「セリフが聞けてる/聞けてない」とは? | でびノート☆彡

でびノート☆彡

映画監督/演技講師 小林でび の「演技」に関するブログです。

「相手のセリフが聞けてないよ!」ていう演技のダメ出しってあるじゃないですか。

あれって言われた俳優が納得いかないこと多いんですよね。「え?ちゃんと聞いてるのに!」って。実際俳優の方はちゃんと聞いてるつもりだったりするんですよ。むしろ必死に聞こうとして相手のセリフを耳で追っていたりする。でも「聞けてない」。

…で次のテイクでは「ちゃんと聞いてることをアピールしなきゃ!」ってウンウンうなずいちゃったりして(笑)。うなずく動きって画面上うるさいんでそれもまたNGになるんですがw。でもその必死にうなずいてるテイクすらもプレイバックしてみるとやっぱり「聞いてない」ように見えるんですよ。こわ~。

・・・さて、この「セリフが聞けてる/聞けてない」の問題ってなんなんでしょう?

 

 

昔の映画やTVドラマって切り返しの時、喋ってる側の顔を映してること多かったんです。それは「喋ってる人の感情を表情で説明する」ためで、当時はそういう編集が視聴者に優しい編集だったんです。

つまり正義の味方が正しいことを喋ってる時は「ハイ私はいま正しいことを言ってますよ~」っていうことを、いかにも正しそうな爽やかな表情とセリフの喋り方で説明していたわけですよ。その方が分かり易いから。 逆に登場人物がおかしなことを言ってる時は「ホラ私はおかしなことを言ってますよ~」って表情とセリフの喋り方で説明していた。悪役がいかにも悪そうな身振り手振りで顔を歪めて性格悪そうに喋ったり、食いしん坊キャラが知恵おくれっぽく喋ったり、社長が過剰にえばって喋ったりしてましたよねw。

 

それが80~90年代くらいからですかね、変わってきたんですよ。聞いてる人達の顔を映す編集が徐々に増えてきた。それは聞いてる人物たちのリアクションを見てれば、その喋ってる内容が正しい内容なのか間違った内容なのかがわかるからです。観客は聞いてる人の表情に乗って聞けばそのセリフをどう判断すべきかわかるわけです。なので喋る側は過剰にクサい演技をしなくてもよくなった。逆に責任重大になったのは聞く側の俳優たち・・・セリフを「聞けている」ことが求められるようになったんです。

 

 

これによってよりリアルで情感的により複雑な会話シーンが作れるようになったんですね。ディスコミュニケーションが描けるようになった。そういう描写が目につくようになったのは、ボクの記憶では傑作『北の国から』『ふぞろいの林檎たち』あたりからで、たとえば『ふぞろいの林檎たち』の学歴差別のシーンとか、容姿の差別のシーンとか、酷いことを言われてる人物たちの表情が延々と描写されてるとか、酷いことを言ってる人物と言われてる人物のツーショットが延々続くとか、あまりに衝撃的でテレビを見ながら「なんで言い返さないんだ!」とか思ったものですw。でもそうなんです。それに言い返すくだりがクライマックスじゃないんですよ。それを延々と聞いている表情の時間こそがクライマックスなんです。そこで観客の心が燃え上がるんです。

 

その後もトレンディードラマで恋人を非情にふったりするシーンとかでも、ふる側の喋りはむしろ穏やかで、ふられる側のショックなリアクションがドラマを盛り上げてた印象があります。

 

なので・・・「聞く演技」って聞いてるだけじゃダメなんですよ。ウンウンうなずいたりしたらむしろ台無しなのです。

俳優さんってよく自分の台詞だけ必死に覚えて言い方とか工夫したりするじゃないですか。相手の台詞はたいして気にしてなかったり。そんなのとんでもないんです!相手のセリフを聞いてる時間のリアクションの演技こそがそのシーンのキーを握ってたりするんです。そして相手の台詞を生かすも殺すも、それを聞いてる自分のリアクション次第だったりするんですよ。

 

 

このリアクションの演技は21世紀に入ってさらに必要とされるその細かさとリアルさを増しながら、その重要性をさらに増しつつあります。

90年代とかだとまだ切り返しで喋ってる側と聞いてる側がうまく連動してないことなんていくらでもありました。名作映画『トゥルー・ロマンス』『アイズ・ワイド・シャット』の名シーンですら聞いてる側の演技は「巧みに聞いてるふりをしてる」だけで「聞けてない」んですよ。いまの目で見ると!デニス・ホッパーとかトム・クルーズとかでさえ!

 

これたぶん切り返しをひとりづつを撮るときに相手が目の前にいなかったか、いても本域で演技してくれてなかったんじゃないかなあ。『トゥルー・ロマンス』『アイズ・ワイド・シャット』もツーショットの演技は素晴らしいのに、切り返しになると「聞けてない」顔になっちゃってるんですよねえ。まあその「聞けてない」顔がそれなりに超魅力的に仕上がってるってところがスーパースターなんですけど(笑)

 

 

 

では話題を戻して、俳優が「聞いてるつもり」なのに「聞けてない」っていう現象はなぜ起きるのか・・・それはその俳優の心が内向きになって、自分のキャラクターを演じるのにイッパイイッパイになっているからです。多いのは以下の2つのパターン。

 

<1>キャラクターを演じるタイプの俳優さんが自分の演じてるキャラだったらどんな顔するだろうか?どんなリアクションするだろうか?そんな自分のキャラの事ばかり考えてしまっているせいで、相手の言葉に素直にリアクションできてない状態。目が泳いでるのが特徴です。

 

<2>前回のブログ『感情を演じる4つの方法。』でも触れた②「感情を込める」タイプの俳優や、③「感情の記憶」を使って演じる俳優さんが自分の演じてる感情にハマって心が内向きになってしまっていて、相手役がセリフで何を言っていても自分の感情がピクリとも揺れ動かなくなってしまっている状態。目線や目の焦点が微妙に相手に合ってなかったりするのが特徴です。

 

どちらのパターンも耳で相手のセリフを聞いてはいるんだけど、相手の表情をよく見てないんですよね。だから目が泳いでたり、目線や目の焦点がずれてたりするんです。

でもね、現実の世界ではそんなことありえないじゃないですか。相手が重要なことを喋ってる時は相手の言葉をよく聞くだけじゃなく、相手の表情や喋り方をよく見てその言葉の向こうにある真意をくみ取ろうとするじゃないですか。言葉を聞くときは、耳と同じくらい目を使って聞いているんですよ。

 

 

なので現代的な演劇において、俳優が内向しないことってすごく大事なんですよ。内向から生まれる迫真のひとり芝居とかってもうあまり有効じゃないんです。だから監督が俳優を追い詰めて迫真の演技を引き出す演出法ももうキツイかなと思います。

人は日常生活のどんな瞬間でも「聴覚」「視覚」「触覚」をフルに使って外界の情報を常にフルで入力しながら生きています。(時には「味覚」「臭覚」も) だから俳優もそうやって自分を外界に対して常にオープンな状態にしながら演じる。そんな癖をつけてゆくのがよいのではないでしょうか。世界が変わりますよ。