ちょんまげとET | NPO法人グローバル推進機構 理事 中園のブログ

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教育業界に身を置いて思うこととまわりの景色に感じることをつれづれに書きます。

私が大学生の頃、働いていた進学塾では合宿という勉強だけを行う宿泊研修があった。生徒も朝から晩まで勉強するのであるが、それに付き合う先生も朝から晩まで勉強を教えるのだからバイトといえども大変な仕事であった。

その合宿に初めて参加してみて戸惑ったのが、子供に対しての指導ではなくて先輩講師からの「洗礼」であった。どんな「洗礼」かというと風呂場で全員真っ裸になっているところ、浴場で正座をさせられるのである。正座をした自分の頭の上に先輩のナニを乗せられて「ちょんまげ」と言われるのがあった。もうひとつは一層過酷なのだが、先輩のナニと自分のナニを双方こすって肥大化させ、正面同士でくっつけて「ET」という遊びであったりした。


唖然・・・・・・・!かと思う。(女性の方、すみません!)


この「ちょんまげ」と「ET」に何の意味があるのかはわからない。いや、当時はわからなかった。いや、当時は意味はわからないのだが単に楽しかったからやっていただけかと思う。
しかし、後年自分の後輩たちから「ちょんまげ」と「ET」については大層語られていることを知った。いまや「俺は〇〇さんにETしてもらったからな!」と半ば自慢げに語っているのだ。「おれの「ちょんまげ」は△△さんにしてもらって、おれは□□の後輩にやったわ!」とか。

まあ、悪ふざけというか暇つぶしというか、数学科の「洗礼」として学生時代のハメ外しと思うと微笑ましい話ではある。本当に懐かしい一コマであるが思い出されるのはそれを拒否する奴がいるのだ。

「そんなことして何になるのですか?」「自分にはできません!」「それをしないと働けないのですか?」などなど。

まあ、ノリの悪いそんな輩には強制はしなかったので、こいつはつまらない奴というレッテルが貼られてしまう。また、それで終わりであり、それからはそいつを遊びの誘いに声をかけないようになるだけだ。

しかし、つい最近40も超えてこの洗礼を私から受けたやつと飲みに行くことがありそいつが嬉しそうにその話をするのだ。かなり二人共お酒がはいっていたので酒の肴として昔の馬鹿話ほど楽しくて安全なものはない。しこたま酔って「ET」談義で盛り上がったのだった。

なんの意味もない遊びに真剣になり、無駄の極地について極め、それをずっと信じていたり、大事な価値観にまで成長させてしまったりする当時の自分たちの行動は、今考えると本当にアホであり、笑いのための自虐行動であったかと思う。


私も振り返るとこんな数学科の「洗礼」に始まり、さまざまなところで無駄なことをやってきたかと思うのである。
事業では上手くいくかもいれないと祈りながら邁進しては果たしてお金や時間を失い、さめざめとした思いにさらされたりした。ちょっとした油断から足元をすくわれてはとんでもない結末の始末をつけるために数年もかかってしまったりする。

どれだけ今まで無駄なことが多かったかと振り返るのであるが、自分の人生の中でのささやかな成功は実はこれら無駄の極地から生まれていることがほとんどであることに最近気付いたのである。
先輩のナニと自分のナニのさきっちょをくっつけることが自分の人生の成功にどう結びつくかは今でもわからない。
しかし、無駄な遊びやくだらない行為には人生の栄養になるものがあったりここ一番の選択で間違わないエッセンスがあるとしか思えないのだ。

決まったレールの上を効率よく歩みながら、損せず無難に進むのが優位であるとするこの頃の若いやつらを見ると、馬鹿で無謀な先輩の豪快な話が同じ人間のすることかと思ってしまう。どちらが面白いか?当然後者である。


「コスパ」という言葉がある。自分も使っている言葉であるが、投資した分と得る結果の割合がいいのが「コスパがいい」のだ。
あらゆる価値観はコスパに支配されていて、「損をしないこと」「効率よく進むこと」が大事になっている。
本当にそうだろうか。

大半の無駄やくだらないことの中から1割の当たりがあり、その無駄やくだらないことをやっているやつだけ1割の当たりを見つけることができる。そしてそれを自分の手に出来るのではないかと思うのだ。多大なるハズレ馬券こそ、万馬券をゲットできるのだ。
ハズレ馬券を馬鹿にしてるやつに万馬券はない!コスパを考える奴は馬券そのものを買わないのだ。競馬を推奨しているわけではないが、挑戦とは「やってみること」だと思う。コスパにビビっていたら何もできないことを知ってほしい。



30代後半の独身女性の集まりがあり、みんな結婚したいという。
はっきり言って美人であったり、器量が良かったり、仕事もできる人が大半であった。

口を揃えていうのが旦那さんに求めるものが年収の高さや身長の高さ。今の自分の地位との比較で結婚を考えていて、遊ぶ時間がなくなることや両家との関係の煩雑さなどさまざまなメリットデメリット。

「どうしたらいいですか?」「どこかにそんないい人いませんか?」

そんな女性にとっては結婚はデメリットの塊である。やめといたほうがいい。

しかし、結婚するとお金には変えがたいものも手にすることができる。家に帰ってほっとする空間であったり、子供が生まれると子供のためには死ねると思えるようになったりするのだ。親になって初めて人生の意味が分かったり、コスパは全く合わないが生きてる意味が理解でき真剣な人生が始まったりする。

じゃあどうしたらいいのか?

コスパを考えずに次に出会う人と結婚したらいい。健康な男性で一緒に居て老後も過ごせると感じれる人ならだいたい良いと思う。

いい会社で年収も高く身長も高く男前の旦那などいない。だいたい適齢期になる前にそんな男性は売れている。まあ、そんな男性にくっつく女性など無能であることが多い。自分にない肩書きを旦那に求めているだけで、見栄と体裁の塊であるのがいる。さらに妬みの性格がくっついていると同性からも相手にされていないのだ。
それより選ばずに出会う男性とまずは結婚してみるのはどうか。そして子供でも産めばいい。旦那からもらうのではなく、旦那を育ててあげるという考え方もいい。それでもだめなら別れてハズレ馬券だったと思い次の万馬券を手にする旅に出よう!

そんなおおらかな人生の選択ができるような人であれば30代後半まで未婚ではないのであるが。



長男から「そんな損してどうすんの?」とアイルランドからLINEがあった。

「成功するためには損するしかないやろ!」
「そうか!失敗したほうが成功するもんな!」

長男よ、少しずつでいいから気づくことを祈ってる。


若いのだからコスパは捨てて、無駄にまみれて欲しい。


秋の夜長に思ったことを書いてしまいました。

徒然なるままに・・・・・