【悪魔の羽根 ミネット・ウォルターズ】の書評です。
本屋で面白そうな洋書を探していたところ、本書と遭遇。紹介文を読んで、おお、これは、と。
その紹介文がこちら↓
【2002年、シエラレオネで5人の女性が殺害された。元少年兵3人が起訴されるが、記者コニーはイギリス人のマッケンジーを疑っていた。2年後、バグダッドで彼に遭遇したコニーは拉致監禁されてしまう。解放時、彼女はほぼ無傷なうえ曖昧な証言ばかりで監禁中の出来事を警察に話さない。何を隠しているのか? 圧巻の心理描写と謎解きの妙味を堪能できる、英国ミステリの女王による渾身のサスペンス。】
戦火にさらされた街を利用して五件ものレイプ殺人をしたと思しき男マッケンジーに、地下室に拉致監禁された女主人公コニーは、三日後に無傷で釈放され、何もしゃべらないという。普通に考えれば、三日三晩レイプされまくってそれがトラウマになったり、あるいはビデオをとられて脅されたのだろう、と思う。しかし、この紹介文からは、そんな単純なことなどではなく、もっとすごい、凡人には思いつかないようなことによって、コニーは口を閉ざしたのだろうと推測した。
それこそ驚天動地のような、まるで想像のつかないようなことが。
三日三晩にわたって、コニーとマッケンジーの心理戦が?
マッケンジーから信じられないような取引を持ちかけられ、三日間、コニーはそのために動いていたとか?
いや、そんな凡人レベルのちゃちいことではなく?
いったい、どんなすごいことが?
どんな天才的な展開が?
そう期待にワクワクしながら読み始め、そして、予想もつかない事実に驚愕しました。
コニーが口を閉ざした理由は、まさに、「普通に考えれば」のほうだったからです。天才的な展開や、想像もつかないようなことなど一切ありませんでした。
なんだそれ……。
すごいがっかり感。この紹介、書いたやつ誰だよ……。
本書を二言で表すと、期待はずれ、中途半端、これに相当します。
まあ「普通に考えれば」といっても、レイプをされたわけではなさそうで、何度も、何度も、屈辱、という言葉を繰り返し、途中で、マッケンジーが犬を連れて地下室に来た、ということなので、あれ、これはもしかして、犬にやられたのかな、とも思いましたが、そうでもなく。なにが屈辱かといえば、マッケンジーに屈服し、彼の言うことは何でも従わされたことだと分かってからは、二度目の、なんだそれ、でした。それで、マッケンジーに屈服して、なんでもいいなりになったところを映像にとられて、それで口を閉ざした、、という普通のことだそうです。
コニーが地下室で体験したことが「普通に考えれば」のほうであることは、Eメールや日記、あるいは回想などの小出し戦術によって、はやばやと分かって、がっかりしながら読んでいくと、そのあとに待っていた展開も、予想もつかない期待はずれでした。
地下室での体験がトラウマになり、パニック障害も起こしたコニーは、イギリスの田舎町に一人避難します。そこで展開される物語が、よくある田舎町の相続争いや近親憎悪から来る親戚のいがみ合いで、コニーが拉致監禁された事件とはほとんど関係のない話ばかりが延々と続くからです。
なんだこれ……。
ここで登場するキャラクターをほりさげるためだけのお話がメインとなるため、かなりの分量になっています。田舎町の人々と触れ合うことで、コニーは生きる力を取り戻していく、なんてこともありません。ひたすら、しゃべるからです。会話の量がムダに多すぎるため、行動のためにさく余裕がないのでしょう。まあ、それに近いものは、ジェスという女性を通してありましたが、そこでも、誰が何をしたとか、具体的に描写するのではなく、会話のなかで明らかになるものばかり。また、コニーはほとんど家のなかに閉じこもっているため、ジェスや、ピーターという医者以外の人との交流もほとんどありません。本当に動かないし、会話ばかりです。その会話の内容というのが、相続争いや近親憎悪ばかりなので、ひたすら退屈でした。
