瞑想とは その2 | この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ 

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魂(を覆い隠しているトラウマや傷や感情を癒し、愛に満たされて幸せな本当の自分に目覚め、本当に望む人生を創造するサポートをしています。





瞑想というと、一生懸命に気づこうとする人たちがいる。

例えば、ヴィパサナ瞑想では、呼吸に気づこうとする人たちがいる。

しかし、気づこうとするその思考が邪魔なのだ。

思考こそが、意識の邪魔をしているだ。



気づいているのは、本来の在り方なのだから。

それは、すべてに気づいている。

そして、応答している。

ただいかにして、本来の在り方へと戻っていくかが必要なだけだ。



しかし、思考が悪い訳ではない。

なぜなら、感情を抑え込み、溜め込んだ結果、

蓄積された感情が壁となり、

意識がその壁の中に捕らわれた結果、

思考が意識の代役を果たしているのだから。



解決は、気づこうとするのではなく、

既に、すべてに気づいている意識に気づくこと。

そこに戻っていくことである。


それだけでは、まだ充分ではない。

なぜなら、意識と思考が、感情の壁によって分かたれたままだから。

そのような状態では、

意識に気づいているか、

思考と同一化しているか、

のどちらかを行ったり来たりしてしまう。





この壁が溶けて消えていくなら、

思考は、意識の道具としての本来の在り方へと戻っていく。

その時、思考はとても有能な道具となる。