

◆一連の言動は子供そのもの
ここまでのベッキーさんの言動を見ていくと、その幼稚さが目につきます。前提としてLINEについては本人のものと認めていないため対象から外しますが、「川谷さんが妻帯者と分かっても二人で会う」「相手の実家へ正月旅行で行く」「ラジオでの意味深発言」のどれも、自分自身にしか目がいっていません。自分自身の「~したい」という感情に忠実。自身の素直な感情(=子供の自分)に気づき、自分でその気持ちを受け止めてあげることは、イキイキ自分らしく生きる上で重要なことです。この素直な感情を自己否定してしまうと、うつなどの心の病を引き起こす要因となります。しかし、通常この素直な感情を垂れ流しにするのは子供だけです。

◆欠如している「すべき思考」
通常大人である私たちは、自身の素直な感情に対し、「今この場所でしたらどうなるか」「周りにどんな影響が出るか」「どんなリスクが考えられるか」という視点から、「どうすべきか」と考えます。これを、子供の自分に対して、大人の自分と言います。この、『子供の自分』と『大人の自分』の対話を経て、自分の中で折り合いをつけて言動に移すのです。ベッキーさんに話を戻すと、不倫がバレるリスクや、バレた時の周囲への影響、あのような形の記者会見やラジオでの自分も傷ついていることを匂わす発言によるスポンサーや世間の反応が、考慮されていないように見受けられます。大人の自分の「すべき思考」が働かないため、感情のままに行動し、結果、年相応の自律性や社会性が見られない、幼稚な人として映ってしまっています。

◆ベッキーが見本とすべきは
1月の記者会見では、ベッキーさんとは対照的に甘利氏は、子供と大人の自分の対話という点においてよくされていたと思います。会見で認められた内容が全てとは限りませんし、今後も真相追及は行われるべきでしょうが、辞任するか否かは、様々な点から繰り返し自己対話をした上での決断でしょう。また、発言に対する反応を予測し、逆境も覚悟の上で動いているサッカー日本代表の本田選手も自己との対話がよくできている例です。ベッキーさんも彼らのように、自身の感情のままに動くのではなく、「自分と川谷さん」から視野を広げて、自己との対話を重ねて何らかのアナウンスを行うことが、社会人としてすべきことではないでしょうか。