圧巻の心理描写、なんてのも紹介文に書かれていたため、そちらのほうにも期待したのですが、これも期待外れ。
メインイベントは、コニーを追いかけてきたマッケンジーと、直接対決する場面だと思います。これが、本当に期待はずれで、なんというか、実にしょぼかった。
マッケンジーはコニーの家の一室に侵入し、コニーの友人であるピーターとジェスを人質にしています。コニーは警察に通報をするのをやめ、なぜか直接対決をするために、姿を現します。彼女は、マッケンジーのいる部屋の、入り口から動きません。マッケンジーは彼女をなかに入れたがっており、ピーターの眉間にナイフを押しつけたりして脅しますが、コニーは従いません。
ここから、おそらくは心理戦、なるものが展開されるのですが、本当にお粗末でした。
コニーはひたすらマッケンジーを罵倒します。マッケンジーに罵詈雑言の嵐を送り続けます。それだけ。すると、プッツンしたマッケンジーがコニーに襲いかかり、コニーが悲鳴を上げながら逃げ出すと、廊下にいた五頭のマチフス犬がマッケンジーに襲いかかる、という、しょうもないもの……。
なんだこれ……。
罵詈雑言の嵐でプッツンさせるなんて、そんなの、誰にでも想像できる話だよ……。
これが、高度な心理戦……?
マッケンジーも、人質が二人もいるんだから、もっとうまいこと使えよ……。
ピーターの目ん玉をナイフで一つ抉り取ってやるくらいのこと、しろよ……。
そもそも、人質が二人もいる状況自体がおかしい。マッケンジーがいよいよコニーの避難した場所へ来るかもしれない、そんな状況の中、コニー、ジェス、ピーターの三人は夜遅くにどうでもいい話に興じており、コニーが、ジェスとピーターの背中を押すような話をすると、ジェスは逃げるように外に出て行った。庭にいる五頭の犬を見るためだと言って。ところが、ジェスは戻ってこないどころか、彼女が犬を呼ぶ声も聞こえない。心配になったピーターが見に行こうとしたが、コニーは動こうとしない。
ここは、二人で見に行くところだろ!
その時点でジェスが捕まった可能性が高いなら、ピーターも同じ目に合うだろ!
五頭の犬ですが、これはジェスが飼っていた犬であり、彼女が主人。コニーは、ジェスとの出会いの場で、五頭の犬が突然目の前に現れた衝撃によりパニック障害を起こしました。これは、マッケンジーのシェパード犬にかなりひどいことをされたからなのだろうと思うが、突然目の前にそんな犬が五頭も出てきたら、犬にひどいことをされてなくても、トラウマを持っていればパニックになるだろうから、ちょっとわかりずらかった。まさか、それが狙いではないだろうけれど。
そんなこともあって、コニーはずっと五頭の犬を避け続けており、ようやく犬とゼロ距離で接することができたのは、なんと、マッケンジーがコニーの家を襲撃する当日。依然として、犬の主人はジェスであり、ジェスが捕まったときも、捕まえられた状態のままであっても、犬たちは何もしなかったのに、コニーが悲鳴を上げただけでマッケンジーを襲ったという、むちゃくちゃな展開。そりゃコニーが悲鳴を上げれば犬たちは助ける、なんて話は事前にされてたけどさ……。
一頭は、マッケンジーの反撃にあい、死亡。
このあと、コニーは、ジェスの従妹であるマデリーンという女性をはめるのですが、そのとき取った行動というのも、マッケンジーに対してのものと同じ。挑発してプッツンさせる。それをビデオに録画する、という馬鹿の一つ覚え。
本書は、イギリスのミステリー女王が書いたということですが、本当だろうか?
