【悪魔の羽根 ミネット・ウォルターズ】の追記です。
2015-10-15 13:20:59NEW !
テーマ:ブログ
追記です。
前回の記事で、いくつかの誤字の修正、勘違いの訂正、それと、気になってもう一度本書を読み直したところ、重大な事実に気づいたのでそれの追記を。
「、ず、」のようなひどい誤字があったので修正。こちらは、前回の記事内において。
勘違いが二つあったので、それは、ここで訂正します。
マッケンジーが疑われたレイプ殺人の件数は、七件です。前回記事では、五件と書いていましたが、これはシエラレオネのみの件数で、あとの二件はイラクのバクダッドです。
もう一つは、終盤、アランとコニーのやりとりのなかで、「マッケンジーが五件のレイプ殺人をしたという証明はおろか、その話題すらほとんどなかったのである。」と書きましたが、これは誤りでした。
終盤での、アランとコニーのやり取りは期間を挟んで二回あり、その一回目で、アランが、マッケンジーに関する膨大な資料を集めており、世界各国の警察に指名手配する方針であることが書かれていました。
はっきり言って、マッケンジーに関する資料(おそらく経歴や生い立ち、犯罪歴などだろうが)をどれだけ集めたところで、証拠もなしにレイプ殺人で起訴することは不可能だろう。とすると、ここでの指名手配は、パスポート偽造によるものなのか、はっきりしない。なぜなら、この部分は、たった三行しか書かれておらず、ちょろっと触っただけという感じで、いったいどんな罪でマッケンジーを逮捕するのか、その罪状は何一つ書かれていなかったからです。
もちろん、マッケンジーがレイプ殺人をしたと断定されることもなかった。新しい証拠が見つかった、という話もない。国をまたいでのレイプ殺人が同一人物で、それも七件もあるのなら、証拠があってもおかしくないはずだが。
実は、その証拠が、見つかってしかるべき場面が、物語のなかに存在した。
それが、コニーのナップザックです。
これは、マッケンジーがコニーをバグダッドで拉致監禁したときに奪ったもので、最終的にコニーの元に戻ってきます。なぜなら、マッケンジーがイギリスのコニーの家を襲撃したときに、普通に自分のものとして使っていたからです。また、マッケンジーはそこでジェスを裸にした際に奪い取った彼女のショーツも、ザックのなかに入れていた。
これは、どういうことかといえば、殺人鬼がよくするように、マッケンジーは被害者の所有物を、戦利品として奪い取る、という性癖があったことを示しています。
ところが、ない。
ない、のである。
そのナップザックのなかに、当然あるはずのものがなかった。
コニーは、ナップザックは自分のものだから、奪い返して当然、となんだか誇らし気な感じだったが、あるべきはずのものがないことを、指摘している表現はなかった。
なにが、ないのか?
マッケンジーは、七件のレイプ殺人をしたと、コニーから糾弾された。
ならば、あるはずだ。
そこに、それがないとおかしいはずだ。
ナップザックのなかにあるはずだ。
七人の被害者の、所持品であり、遺品であり、加害者にとっては戦利品が。
ところが、なかった。
コニーとマッケンジーのしょぼい対決のなかで、コニーがマッケンジーから七件のレイプ殺人の言質をとらなかったことを書きましたが、そんなものは必要なかった。
ナップザックのなかに、七人の被害者の遺品があるのなら、それで充分だからです。
それは、絶対的な物証。
だが、なかった。
ナップザックには、遺品がないどころか、その可能性が話題になることもなかった。
そのことに気づいたとき、私は、ある高笑いに耳を打たれた。
女の高笑いに包まれた言葉が降り注ぐ――。
『あらあら、バカな子たちね。どうして気づかなかったのかしら? コニーはマッケンジーを罵倒していたけれど、それ以上の言葉を、あなたたちは彼にぶつけているでしょう? 現代の汚わいのような男、なんていう日本人もいるじゃない。
でも、疑問に思わなかった?
