「学生や20代前半の人たちにメッセージはありますか?」

先日にネット書籍のインタビューで、若きライターの2人に、こんな質問を投げかけられました。


そうか…もうそんな歳になったんですね…


と言ったら、まだまだ若いので怒られてしまいますが…

振り返ると、20代の前半は若かった。

当時で、何でも知っているつもりでいた自分がいました。そして、何でもできるつもりでした。

でも「つもり」で実際は自らの実践と経験によってしか得られないことも知れた時代でした。

「何でも知っている・できる」の裏返しは、「何も知らない・できない」と言われます。
普通にできる人はそれが当たり前のこと過ぎて、意識すらしていないので。

「よく知ってるね〜」の言葉に「知らないから勉強中なだけです!色々と経験を教えて下さい!」と心の底から素直に言える自分かどうか。

片手に変なプライド、片手に知識の空のボックスを抱えて両手が塞がっていたので、20代の半ばに経営の大先輩に気付かされるまで損をしていました。

こうして30代に入って、気付くこともたくさんありました。「社会では40歳までが青年」そんな言葉を聞きました。
「おいおい、30代のおっさんが青年なんて…」

今は30代になってまだまだ青年だと思います。
逆に物事の深さが見えてなかっただけのように感じました。

今、形のあるものは誰かが無から作り上げたもので、形のないものは私たちが作るもの。

先輩達に学び、新たな価値を生み出せるように、また私も精進します。
日本帰国中、2歳半の長女のアデノウイルスにかかってしまい、看病していたら見事に移ってしまいました。

いわゆる「プール熱」です。

娘からの感染なので、どこか愛おしい気持ちはあるものの、やはりしんどいです。。

高熱と咳に苛まれ、昼間はオフィスから隔離して仕事をして、毎晩万全の体制で睡眠に挑み、水は1日6リットル飲み(←飲み過ぎ)

はや発熱から4日目に突入しました。

来週には移転作業もあり、現場への共有することが山積みになっていました。

そんな中で、不在中に現場のローカルスタッフと共にいた日本人若手メンバーの1人が「ミーティングをセットするので、社長の口からローカルメンバーにこの4点を共有して下さい」とメールが来ました。

有難かったです。自分自身が時間がないのを言い訳に取り組めていなかったこと。ローカルメンバー皆と集まって話し合うのは久しぶりでした。

もちろん言葉の壁があるので、必要以上に時間が掛かります。その解決案も共に提案してくれました。

彼らは彼らの価値観で色々とアイディアを出してくれて、予想に反して色んな要望や意見が出てきました。

そして、意外と会社の状況も理解してくれている。

本当にメンバーの皆が会社や仕事に想いを持って、目の前の仕事に取り組んでくれていることが実感できた時間でした。

風邪の熱か、胸から込み上げる熱いものなのか分からない熱のある日でした。



追伸
日本からは妻から娘の元気そうな動画が送られてきたので、ひと安心です。
日曜日の今日は昼食にふらっと日本食店へ。

プノンペンは2014年のイオンモールのオープン以降、日本食の出店ラッシュが続いて日本食を食べるのにも不便することがなくなりました。

滞在者にとっては本当に嬉しい事です。


今日、行ったのはカンボジアで食べれる広島風お好み焼き屋さんの『ひばり』


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チーズ入りの広島焼きを頼みました。
1枚$4~5程度で食べれます。

関西人なのでご飯と一緒に(笑)
こっちでも関西な食が味わえるのは良いですね♩



広島風お好み焼き ひばり
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場所
トゥールスレン博物館の近く(東側)
住所:Phnom Penh 18A 350st Sangkat Bong Keng Kong 3 Phnom Penh