というか、本書にミステリーなどない。ついでにいうと、ストーリーもないが。
唯一、ミステリーと言えなくもないものといえば、マッケンジーがどうなったか、でしょうか。
犬に襲われたマッケンジーを、コニーたちは拘束するのですが、ここからでは警察へ電話がかけられないので、ピーターが自宅に戻って通報することに。ピーターが家をあとにして、再び彼が戻ってくるまでの時間が、三十分ほど。そのあいだに、マッケンジーはいなくなっていた。そこで登場したバグリー警部補は、コニーとジェスが共謀してマッケンジーを殺害したのではないかと、コニーを尋問します。ひたすら尋問します。それだけ。ちゃんとした捜査をした感じもなく、ただ尋問するだけ。
私は、コニーとジェスは、マッケンジーを「地下室」に閉じ込めたのだろうかと思いました。というのも、本書は三部構成になっており、マッケンジーと対決した場面は二部で、タイトルもずばり「地下鉄」。これは、バクダッドでコニーが拉致監禁された地下鉄の話が、詳細に語られるのだろうかと最初は思ったが、全然そんなことはなく、「こんなことはあった。けどいまはこれ以上話せない」という情報の小出し戦術で終わっていた。だから、マッケンジーを「地下鉄」に監禁して復讐するから、第二部のタイトルは「地下鉄」なのかなと思ったのですが、すぐにその考えを止めました。本書はかなり分厚いのですが、ほとんど田舎町のどうでもいい話が大部分を占めており、ここにいたって残りのページ数が少なかったので、とても地下室の話を書く余裕はないと思ったからです。
マッケンジーはそれからだいぶ経って、腕だけが発見されて死亡を認定されました。
バグリー刑事は、コニーをかなり疑っています。
まず、コニーが冷静でありすぎたこと。あまりにも落ち着き払っていた、といいます。
コニーとジェスは着ている服を漂白剤につけて洗濯したこと。警察の到着も待たず。漂白剤はDNAを溶かす。
マッケンジーは拘束されており、手も骨折しているため、自力で逃げるのは不可能なこと。
また、マッケンジーがそこに来るために使った車は放置されていたこと。もし、逃げたとしても、車に乗らずに逃げた。
そのため、バグリー刑事は、コニーとジェスがマッケンジーを殺害し、証拠隠滅のために服を洗濯したのではないかと、疑うわけです。
あの、ね……。
拘束され、手も骨折している男が、消えた。
男が乗ってきた車は放置されたまま。
男を見張っていたはずの二人の女は、警察が来る前に服を漂白剤につけて洗濯していた。
しかも、そのうちの一人、コニーは、男に逃げられても始終冷静だった。
完全に、黒だし。
百パーセント、殺したろ?
証拠隠滅以外のどんな理由がある?
服を洗濯した理由について、コニーは「女ならだれでもそうする」と、普通ならパニックを起こしているとしか思えない答えをし、この部分を解説では「女性カード」などと馬鹿丸出しに評価していたが、もちろん警察は評価しない。そんな意味不明な言い訳には耳を貸さない。逆に怪しむだけ。
マッケンジーが車を放置したことをバグリーが指摘すると、「道に迷ったんじゃないですか」とコニーは勝手に推測する。この田舎町は初めてきた人が道に迷ってもおかしくない、と。
こういう場合「そんなの私は知りませんよ」と答えるべきだろう。自ら推測するのは、そちらに話を誘導しようとする意図が見え隠れしており、怪しまれるだけだ。
マッケンジーは元傭兵です。見知らぬ場所が戦場になることは多い。道に迷えば即死が当然の元傭兵が、車から家までの逃走ルートを頭のなかにたたき込んでいないわけがない。コニーはジャーナリストですが、この本のなかで、ジャーナリストの要素は生かされることはなく、マッケンジーにしても、元傭兵の要素がまるで生かされていない。
マッケンジーはコニーを拉致監禁した。今度は襲撃した。そんな男が逃げたしたのに、コニーは、自分を警備するように警察に一切求めなかった。
なぜなら、マッケンジーがすでにこの世からいないことを、彼女は知っているから。
それ以外に考えられない。
コニーは終始冷静だとバグリー警部補から指摘されますが、私の印象では、少し違うと思いました。コニーは冷静というよりは、興奮している。ハイになっている、という感じです。
マッケンジーを、殺したから。
それ以外に考えられない。
状況証拠は、完全に黒。
というか、殺してから証拠隠滅した以外に考えられない。
しかし、洗濯したから余計に怪しまれる。しかし、警察を切り抜けるためのトリックなんてものは一切なし。しかし、舌先三寸で乗り切ろうとする。しかし、その冷静さが逆に、さらに怪しまれる。
にもかかわらず、ここから行き詰る心理戦に突入することもなく、あっけなく幕切れ。警察が馬鹿なだけ。
これ、本当にミステリー女王が書いたの?
