『いだてん』第二部はなぜ急に面白くなったのか!? | でびノート☆彡

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映画監督/演技講師 小林でび の「演技」に関するブログです。

 

『いだてん』第26回「明日なき暴走」面白かったですね~!興奮した!泣けた!笑えた!

 

いや~こんなに面白くなったのに未だ『いだてん』ってまだ視聴率低いんでしょ?

勿体なさすぎる! きっと第一部を我慢して見続けてきた人達が第一部完を機会にくじけて観るのを止めたんでしょうねー・・・。

 

さてそんな超低視聴率大河ドラマ『いだてん』が第二部に入って急に面白くなったのはなぜか??? てゆーか逆に第一部があんなに退屈だったのはなぜなのか? 同じ脚本家のホンだし、同じ演出部なのに、となると??? ・・・いろいろ理由はあるんでしょうが、その「演技」の部分を紐解きたいと思います。 演技ブログなので。

 

第一部と第二部。 変わったのは主演俳優たち・・・そして「押す演技」と「アンサンブルのグルーヴ感」です。

 

 

繰り返しますが第26回「明日なき暴走」はエキサイティングでした。

まず冒頭。ショーケン演じる超大物政治家が超カッコよかった。

シーンの尺も短いし演技の手数も少ないのに人物のタチの悪さと純粋さがビンビン伝わってくるような名演でした。阿部サダヲ演じる田畑とのやり取りの中、不意に爆発するあの笑顔・・・最高。

 

 

そしてなんといっても菅原小春さん演じる女子陸上選手・人見絹枝。

菅原さんはダンサーで演技は初体験だったそうですが「演技はテクニックじゃない」のよい見本みたいな芝居でしたねー。 背の高さゆえに周囲から「バケモノ」と呼ばれた女性陸上選手・・・その内面の可憐さに心動かされました。

おそらく人見絹枝と菅原さん自身との共通点を探し出して演じたのでしょう。大きなコンプレックスを抱えた人間の情感が生々しく画面から溢れ出すような・・・これもまた名演でした。

 

菅原さんみたいな「思いの強い人」はセリフを喋る時に、その思いで相手を押すんですよね。相手の心を揺り動かす。だってそもそも人間は相手の心を動かすために喋ってるんですから。

相手役の寺島しのぶさんが心を動かされて、第一部での彼女よりもより心の深い部分でエモーショナルな演技をなさってましたね。そう、「相手を押す」演技ができる人って周囲の俳優も活き活きさせるんですよ。

 

 

阿部サダヲさんもまさにそんな「相手を押す」演技をする俳優です。

彼、目が凄いじゃないですか。ギョロッとしたあの目で相手を観察して、相手の一番押したらよろける場所をトンと押すような芝居をする・・・柔道ですよね(笑)。

相手は心をトンと押されて(心が)よろけるので、そのリアクションは超リアルに見えるんですよねー。そんな風に周囲の俳優をどんどん巻き込んでいって、芝居全体にグルーヴ感を増してゆくんですよ。

 

『いだてん』って第二部にはいって笑いどころでちゃんと笑えるようになったじゃないですか。

あれは単純に阿部サダヲさんが面白俳優だから!…とかじゃなくて、彼が芝居の中心に立つようになって、周囲のアンサンブルが有機的に機能するようになったからだと思います。

 

 

この「演技で相手を押す」って感覚的すぎて文章で説明するの難しいんですが・・・簡単に言えば「相手の心を動かす」ってことです。

現実世界にも「ヒトの心を動かす人間」っているじゃないですか。その人に何か言われるとなぜだか嬉しい気持ちになったり、なぜかやる気が出ちゃったり、深く深く納得しちゃったりさせちゃう人・・・あれを演技の中でやる。

 

ところがこの「相手の心を動かす」を演じようとすると俳優さんって急に声が大きくなっちゃったり、相手に顔を近づけてゆっくり台詞を喋っちゃったりするんですよね~!・・・コレ逆効果です。 観客に「相手をコントロールしたい」という意図の方が伝わってしまうからです(笑)。

 

われわれが誰かの言葉に心を動かされる時って、そんな押しつけがましいコミュニケーションを取られた時ではなくて、もっとさりげなく、でもしっかりとコミュニケーションされた時ですよね。

