途上国で1番苦労すること。
人によってエピソードは様々かも知れません。でも元を辿ると「拝金主義がこびり付いた社会全般」のような気もします。
拝金主義は辞書では
「金銭を最上のものとしてあがめる考え方。より多く儲けることを考え、金をため込もうとする態度。」とありました。
私のいる国での価値観としても、強く見えてしまうのは次の3つでした。
① 人間の価値はお金で決まる
途上国の多くの人は「自分がもらっている給与」=「自分の価値」と捉えてしまっています。友人同士で収入を言い合い、優越感や劣等感の波に心が揺れます。
個人的な話になりますが、進出した当時、採用した全員に最初から現地最低賃金の3~5倍を出した結果が大失敗。「この国でこれだけ貰えれば喜んでくれる。会社と仕事に誇りを持って一緒に一生懸命に取り組んでくれる。公私ともに幸せな人生を過ごしてくれる。」という短絡的で愚かな考えからでした。もちろん進出当時なので今よりも若い情熱の炎を与え続けながら。
でも、その火をみるよりも明らかにリアルな経営として破綻しました。当然ながら人のお金への欲求は留まることを知らない為。特に格差の激しい途上国においては、向上心(と表現していいのでしょうか?)が強いからこそでした。また、親族一同が収入の良い家族にぶら下がる習慣もあり、いくら稼いでも家族や親族が使い果たすことも少なくはありませんでした。「まだまだ少ない」の言葉と実在する事業の間に挟まれて時間と心とお金がすり減らされていきました。
この経験のお陰で、規模に見合わない細かな人事評価制度や階級設定、ローカル経営感覚を理解することに繋がりました。ただこれも現在進行形で毎月見直しています。
② 何でもお金で解決できる
何か問題があれば袖の下で解決できる。これは法的インフラが未整備な国ではメリット・デメリットもありますが、一度大金を支払えば終わりのないループ。
要求は正規の手続きを踏もうとすればする程に。難癖を付けられたり、嫌がらせをされたり交渉に対応する回数が増えてしまいます。
回避するには、在るべき所の人脈と、郷に従ったやり方のネゴが全て。
③ 何よりもお金をくれる人が素晴らしい
「お金持ちがこれだけくれた・~をくれた」などの美談としての行動に憧れます。
「魚を与える」ことの素晴らしさが賛されます。ほとんどの人は「魚の釣り方」を必要としません。ごく一部だけです。
プノンペンには信号待ちをしているバイクや車に、物乞いをする小さな子どもや赤ちゃん連れの女性が多くいます。最近、そういった方にお金を渡す外国人、ではなくカンボジアの若者が増えて来ました。それを尻目に、援助熱に燃えていた自分は道を回る彼らを冷めた目であしらうようになりました。
最初はその不可解な行動の説明を同乗された方にしていましたが、今はすることもなくなりました。
ただクメール正月にオフィスの近くで、1人で寝ていた子には、良心の呵責が出来ました。久しぶりに果物や食べ物を持っていき渡しました。
この時期のプノンペンには、いつも物乞いをしていた子ども達も女性も街からすっかり消えています。
稼いだお金を田舎の親に渡しに帰ったり、赤ちゃんと共に物乞いをしていた女性も、本来の親元にお金と共に返して休んだり。一種の観光業ともいえる刹那的な悲劇の職業も正月休み。与える側のニーズと与えられる側のニーズがマッチしたこの仕事も、その人の魚の釣り方になっています。
もちろん本当に必要としている人もいますが、それはノイズにかき消されて、何が本当なのか分からなくなってしまうのが途上国。いつしか感覚がズレてしまいそうなくらいに。
資本主義の欠陥がテレビで見る以上に実際の葛藤として訪れます。
「なぜ日本は今のようになったのか?」という問いが生まれて、日本の当たり前が奇跡に近い不思議でたまりません。
その中で支えとなっているのが、とある会計士の先生が言った言葉でした。
その方は、実際の札束を手に乗せさせて毎回途上国の方に同じ質問を投げます。
「この札束、重いか?」
たいていの人は「重い」と答えるそうです。
「たったの100gやで?」
答えた人は言葉を失うそうです。
「たったのこの数百グラムの為に、命を絶つ経営者もいれば、人を殺す、裏切る、自分を偽る人間もいる。もう一度聞くけど、これ重い?」
しばらくして、こうも伝えます。
「でも世の中で1番大事とも言われてるのも事実や」
彼らがこの先生の会社に入社する時に聞くそうです。
もう既に資本主義か社会主義かの議論は教科書の中の話になった私たちにとって、この社会でリアルな資本経済の現実の捉え方に戸惑う場面が、特に途上国では数多くあります。
出会いのご縁もあり「社会性・独自性・経済性」「公益資本主義」「在り方」の道筋を今は信じながらやってます。
その中で久しぶりの嬉しい報告が、見事に沈んだ1日でした。感情は経営にとって何の為にあるのでしょうか。永遠にこの問いは続くのかも知れませんね。
寝て忘れられる性格なのが幸いです。