国道を跨って掲げられた大看板(数十メートルの高さあり)の上によじ登り、そこに座り込んでいる男の姿が映し出されていた。その男の眼下には自動車が高速で行き来するハイウェイ、ほんの少しバランスがくずれれば、いつそこに(その男が)落下してもおかしくないような不安定な状態であった。なぜこの男がそんな危険な状態にいるのかといえば―。
この男には好きな女がいた。この男は彼女も自分のことが好きだと思っていた。ところが彼女に告白したところ、彼女の方にまったくその気がなく、また一向になびいてくれない彼女の態度にストレスがたまり、数十メートルもある大看板によじ登ったのだそうだ。※なぜそんな行動に出るのかは編集長ハルに理解不能。
下を通る自動車は、ひょっとしたらいつ自分の前または上にその男が降ってくるかも知れぬ恐怖と戦いながら、ほとんどがノロノロ運転をしており(ロシアンルーレットの世界ではないか)、そのうち警察がやってきて、巻き添えすることがないよう、落下地点と推測される箇所は通行止めにして、なんとか男を説得しようとした。膠着状態が続く。そしてようやく彼を説得できたのは、警察がその男の片思いである彼女を連れてきたときだった。
パトカーに護送されて到着した彼女。一人の男を恋のため気狂いに陥しいれた彼女(彼女のせいではないけど)は一体どれほどの美女、魅惑的な女性なのだろう。
女房とハルは興味津々でテレビ画面に集中していた。しかしそのパトカーから降りてきた女性は、魅惑的とは言いがたく、どちらかといえば、いや間違いなく美女とは対極に位置する、編集長ハルの家の近くでプンバントゥー(お手伝いさん)をしているお掃除おばさんにそっくりなのである。
テレビを見ながら編集長ハルのつぶやき
「おいおい、これで気が狂っちゃうの?」(彼女には失礼だけど)
男の数十メートル下から、彼女が笑顔で語り説得する。男も彼女に気付いたようで(インドネシア人は非常に目がいいのだ。一説によれば視力は4.0ぐらいあるという)、彼女の到着後10分ほどして自力でその大看板から降りてきた。すぐさま御用となりそのまま警察へ直行である。
そして今度はハルが納得した真実―。テレビ画面に映し出されたその男の顔・風体・雰囲気はまさしく頭のおかしい奴で、いくら彼女がお掃除おばさんに似ているといっても、さすがにこの男だけは勘弁だろうなあと彼女に同情してしまったのであった。