その後、マッケンジーは腕だけが見つかった。実はマッケンジーは、酒場で、十代の娼婦に肘がぶつかっただけで、その少女の、骨しか見えないような細い腕をへし折ったことがあった。切断された箇所は、へし折られた箇所とちょうど同じだったという。
コニーかジェスは、あるいは二人は、斧を持って、マッケンジーの腕を切断したのだろう……。
斧、調べろよ!
確かに、その前にコニーは、犬に襲われている最中のマッケンジーの手を斧で撃った。そのために、彼は手を骨折した。しかし、手を骨折するだけの一撃と、肘を切断するほどの一撃とでは、斧に残るものが違うはずだ。
床は一面血塗れだったという。
それはそうだろう。多分そこで腕を切断したんだから。しかし、その血は、マッケンジーにナイフを刺された犬の血だという……。
ちゃんと調べて!
物語の最後で、マッケンジーは崖から落ちたことが語られます。腕を切断されて、崖まで走って逃げたのなら、そこにいたる道には、血痕も、足跡も、残り放題だ。マッケンジーを車に乗せて崖まで連れて行ったというのなら、車のなかにまで残った痕跡を隠滅する時間などない。
本当に、ちゃんと調べろよ!
あるいは、マッケンジーは一度、井戸に隠されたことが暗示されています。マッケンジーの腕を切断したのも後の時間、別の場所であり、崖から落としたのは、警察の捜査が打ち切った後で、それまで井戸に隠し続けていた可能性もある。
というか、井戸を調べろよ!
状況証拠は黒としか言いようがないんだから、尋問ばかりしてないで徹底的に調べろよ。そこらじゅうに証拠が転がってるはずだよ?
マッケンジーは一人の女性を三日三晩監禁し、その女性の家を襲撃するような凶暴な男です。そんな男が、生きているか死んでいるかわからないのでは、不安でしょうがない。警察は徹底的に調べるはずだ。
なのに、なんなんだ、このずさんさは。
いや、そんなことはどうでもいい。マッケンジーは、何件ものレイプ殺人をした男だ。コニーを三日三晩拉致監禁して、レイプまがいのことをした男だ。殺されても仕方がない。
と、思うかもしれない。
しかし、ここが一番中途半端なのである。
というのも、なんと、マッケンジーがレイプ殺人をしたのかどうか、はっきりしていないのだ。彼がそれをしたという証拠はもちろんなく、また、物語のなかにおいても、証明されることはなかった。
信じがたい話である。
この物語の基点であったはずの、五件ものレイプ殺人を、本当にマッケンジーがしたのか、断定されることはなかった。
ありえないでしょ、これ。
マッケンジーは、コニーを拉致監禁した。これは事実。しかし、だ。もし、マッケンジーが、レイプ殺人をやっていなかったら話は変わる。なぜなら、コニーはマッケンジーをレイプ殺人だと疑い、記事にしようとし、マッケンジーがバクダッドで勤めていた職場にも押しかけ、こんなひどいことをする男ですよ、と徹底的に糾弾した。そのため、マッケンジーは解雇されたか、辞職した。
もし、マッケンジーがやっていなかったら、コニーがしたこと、しようとしたことは、レイプ殺人のでっちあげ、捏造という最悪の行為に他ならない。そのために、マッケンジーは職も奪われた。
マッケンジーはコニーを拉致監禁し、レイプまがいのことをした。しかし、三日後に釈放した。殺さなかった。なぜ殺さなかったのかの、説得力のある説明はない。
マッケンジーはコニーの居場所を知るために、コニーの両親を拉致監禁し、父親を暴行した。しかし、二人とも殺さなかった。
実は、マッケンジーは、この本のなかでは、誰一人殺した場面は存在しない、のである。
彼は、誰も殺していないのだ。
一人も殺した場面はないにもかかわらず、殺人鬼扱いされている。
