「体験感」ハンパない映画。
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観た皆さんにお聞きしたいのですが、 あの島に行ったっていう感覚、めちゃめちゃありませんでした?
ボクはなんというか「アニメを観た」というよりは、自分も ちいかわ達と一緒にあの島へ行って、洞窟に入り、森の中を逃げ回り、島二郎と一緒に海に潜って仲間を助け出した・・・そんな感覚だったんです。
映画が終わって家に帰る電車の中でも「いや〜、大変な旅だった…」とため息をついちゃったくらい(笑)。ただ「面白かった!」というより、あの船で ちいかわ達と一緒に帰ってきた気分だったんですよね。
本当に「体験感」がハンパない映画でした。またあの島に行きたくて、ココイチの島カレーを何度も食べに行ってしまったほどです(笑)。
さて、物語やテーマ、音楽など語りたいことは山ほどあるのですが、ここは「演技ブログ」ですので、今回は演技の話をしましょう。 アニメでありながら、この映画の演技が本当に素晴らしかったんです。
ちいかわのノンバーバル(非言語)
な演技が凄すぎる!
何がすごいって、ちいかわ達の「反応の豊かさ」です。 眉のちょっとした動きや、丸い目がわずかに楕円形になるような微細な変化で、ちいかわが感じている小さな情感がリアルタイムで伝わってくる。
俳優の世界の言葉で言えばまさに「名演」です。
一般的なファミリー向けアニメでは、表情は「私は今こういう感情です!」と分かりやすく示す「記号(説明)」として描かれることが多いですよね。 もちろん『ちいかわ』もシンプルな記号的な絵柄なのですが、その中にアニメとは思えないほど微細でリアルな感覚が詰まっているんです。
「悲しい顔」ではなく、
「悲しいことが起きたときの顔」。
シンプルな絵柄なのに、目と眉による表情のディテールがめちゃくちゃ豊かなんですよね。
目のかたちや眉の角度の変化によって、キャラがいま「何を見ているか」がハッキリ分かります(あんなに黒目がちなのに!)。さらに、ただぼんやり見ているのか、それとも注意深く観察しているのか、そしてそれを見て「何を感じているのか」までしっかり伝わってくる。
実はこの圧倒的なクオリティ、原作者のナガノ先生がアニメの作画に対して、主に眉毛の角度や口の開きといったキャラクターの表情について細かく修正要望を出されたからなのだそうです。気が遠くなるような作業ですが、そのこだわりのおかげで、スクリーン上で彼らが活き活きと存在しています。
なぜその作業が必要だったのか。
それは『ちいかわ』の表情が、単なる感情の「説明(アウトプット)」ではなく、「目の前の相手や周囲の状況に対するリアクション(インプット+反応)」だからです。
普通のアニメが「記号化された感情」を観客にそのまま届けるのに対して、『ちいかわ』では観客がその微細な表情を見て、ちいかわ達の気持ちを「観察して察する」というプロセスを踏みます。
しかも、ちいかわって喋らないじゃないですか。 だから観客はつい表情を注意深く観察してしまう。「いま何を感じてるのかな?」って。 ちいかわの目が緊張すれば自分も一緒に緊張し、ちいかわが安心してニコッとすれば自分もニッコリしてしまう。自然とちいかわの感情と「シンクロ」してしまうんです。
こうして観客は、ちいかわが感じる喜びや恐れ、勇気を自分のことのように感じながら、映画の世界へと没入していきます。
だから、あの船を一緒に漕いでいる気がした。
ちいかわの「反応の芝居」とシンクロしているからこそ、われわれ観客はセイレーンたちのハモりに感心し、襲いかかってくる迫力に驚き、一緒に舟を漕いで逃げている感覚になれたのです。
アクション映画でもなかなか体験できないあのハラハラドキドキ感は、僕たち観客も「あの舟で一緒にオールを漕いでいたから」なんですよね。
そしてこの見事なシンクロの仕掛けは、
じつは映画の序盤から丁寧に配置されています。
島に着いて歓迎され、ちいかわ達が焼きそばや限定ラーメン、限定パフェなどの屋台グルメを食べますよね。観客も「ああ、屋台の焼きそばって美味しいよね」と感覚が開かれ、舌鼓を打つ ちいかわ達ににシンクロし始める。
さらに夜の海辺を散歩し、みんなが知っている歌(「今日の日はさようなら」)を焚火で歌い、花火を見て感動する…。 観客が日常で体験したことのある喜びをちいかわ達が体験することで、観客とキャラクターの感覚が十分に重なり合う。・・・その完璧なシンクロが完成したところで、あの怪しい洞窟へ入っていくシーンが始まるのですから!
特に「今日の日はさようなら」のときは、皆さんも心の中でハチワレと一緒に歌ったのではないでしょうか。われわれはあの瞬間、確実にあの3人と一緒にあの場所にいました。
いや~なんというか、脚本も手掛けたナガノさん、本当に凄いです。
「主人公の行動を見る映画」から、
「主人公と一緒に体験する映画」へ
…と、ここまで熱弁しておいて告白すると・・・実はボク、観に行く前は『ちいかわ』のことまったく知らなかったんです。原作漫画も読んだことがありませんでした。
けれど、ふと目にした映画の予告編で、キャラクターたちの「反応の演技」の確かさとディテールの豊かさに息を呑みました。何度も予告を見返し、気づけば翌日には映画館に行ってボンボンドロップシールを手にしていたのです(笑)。
予告編の時点で、ちいかわたちの「リアクションの芝居」があまりにも見事だった。で「これは観なければ!」と直感したんです。
というのも「観客が主人公のリアクションにシンクロして世界を体感する」という2020年代の新しい演出・演技のアプローチは、昨今の実写映画(『シラート』『アノーラ』『センチメンタル・バリュー』『急に具合が悪くなる』など)でも世界的に非常に重要視されているトレンドだからです。
これまでの物語が「人物の行動(アクション)」で引っぱっていたとすれば、今の時代は「人物の反応(リアクション)」を通して世界を描く時代になってきている。
つまり「主人公が体験するシーンを見る」のではなく、
「主人公が体験しているシーンを一緒に体験する」わけです。
『シラート』では、そのシンクロが音楽とダンスによって仕掛けられていたし、『急に具合が悪くなる』なんて、3時間を超えるフランス語×日本語の会話劇なのに、もう登場人物たちと一緒にその場にいるような感覚があるから、まったく眠くならなかった(笑)。
そして、この「2020年代の新しい演技・演出」を見事に結実させた傑作が、まさか日本のファミリー向けアニメーションから生まれるとは思いもしませんでした。 いや~俳優さんもあの演技・演出は観ておくべきです。
この『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』をまだ観ていない方は、ぜひ映画館のスクリーンで観てみてください。この「体験」は、家で見るよりも映画館の暗闇の中で観るほうが、喜びも恐怖も切なさも何倍にも膨らむはずです。
ボクも、もう一回あの島に行きたくなってきました。
小林でび <演技ブログ「でびノート☆彡」>


