Kumikoです
カナダ人には、よく日本人は「シャイ」だといわれます。
しかし私はこれには違和感を覚えてしまいます。
なぜなら、「シャイ」と形容される人でも、日本語での会話になるとペラペラしゃべりだす人が多いからです。
なので、性格の問題ではなく、純粋に「英語が口から出てこない」という、ただそれだけという人が多いんだと思います。
この「英語が口から出てこない」「時間がかかる」という問題はよくありますが、
私から見れば、十分英語の知識は持っていて、「あと一歩」という場合が多いです。
その「一歩」とは何なのか?
それはメンタル(心理)の問題です。
言い換えると、「プライドが高くて間違った英語を話したくない」、というただその一点です。
そんなふうに言うと、
「私はプライドなんて高くないし、間違った英語でも話したい、と思っているけど、出てこないんです。」
と返事される方もいらっしゃいます。
そう、この「プライド」はほとんどの方が意識しておらず、無意識だと思います。
もちろん、私もそうです。
カナダに来ると移民の人がたくさん居ます。英語が第一言語ではなく、英語圏以外の(たいていは)貧しい国からカナダへ新天地を求めてやってきた人たちです。
こういう方々は、「生活のために」英語を話さないといけない状況です。
英語を話せるようにならないと、家族全員路頭に迷ってしまう、という状況です。
そういう場合、人間は必死になります。吸収力も高くなりますし、もちろん、必死で話そうとします。間違いなど気にせず、自分の意思を伝えること、そして生き抜いていくことが第一優先です。これが「プライドの無い」状態です。
さて、あなたは「英語が話せないと明日のごはんに困る」状態ですか?
もしくは、「英語が話せないとお金をだまし取られる」状態ですか?
これにYesと答える方はほとんど居ないと思います。
英語だけではありませんが、このように忍耐を必要をするものは何でも、強烈な動機が必要で、「英語ができたらいいなぁ」くらいだと、やはり伸びるのも遅くなります。
でもこれは、日本が豊かで平和な証拠であり、そのことを否定するつもりは全くありません。
しかし、自分が「プライドのために間違いを恐れている」状況であることを認識する必要はあると思うのです。
認識した上で、
→私は、自分がどう見えるということよりもとにかく意思を伝えることを優先する!と意識を変えていける人はやはり伸びが速くなりますし、
→う~んそこまでの必死さは無いかな~
と見つめなおすきっかけにもなると思います。
後者の人を否定するつもりは、これまた全くありません。
そもそも、英語は「しゃべれたらかっこいい!」という動機から始まるものですし(私も含め)、その英語を学ぶ過程で「かっこ悪い」のはいただけない、というか聞いてない~ って感じる方も多いと思います。
実際に、上記のような移民の方が英語を話すのを見ていても、意思を伝えようという心意気はばんばん伝わりますが、決して「スマート」ではないと思います。
でも、英語って本当はすごく泥くさいものだと思うんですね。
今すごくかっこよく英語を話せるように見える人が居るとしたら、その人は見えないところで地道に、色々と努力を重ねてきているはずです(本人はあくまでも楽しんでやっている可能性は高いですが)。
血と涙の結晶です。
長くなりましたが、何が言いたいかというと、英語を勉強していく中で、
プライドをとるのか?
かっこ悪さ(泥臭さ)をとるのか?
という二択に迫られる場面が出てくるはずなのです。
そして多くの方はプライドを、(無意識に)選択しているわけですが、そうすると、話せるようになる(英語がすらすら口から出てくる)まではものすごく時間がかかる、ということを今から警告しておきます。
考えたことも無かったわ、という方は、ぜひぜひ自己分析をじっくりしてみてくださいね。
カナダのトロントにある少人数制語学学校
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