そもそも、五件のレイプ殺人は、戦火にさらされた街で、最も弱い命を、戦場のどさくさに紛れてレイプして殺すという卑劣極まりない手段だ。そんな卑怯なことをする男が、イギリス国内で、コニーの家を襲撃し、ジェスやピーターを巻き込んで、という大それたことをするだろうか? できるだろうか? あまりにもリスクが高すぎる。戦場でレイプ殺人をしていたのは、リスクを考慮してのことではなかったのか?
マッケンジーがレイプ殺人をした、という証明は、この物語のなかで絶対的に必要だった。
その女アレックス、という本では、アレックスがされたことは明白であったため、彼女のとった行動に正当性があった。共感が生じた。
これでは、コニーによる、マッケンジーの殺害は、ただ単純な、屈辱的なことをさせられたから復讐した、という、それだけ? それなら、マッケンジーが、レイプ殺人をしたと証明されていない以上、マッケンジーがコニーにしたことも、コニーがマッケンジーをレイプ殺人ででっち上げようしたことに対する、報復になってしまうんだが……。
実は、マッケンジーがレイプ殺人をしたと証明ができる場面が、一つだけあった。その機会が一度だけあった。それこそが、コニーとマッケンジーが直接対決し、コニーがひたすらマッケンジーに罵詈雑言を浴びせる、あのしょぼい場面である。
そんな余裕などあるはずがない? そんなことは不可能? いやいや、そんな余裕などない場面で、それが不可能であっても、やりとげることがすごいのだろう。
ここで、コニーが、その巧みな話術と、心理戦において、マッケンジーから、レイプ殺人の言質を取ることができたなら、本書の評価は(田舎町のくだらない憎悪劇は置いといて)かなり上がったと思う。しかしもちろんそんなこともなく、ひたすら罵声を浴びせられたマッケンジーがプッツンする、という幼稚な展開で終わってしまった。
マッケンジーとの対決後、物語はそこそこの時間を進む。
最後に、コニーの友人で、刑事でもあるアランが登場する。アランは、バグリーと違って、コニーがマッケンジーを殺害しても非難しない、という男です。ここで、もし、アランが、マッケンジーが五件のレイプ殺人をしたと、証明してくれたのなら、私も納得したかもしれません。
イラクのバグダッドで、レイプ殺人の捜査をしている刑事と、アランはつながりを持っており、捜査状況を知る立場にあった。時間もそこそこ経過しています。はっきりしたとしても、おかしくはない。
ところが、ここで二人がかわされた会話のなかには、物語の起点である五件のレイプ殺人に関する話は、何も出てこなかった。マッケンジーが五件のレイプ殺人をしたという証明はおろか、その話題すらほとんどなかったのである。
これは、著者が、実際のところ、五件のレイプ殺人なんてどうでもいいと思っているため、書き忘れたとしか考えられない。
中途半端といえばもう一つ。
解説の煽り文句でもあった、「地下室で何があったのか」ですが、こちらも、「何があったのか」具体的に書かれることはなかった。これも、びっくり。コニーが、マッケンジーにどんなひどいことをされたのか、具体的に分からない以上はなんの同情も出てこない。
今一度紹介文を振り返る。
【2002年、シエラレオネで5人の女性が殺害された。元少年兵3人が起訴されるが、記者コニーはイギリス人のマッケンジーを疑っていた。2年後、バグダッドで彼に遭遇したコニーは拉致監禁されてしまう。解放時、彼女はほぼ無傷なうえ曖昧な証言ばかりで監禁中の出来事を警察に話さない。何を隠しているのか? 圧巻の心理描写と謎解きの妙味を堪能できる、英国ミステリの女王による渾身のサスペンス。】
この紹介文は、本当にひどい。嘘だと思う。何を隠しているのか? 大したこと隠してないよ。
なぜ、こんな紹介文にしたのかを、推理してみる。