たとえば朝、出がけに家族に「気をつけてね」と自然にアイコンタクトされた時とかに・・・「あ、うれしい」と心が動いたりする・・・あれですよ、あれ。 力づくじゃあダメなんです。

 

 

そんな「アンサンブルのグルーヴ感」が導入された『いだてん』第二部、いきなり笑いの量が増えました。

 

たとえば阿部サダヲ演じる田畑が政治家からオリンピック資金をせしめてきたシーン。

「嘉納先生が15年かかっても成し遂げられなかったことをいとも簡単に…!」と言われた時の役所広司演じる嘉納治五郎の一連のリアクションてゆーか、あの顔・・・笑ったなあ。こういうのを見たかったんですよ。 この…見てしまった!みたいな感じを。

 

またこの時の阿部サダヲの芝居がまた腹立つんですよねーw。

ガンガン役所さんを押すくせに、役所さんが押し返そうとするとスルッと逃げてしまう。腹立つわ~(笑) こんな風に笑いが成立してしまうところが第二部が第一部と違うところであり、芝居のアンサンブルの喜びにあふれたところでしょう。 グルーヴ感です。

 

 

いや、第一部にも脚本上は笑い所はいろいろあったんですよ、なんてったってクドカン脚本ですから・・・でも結果ほとんど笑えなかったんですよね、残念ながら。

 

なぜそんな事になっていたのか・・・それは主演の中村勘九郎さん演じる金栗四三という人物が「演技で相手を押さない」人だったからです。

これは前回のブログ(『なつぞら』:イケメン俳優の演技法)のジェームズ・ディーン式演技法にも通じるところなんですが・・・正直、ずっとひとり芝居を演じてるみたいだったんですよ。

 

誰かと話しているシーンでも、その相手とのコミュニケーションを演じているわけではなく、その時の自分個人の気持ちを演じているんです。

 

たとえば「すみません」という言葉を相手に伝えるのではなく、「すみません」という自分の気持ちを自分で噛みしめるような演技・・・モノローグにしてしまうんです。

これで相手役を揺り動かすのは至難の業・・・相手の中に怒りや同情や笑いなど、エネルギー値の高いリアクションが発生せずに、結果「そんな金栗を見守る」という超エネルギー低い演技になってしまう。・・・つまりグルーヴが発生しなかったんです。

 

 

これ、お兄さん役の中村獅堂さんさんもそうだったんですよね。

芝居のテンションは超絶高いんですけど、台詞や行動がどこか内向していて「相手を押さない」。 それが相手に自分の心の中を打ち明けるようなコミュニケーションのシーンであればあるほど、逆にひとり芝居のようなモノローグになってゆく。自分ひとりのスポットを浴びてしまうんです。

 

『いだてん』から脱線しますが…香川照之さんもそうですよね。 映画でもドラマでもCMでも、つねに「物凄くテンションの高い、孤高なひとり芝居」を演じておられる。相手のテンションに関係なく、つねに歌舞いてるんですよね。

 

不思議ですよね・・・歌舞伎における正しいアンサンブルのあり方がそういう感じなんですかね。 みなさん卓越した演技力を持った俳優さんなんだろうと思うのですが、映像の仕事でのその点において違和感を感じることがあります。

 

 

ちょっとだけ『いだてん』の落語についても書かせてください。

第二部の初回である第25回「時代は変わる」で、田畑(阿部サダヲ)が政治家(ショーケン)からオリンピックの特別予算6万円をせしめてきたくだりを、五代目古今亭志ん生の一八番『火焔太鼓』に絡めながら進行するシナリオ、素晴しかったですねー。

 

莫大な札束を数えてゆくシーン。そこにいる全員がビビって「水ちょーだい」って気持ちになっていて、しかも勇ましいこと言いながらその札束を持ってきた当の田畑自身も「俺もそこで水飲んだ」と、自分自身のやらかしたことのスケールの大きさに半笑いでビビってる感じw。

第二部の主役、田畑政治の登場のエピソードとして最高・・・これからも色々起こるぞこりゃ!という予感に満ち溢れたシーンでした。

 

このシーンでボクが唯一残念だったのは、この物語の語り部、森山未來演じる若き志ん生(孝蔵)が・・・汗まみれで迫真の演技過ぎるんですよ、スポット浴び過ぎ(笑)