「思い描いていた未来に現実が追いついていない」


カッコいい!!
この一文を読んだ時、胸から込み上がってくるものがありました。

この男前な言葉を紡いだのは、若干26歳の女性事業家でした。


Forbes JAPAN JUNE 2016 No.23 にて、インタビュー記事として掲載されていたLip共同創業者 関口舞 氏。


関口舞 氏のプロフィール(Forbesより抜粋)
1990年生まれ。大学卒業後、広告代理店に就職するが約半年で退社。2014年3月に好きな相手と両思いか確認できるアプリ「one heart」をリリースし、注目を集める。フェイスブックのAPI変更により、同上サービスを終了した後、14年11月にLipを共同創業。

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記事によると高校時代、冒頭のその思いからNASAにインターンシップに行ったとのこと。なんて高校生でしょうか。。その当時の行動力も凄い。


この一文は、雑誌を手に取った私に

"あなたは自分のセルフイメージを高められていますか?そしてそれをいくつになっても維持し続けられていますか?"

という問いに変わって、心に突き付けてきました。


社会での年齢と経験を重ねるにつれて、いつしか「未来を現実に合わせよう」と妥協する心の変化に目を瞑ることが多くなると言われます。私も特に30歳を境にした頃からでしょうか。そのような感覚になりました。

それは大抵の場合、ただ単に「現実を知った」の一言で表されますが、重要なのはどんな現実の高い壁でも突破できるイメージが固まっているかどうか。むしろ壁とも思わない感覚。
波乗りのように楽しむ感覚。

「生き急いでる」という言葉の反面、自分の中では「とても生き遅れている」この感覚。

人生においていくつになっても本当に大事ですよね。


上記の葛藤すら微塵とも感じさせない(もちろん文面の裏には想像だに出来ないことは沢山あるでしょう)ような爽快な活躍の素晴らしい女性事業家と、疾走感のある記事にまとめられた記者の方に気付きを頂いた有難い飛行機の移動時間でした。

途上国で1番苦労すること。

人によってエピソードは様々かも知れません。でも元を辿ると「拝金主義がこびり付いた社会全般」のような気もします。

拝金主義は辞書では
金銭を最上のものとしてあがめる考え方。より多く儲けることを考え、金をため込もうとする態度。」とありました。


私のいる国での価値観としても、強く見えてしまうのは次の3つでした。

① 人間の価値はお金で決まる
途上国の多くの人は「自分がもらっている給与」=「自分の価値」と捉えてしまっています。友人同士で収入を言い合い、優越感や劣等感の波に心が揺れます。

個人的な話になりますが、進出した当時、採用した全員に最初から現地最低賃金の3~5倍を出した結果が大失敗。「この国でこれだけ貰えれば喜んでくれる。会社と仕事に誇りを持って一緒に一生懸命に取り組んでくれる。公私ともに幸せな人生を過ごしてくれる。」という短絡的で愚かな考えからでした。もちろん進出当時なので今よりも若い情熱の炎を与え続けながら。

でも、その火をみるよりも明らかにリアルな経営として破綻しました。当然ながら人のお金への欲求は留まることを知らない為。特に格差の激しい途上国においては、向上心(と表現していいのでしょうか?)が強いからこそでした。また、親族一同が収入の良い家族にぶら下がる習慣もあり、いくら稼いでも家族や親族が使い果たすことも少なくはありませんでした。「まだまだ少ない」の言葉と実在する事業の間に挟まれて時間と心とお金がすり減らされていきました。

この経験のお陰で、規模に見合わない細かな人事評価制度や階級設定、ローカル経営感覚を理解することに繋がりました。ただこれも現在進行形で毎月見直しています。


② 何でもお金で解決できる
何か問題があれば袖の下で解決できる。これは法的インフラが未整備な国ではメリット・デメリットもありますが、一度大金を支払えば終わりのないループ。
要求は正規の手続きを踏もうとすればする程に。難癖を付けられたり、嫌がらせをされたり交渉に対応する回数が増えてしまいます。
回避するには、在るべき所の人脈と、郷に従ったやり方のネゴが全て。