物語は、コニーとマッケンジー、田舎町の愛憎劇、というダブルプロットになっている。それは、どちらとも、独立した一つの物語としては成り立たないほどにつまらないため、二つの物語を同時進行させればなんとかなるかも、という試みであるが、結局のところ、つまらないものを二つ並べたところでつまらないことに変わりはなく、紹介文を書いた人もきっと、「こんなつまんねーもん、そのまんま紹介文書いても、売れねーよ」ということで、嘘としか言いようのない改変に挑んだのだろう。
たぶん。
コニーについて。
小物感が強い。
最初から最後まで、何の共感もできない女性でした。
地下室でのことがトラウマになり、パニック障害を抱えて田舎町に避難しておきながら、マデリーンという女性が夫のナサニエルを、嘘をついてまで持ち上げて自慢しているのを見るや、その嘘を鋭く追及したりして。
ぜんぜん、元気じゃないか。
もちろん、トラウマというものは、日常生活をしている中で突然、記憶のなかによみがえるものであり、それが一番恐ろしいものなのだが、普通に日常生活を送ることは可能であるため、これがコニーの素なら、なんだか嫌な女である。マデリーンも嫌な女だが、同じくらい嫌な女だなと思った。
コニーはジャーナリストであるため、追及するのは癖のようなものかもしれないが、その追求癖が、マッケンジーとの直接対決において彼のレイプ殺人の言質をとることに、まるで生かされることはなかったというのは、お粗末。
ちなみに、コニーは職場の上司と長年にわたって不倫をしており、最低最悪のクズ女です。上司がコニーとの不倫に走ったのは、いまの妻とは、かなり若いころのできちゃった結婚であり、妻には他にも男がいるからとクソミソな説明がされましたが、コニーがそれを知ったのは不倫をしてからずいぶん経ってからのことです。また、コニーは、そのとき「中絶はしなかったの」と普通に言っており、心の底からクズ女ですね。
コニーはマッケンジーとの直接対決を制したことによって「強かった私」と自賛していますが、マッケンジーを抑えつけたのは五頭の犬であり、そのうちの一頭が殉死するという尊い犠牲があったからです。
お前は何も「強くなかった」
それなのにそのあとなんだか「私はこんなにもすごいんだぞ」と、初めてのお使いを達成した子供のような幼稚さ満載キャラになったため、小物感だけが強烈に残った。対マデリーンで、ジェスをそそのかすところなんて、小物としか言いようがない。ちょうどいま、DDONにはまっているので、白竜神殿を出てすぐに遭遇したレベル1のゴブリンのような感じ。
あるいは、小学三年生くらいのいじめられっ子が、自分をいじめていた一学年上の悪ガキに、五頭の犬をけしかけたとする。悪ガキはそのうちの一頭を退治するも、四頭の犬に飛び掛かられて身動きできない。そこへ、いじめられっ子も飛びかかり、見事、悪ガキを撃退した。いじめられっ子は、僕は強い、僕はすごい、と飛び上がらんばかりに興奮した。
だが、すごいのは、身をていして悪ガキに飛び掛かった犬であり、いじめられっ子は何もすごくないし、強くもない。にもかかわらず、自分こそが強い、と思い込む。それは錯覚。そのような勘違いや錯覚が起こりうるのも、興奮してハイになっているからだろう。この場合、勲章が送られるとするならば、五頭の犬と、さらに、五頭の犬をけしかけられながら、それでも一頭を退治した悪ガキに対してでしょうね。
コニーは、マッケンジーとの対決以来、人が変わったように、いろんな人を不愉快にさせるキャラへと変貌した。これが本当に小物感たっぷり。
マッケンジーに家を襲われていながら、コニーは戸締りもきちんとしない生活を送り、バグリー刑事にさらに怪しまれる。これに対して、コニーは二つの選択肢があると言い、一つは開放的な明るい家、もう一つは、監獄のような家と切り返す。
いつから、家の鍵をちゃんと閉めることを、監獄というようになったのだろう?