 

よく『いだてん』は「オリンピックの話と落語家の話が上手くリンクしてない!」という批判を受けてますが、それって「オリンピックの話」と「落語家の話」がスポットライトを奪い合っちゃってるせいだと思うんですよ。

 

 

だから『火焔太鼓』の「水ちょーだい」のシーンも、あの瞬間に「水ちょーだい」と叫びたいのは嘉納治五郎であり田畑政治じゃあないですか。でも嘉納には田畑に対するプライドがあるし、田畑も嘉納に対して余裕を見せたい。だから2人とも叫べない。・・・その心の声を若き志ん生が「水ちょーだーい!」と代わりに叫ぶわけですよね。あれは決して若き志ん生自身が叫びたい言葉じゃない。

 

つまりあのくだりで若き志ん生が演じるべきは、『火焔太鼓』のクズ屋でも、若き志ん生(孝蔵)自身でもなく、嘉納治五郎なんだと思うんですよ。そうしたらきれいにリンクすると思うんです。

 

そしてこのシーンのラストの

 

田畑 「半鐘はいけないよ!おジャンになっちゃいますからね」

孝蔵 「早いって!」

 

この脚本は台詞をいくつか飛ばしてサゲ(オチ)を先に言っちゃった田畑に、孝蔵が「おい!」とツッコむ流れですよね。これ最後は当然ながらスポットは田畑に当たります。ツッコまれてベロ出して「カッパの怪人・田畑政治登場の巻」完!パチパチパチなわけです。

 

それが実際にはこう演じられています。

 

田畑 「半鐘はいけないよ!おジャンになっちゃいますからね」

孝蔵 「いや・・・(ちょ)・・・早いって!」

 

・・・孝蔵さん、ツッコミなのにたっぷり間をとってる・・・これスポット取りに行ってますよね(笑)。

孝蔵がその間をつかって自分の心情を演じてしまってるんですよ。・・・で田畑の見せ場なのにすんなり田畑にスポットが当たらない流れになっちゃってるんですよねー。流れがガタガタッとなって、観客が何の話を見せられてるのか混乱する。 ・・・はい。 これが「オリンピック」と「落語」が上手くリンクしない原因なのではないでしょうか。

 

迫真の演技って危険なんですよ。 自分がスポット浴びちゃいけない瞬間にやると芝居全体のアンサンブルを破壊してしまったりする。

しかしこれがまた孝蔵ファンに大好評になったりするんですよねーw。そりゃそうですよ。だってファンは孝蔵のジェームズ・ディーン的な頑張りをもっと見たいわけですから。 でも・・・そこはガマンなんです。だってここは「嘉納治五郎が田畑政治を認めざるをえなくなった瞬間」のためのシーンで、それを盛り上げるのが語り部の仕事なのですから。

 

 

さてここまで書いて・・・いま第27回「替り目」見ました。

 

金栗さん、去りましたねー。

田畑の「まだ帰ってないんかい!」の芝居をまったく受けることなく、でもなぜか理由も無くじーっと田畑のことを澄んだ瞳に涙をためて見つめているという謎のラストカット(笑)・・・なんだろ「主演バトンタッチ、お願いしますね」的なメタな演技だったんでしょうかw。 いやいや、金栗さんらしかったです。

 

 

そして上白石萌歌演じるマエハタ登場!

 

可憐・・・ちょっとしか出てこなかったけど瑞々しくてよかったですねー。まあ阿部サダヲと皆川猿時の2人が女子更衣室に飛び込んできて…という地獄のようなシーンだったわけですけど(笑)、いきなり「思い切り“押された”状態」での登場シーン、素晴しくキラキラした目をしてましたw。

これは今後の活躍に期待ですね。

 

 

さあそんなこんなで「アンサンブルのグルーヴ感」を搭載しなおした『いだてん』も本格的に新章突入です。楽しみですねー。欠かさず見ましょう。

そして、第一部が辛くて挫折しちゃったお友達に「第二部は面白くなってるよ、大丈夫だよ~」とオススメしてみましょう!w ・・・視聴率、取り戻して欲しいなあ~!

 

小林でび <でびノート☆彡>

 

 

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