こんな時間だけど、クラブハウスサンドが食べたくなったのでデニーズへ。
そう言えば、年末の太極拳の練習のあと、みんなでインド料理屋に行った。
カレー二種とタンドリーチキンが美味しそうだったので、ディナーセットを頼んだ。

カレーは、ホウレン草のカレーと、鳥の挽き肉が入ったものだった。
みんなも同じのを頼んだ。
インド料理屋と言えばセットだよね。
その時、Rさんが、
「スピリチュアルなことをやってるのに、みんな食事に気を使ってませんよね?」
と言って、くまさんが答えていた。
その答えで充分だったので、何も話さなかった。
ベジタリアンでなく、肉を食べるからと言って気を使ってない訳ではない。
思考は使ってないが、気づきを使っている。
基本的に食べたいものを食べたいときに食べている。
この食べたいのが、どこから来ているかに気づいていることが大切だと感じている。
思考から来ているのか?
感情から来ているのか?
体から来ているのか?
更に内側から、すべてをトータルに観た気づきから来ているのか?
思考から来ていると、テレビや雑誌で刺激された欲望から来ていて、体は全く欲していないかもしれない。
感情から来ていると、必要もないのに辛いものを食べたくなるかもしれない。
体から来ていても、食べたあとにどのような影響を受けているかに気づいていないかもしれない。
好きで美味しく食べていても、気づきを持って見つめたら、後でエネルギーが粗くなり、神経が高ぶってるかもしれない。
体が美味しく感じて楽しめることも大切だけど、食べたあとの変化に気づいていることも大切だ。
そうしたら、何が食べたいのかは自然と理解が起こってくる。
ベジタリアンがいいとも思わない。
昔、ゴールデンウィークと年末年始の年に2回、一週間づつの瞑想合宿に参加ということを数年やっていたことがあった。
ゴールデンウィークにお世話になっていたところは、ベジタリアンフードに馴染みがない場所だった。
葉ものや天ぷらみたいなものが多く、二日目には飽きて、俺は草食動物じゃねえ!!と思っていた。
何度か行く内に、レパートリーが増えてきて助かったけど。
年末年始にお世話になっていたところは、古くから(初めて行ったのは20年前)スピリチュアルな合宿の場として定評のあるところ。
ベジタリアンフードにも慣れていて、いろんなレパートリーがあり、ボリュームも充分で申し分無かった。
更に昔、ベジタリアンがいいみたいに思っていた時もあった。
OSHOも、肉を食べると影響を受け瞑想の妨げになる、というようなことを言っていたり。
当時は、肉を食べると、荒っぽくなったり、恐怖の影響を受けてるように感じたりした。
でも、自分自身の中の反応するものが癒されるにつれ、いつの間にかそういう影響を受けなくなった。
かと言って、好んで肉を食べるわけでもないけど。
そうそう、古い友人に、「チキンはベジタブル」という人がいたんだけど、そんな感じかもしれない。
唐揚げが好きだ。
大戸屋の鳥の竜田揚げネギソース定食が大好物だった。
牛は食べない、基本的に避ける
たぶん、子供の頃から食べ慣れてないからかもしれない。
豚も食べない、他に選択肢が無ければ食べるけど、いつの間にか美味しいと感じなくなったし、食べるときの感じが心地よくない。
そう言えば、リンガーハットのチャンポンも好きだったけど、食べたあとの変化に気づいてから、自然と足が向かなくなってしまった。
最近思うんだけど、食べ物って本当は食べなくてもいいんだけど、欲求を満たすために食べるんだと思う。
だから、好きな店に行って、好きなものを、楽しく食べたらいいんだど思う。
いきなり古い記憶がやって来た。
2001年1月、OSHOのアシュラムがあるインドのプーナ(プネーとも言うらしい!?)に行き、一ヶ月半滞在したことがあった。
アシュラムの中はベジタリアンフードだったんだけど口に合わず、三日経たない内に食欲が萎えてしまった。
昼間暑かったせいもあるが食欲が無くなり、エネルギー不足になってしまった。
朝も早くからダイナミック瞑想をするというのに!!
友達にアシュラムの近くにあるインド料理屋に連れていってもらい、救われた。
その店は混んでいたので、借りていた部屋の近くのインド料理屋に毎日通っていた。
昼になるとマルーンローブのままスクーターで乗り付け、地元の人たちに紛れて食べていた。
日替わりのカレー二種とタンドリーチキンとナンとラッシーねセットだった。
やっぱりインド料理と言えば、セットだよね。
と、つらつらと意味のないことを書いてしまったのだった・・・