万事がこの調子であり、人を見下し、人を馬鹿にせずにいられなくなった。
難局を乗り越えて成長したのではない。地下室に監禁される以前のコニーと比べても、あきらかにバカっぽくなっている。以前のコニーもバカではあったけれど、ここまでひどくはなかったと思う。なんというか、ずっとハイなままのようで、これは、キャラ崩壊といったほうが正確だろう。
コニーは、マッケンジーを殺した。
と、はっきり書かれたところはないが。
腕を切断したのはジェスなのだろうが、マッケンジーを崖まで追い詰めたのはコニーとジェスの二人だろう。自分の腕を切断した女が斧を持って追いかけている状況で、マッケンジーが逃げるために自ら崖から飛び降りたとしても、それは充分に殺人といえる。
ところが、コニーは、「私は崖から一歩下がった」と、つまり、一線を越えなかった、という幼稚な言い訳をする。いや、もう、そこまで追い詰めておきながら、一線を越えなかったって……。
本当に、小心な小物。
ところで。
女ってそんなに「強い」って思われたいの?
というのも、マッケンジーとの対決以降、さかんに、「女は強い」などという話が繰り返されるからです。コニーなど、「強かった私」などと自賛する始末。すでに書いたとおり、本当に勇敢なのは犬だけです。そもそも、犬が一頭死んでいるというのに、「強かった私」に自分自身で興奮しまくるところが、小物なんですが。
さらに、マッケンジーに人質にされたジェスという女まで、強くて勇敢、などと持ち上げる。ジェスは、マッケンジーに裸にされ、縛られ、強制的に立ちっぱなしにされ、前に倒れると地面に置かれた罠に串刺しにされる、という悲惨な状態にされていた。彼女がしていたのは、ただ、立ち続けている、という、それだけ。マッケンジーに立ち向かった、なんて場面はひとつもない。強いところも、勇敢なところも、何もないにもかかわらず、強くて勇敢だと賛美されています。
まるで意味不明。
ジェスはたぶん、マッケンジーの腕を斧で切断したんだと思う。もし、五頭の犬にかみつかれ、抑えつけられ、手足も拘束している無防備で無抵抗の男の腕を切断するという、卑怯で卑劣極まりないことが、強くて勇敢だというのなら、マッケンジーがジェスにした拷問まがいのことも、強くて勇敢ということになりますかね。
なにより滑稽だったのは、「女は強い」という勘違い話に並行する形で、「男は勇敢だと思われたがっている」という話が語られることです。なにが滑稽かといえば、すでにお分かりのように、コニーとジェスという二人の女は、たいして何もしなかったにもかかわらず、アランやピーターという男たちから「強くて勇敢」などと賛美されていることです。
笑っちゃう。
「強い」と思われたいのって、女のほうだよね?
それも、この女たちは、男から「強い」って思われたいんだよね?
