会社の近くに船場センタービルという大きな商店街どおりがある。商店街と行ってもビルが10練連なっており、阪神高速の高架下にある長い商店街ビル群である。
冬のこの季節、会社に続く道の最後の信号を待つのが寒いので、このビルの中で次の青信号を待っていた時のことである。
若い二人が壁にもたれるようにして何やらしんみり話し合っているのだ。男が壁に頭をもたげ、女は両足でしっかり立っている。二人は目を合わせることもなく、コートの襟を立てた女は男の胸元あたりを見ているのだろうか。女の頭越しに視線の定まらない男は壁に張られた居酒屋のメニューを読んでいるようにさえ見える。
別れ話だ!
とっさに感じた直感に間違いはなく、何やら話をしている女の口調に優しさはなく、突き放つようにしゃべっている。女が言葉を発する度に男は鞭でたたかれるようにのけぞったり、首をかたむげたり、うつむいたりするのだ。
女が別れたがっているな!
「しっかりしなさいよ!」。女の声は聞こえた。女は男のセーターのおなかの部分を突っついて何か話しているが遠くて聞こえない。男は突っつかれた手を握ろうとしたが振り払うように女は手を引いている。
このままではどうなるかが気になって信号が渡れないではないか。仕方がないので、少し近くに寄る。
男の煮え切らない態度に業を煮やした女が次の彼氏の出現でそちらに乗り換えるだけの話であった。
次の彼氏は結婚まで意識して女と付き合うつもりらしい!年収も新たな男のほうが高く、女が一度は暮らしてみたい東京の転勤話もあり、一緒に結婚してついていく選択肢も広がっている女に、変化する自分の人生を前向きにとらえているのがよくわかる。
二人が私を見た!
確かにこの距離はおかしい。次のアポがない私は会社に戻るよりここで事の顛末を見届けたい欲求に駆られ、近寄りすぎているのである。ここは逃げずにどうどうとここで待ち合わせのふりをするしかない。誰を待つでもなく、何回目かの青信号をやり過ごしている中で、スタッフが偶然にも通らないかと見渡すしぐさなどをしながら、足を動かすことなく耳だけが盗聴器のように働いているのだ。
男にもチャンスはあった。十分あったのだろう。プロポーズのシーンは旅行の時も、女の誕生日の時もクリスマスも。(なんや一応イベントは一緒にやってるんや!)
しかし、切り出してくれなかったのは残念だったわ!と女。
男はやり直したがっている。
それは十分伝わるし、プロポーズも切り出す条件がそろうのが来年くらいには言えるかと思っていたらしい。年収、昇進、車の購入、女の親族への挨拶。一通りはきちんと考えていて、その準備はきっちりやっていた、と。その事実を女は聞いて驚いている。女は男の目を見て「なんできちんと言ってくれなかったの?」と。
男の声はほとんど聞き取りにくいが女の声は良くとおり、聞き取りやすい。女の声が聞こえないと全く分からない内容であったと思う。
きちんと別れを告げたい女が、優柔不断で、しかし優しい男に、後ろ髪を引かれるのをわかりながらも伝えているのだ。
「新しい彼氏とあの日は泊まったの!」
どうやらこれが決定的なセリフのようだった。この日一番のけぞった男は後頭部をうたれた死刑囚のようにうなだれていた・・・
ドラマみたいや・・・
女が「ダメだと思う」と。
俺もそう思う・・・
遠くてわからないが男が涙しているように見えるのは、俺が泣いているのか?
その話を聞いて、きびすを返して「今までありがとう、幸せになってくれよ!」と終わることが来出たら満点なんだが、男は死体のまま立っているのだ!
異変に気付いた周りの歩行者が二人に一瞥をくれるが、二人は気にならない。
ここまで来た私はもう動くことができない。
男が何かを言っているが女がそれに怒っている。男の声が小さくて私には聞こえなかったが私にはそれのほうがよかった。なぜかもう聞きたくなかったのだ。
女の携帯が鳴ったのは新しい男に鳴らしてもらうことを約束していたのか、二人の会話を遮り女が携帯に出た。
女は行かなくてはならないらしい。
「じゃあね!」と女。
「うん」と男。
カッカッカッとヒールの音を残してエスカレーターを降りて行った女に目をやるでもなく死体はまだそこに立っている。
残骸のような男はとぼとぼと、これが本当の「とぼとぼ」だと思えるとぼとぼと、歩き出したのである。
思わず私も下を向いてしまった。私は何も悪くはないのだが下を向いてしまった。
信号を待つのに30分も待ったのは生まれて初めてであった。残念な気持ちが私に乗り移った別れ話に、寂しい気持ちになったのと、だらしない男へのいら立ちが交錯し、事務所に戻ったのであった。
泣きすがる女に「うるさい、ボケ!近寄るな!」って男が振り払うのが一般的かと思っていたのに、こんなしんみりな捨てられ方、それも男。
草食系とか、バイセクシャルとか、トランスジェンダーとか、新しいのがいろいろと出てきているけど、男は「漢」と書き、男らしさを表していたのにどうしたものか。
男が捨てられる瞬間を目の当たりにして、今日は焼酎でいっぱいやろう!
なんか、寂しい夜でした。
日本よなんかおかしいぞ!