③ 何よりもお金をくれる人が素晴らしい
「お金持ちがこれだけくれた・~をくれた」などの美談としての行動に憧れます。
「魚を与える」ことの素晴らしさが賛されます。ほとんどの人は「魚の釣り方」を必要としません。ごく一部だけです。

プノンペンには信号待ちをしているバイクや車に、物乞いをする小さな子どもや赤ちゃん連れの女性が多くいます。最近、そういった方にお金を渡す外国人、ではなくカンボジアの若者が増えて来ました。それを尻目に、援助熱に燃えていた自分は道を回る彼らを冷めた目であしらうようになりました。

最初はその不可解な行動の説明を同乗された方にしていましたが、今はすることもなくなりました。

ただクメール正月にオフィスの近くで、1人で寝ていた子には、良心の呵責が出来ました。久しぶりに果物や食べ物を持っていき渡しました。
この時期のプノンペンには、いつも物乞いをしていた子ども達も女性も街からすっかり消えています。
稼いだお金を田舎の親に渡しに帰ったり、赤ちゃんと共に物乞いをしていた女性も、本来の親元にお金と共に返して休んだり。一種の観光業ともいえる刹那的な悲劇の職業も正月休み。与える側のニーズと与えられる側のニーズがマッチしたこの仕事も、その人の魚の釣り方になっています。

もちろん本当に必要としている人もいますが、それはノイズにかき消されて、何が本当なのか分からなくなってしまうのが途上国。いつしか感覚がズレてしまいそうなくらいに。


資本主義の欠陥がテレビで見る以上に実際の葛藤として訪れます。
「なぜ日本は今のようになったのか?」という問いが生まれて、日本の当たり前が奇跡に近い不思議でたまりません。



その中で支えとなっているのが、とある会計士の先生が言った言葉でした。

その方は、実際の札束を手に乗せさせて毎回途上国の方に同じ質問を投げます。

「この札束、重いか?」

たいていの人は「重い」と答えるそうです。

「たったの100gやで?」

答えた人は言葉を失うそうです。

「たったのこの数百グラムの為に、命を絶つ経営者もいれば、人を殺す、裏切る、自分を偽る人間もいる。もう一度聞くけど、これ重い?」

しばらくして、こうも伝えます。

「でも世の中で1番大事とも言われてるのも事実や」

彼らがこの先生の会社に入社する時に聞くそうです。



もう既に資本主義か社会主義かの議論は教科書の中の話になった私たちにとって、この社会でリアルな資本経済の現実の捉え方に戸惑う場面が、特に途上国では数多くあります。
出会いのご縁もあり「社会性・独自性・経済性」「公益資本主義」「在り方」の道筋を今は信じながらやってます。


その中で久しぶりの嬉しい報告が、見事に沈んだ1日でした。感情は経営にとって何の為にあるのでしょうか。永遠にこの問いは続くのかも知れませんね。

寝て忘れられる性格なのが幸いです。
こちら(カンボジア)では先週半ばから週末にかけて、クメール正月というカンボジアのお正月でした。

正月明け初日にはスタッフの何人かが無断で欠勤するのも、この時期のカンボジアの風物詩。

もうこれを何年も経験すると怒る気すら失ってしまって、どこか「仕方ない」とさえ思えてしまう。

「ローカル化する感覚」と「本来の仕事としての感覚」に揺れる、心中終わりの見えない孤独な戦いは途上国で起業した人間にとって大戦のひとつ。

微妙な感覚の綱渡りの最中で、動もすると「多様性」という言葉の納得感に流されそうになります。

かといって社長という役職者からの直接的なアプローチは、儒教文化の強い彼らにとっては深い傷を負わせてしまう。思春期を迎えた頃のように繊細。

今日の朝礼で「電球のスイッチ」の話をして明るくいきましょうと、伝わったのかどうか分からないまま伝えました。それが今の私が彼らに出来る最大のこと。

ひとつほっとしたのは、その後に先輩メンバーが当事者にひと言、注意をしていたこと。心底「ありがとう」の気持ちが湧いてきました。

この半ば諦めのような感覚と律しようとする心の狭間の微動が、本当は後退なのか前進なのか、正直分からないです。

大きな前進に向けての方法論やローカルマネジメントの発想はいくつもあるのに、その足を掴むような途上国現場特有の問題と、国の成長スピードと共に来る次の発展好機に向けての猛進。