マッケンジーは被害者の所有物を戦利品としてぶんどる、っていう男だって、書いてあるのよ? それなのに、ナップザックのなかに、七件のレイプ殺人被害者の遺品が一つもなかったことに、どうして疑問をいだかないの? コニーとジェスの所有物を戦利品として奪った男が、それ以前の七件のレイプ殺人で同じことをしなかったなんてこと、ありえると思う?
そもそもあなたたちは、マッケンジーがそれをやったとどうして思ったわけ?
コニーがそう思ったから? コニーは主人公だから? 主人公は常に正しいから?
本当に、バカな子たちね。
コニーがマッケンジーを疑ったのは、彼が十代の少女の腕をへし折ったり、喧嘩をすれば相手を叩きのめすという、暴力的な男だからよ。それだけ。何の証拠もない。印象だけで疑ってかかったわけよ。
バグダッドでも、似たような手口による同じことがあった。レイプ殺人なんて、世界中の戦場で起こっていることよ。珍しくもなんともない。女の体を切り刻むなんてこともね。それなのに、コニーはさらに疑い、興奮して、なにをしたかといえば、二か国七件のレイプ殺人の資料を、マッケンジーの職場へメールで送信する、という、はなはだしく思慮にかけた愚か者としかいいようのないことだった。私だったら、絶対にそんなバカなことはしないわ。私はあなたをレイプ殺人鬼だと疑っていますと、自ら教え知らせるようなもの。言い換えれば、私をあなたの好きにしてください、といっているようなものよ。あなたたちは、それをやるというの?
マッケンジーがそれをやっていようがいまいが関係なく、暴力的な男だもの、当然、報復を考えるべきよね? でも、コニーは何も考えずに、防護策もこうじずにやった。
その結果、拉致監禁されたのよ?
こんな愚かで、バカで、まぬけな女の、印象を起点とした推理が、正しいと思った?
本当に、笑いが止まらないわ』
それは、女王の視座から注がれる、女王の高笑いであった。
ところが、女王の高笑いに、別の人物の笑い声が混ざっている。その笑い声は、物語の登場人物のものだ。
それは、男の笑い声だった。
『やあ、女王の悪ふざけには参るよね? 僕だったそうさ。本当に大変だったんだよ。
でも、世の中は不思議なもんだね。ナップザックのしかけなんて、誰でもわかるよ、って僕は女王に進言したんだけど、みんな、ころりと騙されちゃった。
マッケンジーという男は、レイプ殺人をやるような男だって、信じちゃったんだよね。混雑した酒場で、肘が当たっただけで、十代の少女の、骨のように細い腕をへし折った、なんてエピソードを冒頭に出したら、それくらいやるような男だって、やっぱり信じちゃうんだね。僕だって、それはひどすぎる、って進言したんだけど、女王は容赦なく命じられたね。
折れ、てね。
ここだけの話だけど、女王は数多くの賞をもらっているんだ。でも、この本が何か受賞することはなかった。選考委員は気付いたんだよ、ナップザックのしかけにね。気づいていない人もいるみたいだけど、大丈夫。それが当たり前なんだ。
この物語がつまらないとか、確かにしょぼい場面は多いけど、だからって、女王と呼ばれていることに懐疑を抱いたところで、女王の高笑いは止まらないよ。なぜって、ほとんどの人が、ナップザックのしかけに気づかずに、ころりと騙されたんだからね。それこそが、狙い――。
え?
戦利品がナップザックのなかになかったのは、マッケンジーの家に隠してあるからだって?
それもないよ。
天涯孤独の身でね。イギリス人だけど、イギリスに家なんてない。もし家があったとしても、やっぱりナップザックに入れているよ。なぜって、イギリスに帰ることなんてほとんどないからさ。世界中の戦場を渡り歩くのが仕事だからね。一カ所にとどまることはない、冒険者や旅人のような生活をしている、なんてカッコつけちゃったかな?
せっかくの戦利品を、いつ帰るかわからないイギリスの家に隠しておくなんてもったいないし、バカげてるよ。だから、いつでも手にすることのできるナップザックに入れておく。
もし、そんなものが、あるのなら。
そして、みんな、騙された。
それこそが、女王の、女王たる由縁』
と、そんな、グラスゴー人の笑い声が――。