「強い」って、男から、認められたいんだよね?
男を見下しておきながら、男に「強い」と認めてほしい。
マジで笑える。
そういうところが、小物なのだと、気づいてほしいものですが。
結局、ミステリー女王とやらが言いたかったのは、イギリスの警察は極めて無能だ、ということなのかな?
あるいは、その後の直接対決で勝利を収めたにしても、地下室での屈辱的な体験が消えるわけでもない。何の証拠もなく、一人の男を連続レイプ殺人鬼として追いつめるとどうなるか、と言いたかったのか?
それにしても、服を漂白剤で洗って証拠隠滅したり、調書に当たっては興奮を抑えられずにぺらぺらしゃべったり、コニーには、マッケンジーを殺したあと警察から逃れるためのプランが何もない、ということが一番、驚きましたね。
ここまで怪しい行動をしているのだから、警察署に連行してそこで調書をとればいいのに、それもしない。結局、バグリー警部補は捜査を打ち切ったが、イギリスでは捜査指揮権というのは、警部補にあるのだろうか? 日本では、警察本部の捜査員が参加した捜査本部では、現場指揮権は係長・警部以上にあるんですが……。
こんなずさんな本を書いている人がミステリーの女王と呼ばれているのなら、イギリスのミステリーも大したことないな。ちなみに、このミステリーの女王、デビュー以来さまざまな賞を受賞しているそうです。ただし、2005年に出版された本作はなんの賞も受賞していないという……。
これはどうでもいいことですが、解説で、この本がイギリスで書かれたのは2005年であり、さもイラク戦争時の生々しいものを感じられるようなことをうたっていたのですが、そんなものはありません。その解説のなかでも、「イギリスの美しい田舎町」といった言葉が二度ほど出ます。しかし、ではどこが美しかったのか、という具体的な説明は一つもありません。
当たり前です。
この本では、イラクのバクダッドや、イギリスの田舎町を舞台としていながら、景観描写というものがほとんどないからです。バグダッドの街中を歩くような場面もほとんどなく、当時の街がどうなっているの知ることもできません。イギリスの田舎町にしても、コニーの住む家、ジェスの家、ピーターの家くらいしか場面はなく、他の家がどうなっているのかというより、この田舎町には他にも家があるのかと疑問に思うくらいです。美しい自然描写? そんなものはありません。解説が何を持って、「イギリスの美しい田舎町」としたのか、それがこの本のなかの一番のミステリーかもしれませんね。
この3つの家でコニーが何をしていたかといえば、ひたすらおしゃべりをしているだけ。もし、この本が、マッケンジーとのやり取りなどがなく、田舎町の遺産相続をめぐっての愛憎劇一本だったら、出版すらできなかったと思うくらいにお粗末な出来あいでした。
だから、マッケンジーには感謝しなくてはいけないのかもしれませんね。ま、マッケンジーとのやり取りだけのほうでも、出版は難しかったでしょうけれど。
あと、ジンバブエの大統領ムガベはひどいことをしたが、それ以上にひどいことをしてきたのはお前ら白人だったよ。
最後に総括します。
この本を端的に説明すると、次のようになると思います。
一人の男を、五件ものレイプ殺人で、でっちあげようとした女ジャーナリストがいた。その男から報復として地下室に監禁され、レイプまがいの拷問をされた。しかし、レイプまがいの拷問を受けたことよりも、「この私が、あんなちっぽけな男の言いなりに!」なったことが最大の屈辱であり、屈辱の日々を過ごしていた。そこへ、件の男が襲撃してきた。これを撃退したのは、彼女ではなく五頭の犬。
そして、おそらくは殺害した。
五頭のうち一頭は、男の反撃にあって殉死したが、女ジャーナリストは「強かった私」などと有頂天になっており、まるで「現代の汚わいのような女」の本性をさらけ出した。
かわいそうなのは犬だけ、と、まあ、そんなお話です。