悶々とした気持ちと共に、カンボジアの新しい1年がスタートしました。

カンボジアや東南アジアでは路面でよく見る風景のサトウキビジュース屋さん。

この3~5月の時期は乾期の中でも暑期と言われるカンボジアで最も暑い季節です。(ちなみに日中は40度になることも)

そんな季節にクーラーのない田舎で重宝するのが、サトウキビジュース。

農園での昼食後にメンバーと毎回飲みに行きます。

しかも乾期なのでサトウキビの糖度が高くて美味い。

横に積んであるサトウキビを…
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専用の機械でがっちり絞って…
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出来上がり。
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冷たい氷で冷やされたサトウキビの果汁を喉を通す度に、全身の火照りが消えていくのを感じます。

一杯 1000リエル(約27円)

カンボジアの田舎の暑期には、スポーツドリンクより何ものにも代え難い、リーズナブルな一杯の紹介でした。


約1年ぶりにブログを再開します。

今まではライブドアブログを使用していたのですが、なぜか画像アップの不具合などが多くなり、不便さを感じてアメブロに引っ越しです。

再開の理由は「アウトプットを楽しむ」。自身の役割や立場が変わっていくにつれて、気軽にブログでのアウトプットを楽しめない自分がいました。「もう一度、アウトプットを本当に楽しみたい」と、そう思いました。

今までは「農薬屋のこせがれ奮闘記」というブログ名で、実家の農薬屋を継いで間もなくの時期から書いていました。

そのブログのブログタイトルの下にある説明文は開設当時からほとんど変わっていません。
5年前、輸出やインバウンド熱に湧く今と比べて、どこか疲弊感が蔓延する農業界で希望に満ちた大きな夢を持ち、スタートしました。そのブログの説明文にはこう書きました。


"関西のとある農薬・農業資材屋のこせがれの活動記です。 日本の農業は向い風と共に大きな転換期を迎えています。 そんな中、小さな町の農薬屋のこせがれが日本の農業の変革を夢見て会社を興し、日本の農業を担う一大企業グループになるまでを記し続けます。~この国の一次産業を、アジアにおける一大産業に~"


それから既に5年も経ち、日本の農業を取り巻く環境も、自分の考え方も大きく変化しました。
もちろん、私たちの事業展開のメインであるカンボジア事業も、机1からスタートした時から今までで大きく変わりました。昔の記事を読むと顔から火が出るくらいに「何を若造が偉そうに」と思えるような内容でした。恐らく、このブログも数年後にふと客観的に読むとそう思ってしまうのでしょうけど(笑)

ただ、その中でもこの農業に対する熱意だけは変わらず走り続けています。


これを機に新しい形でブログをスタートして日々の取り組みなどを残していこうと思います。


このブログは「誰に」発信するのかは未だ明確ではありません。
ただ漠然と、農業ビジネス経営やアジア事情(特に今はカンボジア)に興味のある方が読んで「へぇ~」と思えるような内容であれば、日記でなくブログで発信する意義があったかなど思います。

また私自身はアウトプットはあまり得意ではないので、在りのままの情報や日常、今の考えていることを気軽につらつらと書いていきます。

海外での農業ビジネスの現状、カンボジアのスポット紹介や良い所・悪い所、アジアの現場の最新情報、うれしいこと・壁にぶち当たったこと、悩みもろもろ。

白いキャンパスを目の前に筆を執り、自由に描くワクワクも握りながらのスタートです。