SSS 「エッセイ usually, unusually」
私がこうして筆を取ってエッセイを書くのはとても珍しいことである。
自分自身のことについて書くというのは中々に私自身にとっては難しいことであり、苦手なことで、いざ書こうと思ってもいつものような軽快なリズムで筆を進めるということが出来ない。
普段からコンピュータ、私の家庭は一般の家庭と変わらないのでパーソナルコンピュータだが、それを使って作品を書いているため筆をとる、という表現は間違っているように思うがとりあえず置いておいていいだろう。
エッセイというものを書いたことがない。というこの一言に尽きる。
私にとっては半分未知の領域であるエッセイを書こうと思ったのはちゃんとした理由がある。
普通とは何か、普通ではないとは何か。
普遍と異常の違い。
これは今までずっと考えてきたことで、ブログの方でも何度か書いた覚えがある。前に書いたときは詩として書いてたため下記に示す。
「普通と異常」
とある一つの事象において普通と異常は二律背反である
俺にとってそれは普通
私にとってそれは異常
人の主観によって
一つのことやものに
普通と異常という対立したものが同時に存在する
どちらが正しいわけでも
どちらが間違っているわけでもない
交わることがない二つは同時に存在する
日常の中にある非日常
現実の中にある幻想
普通の中にも異常がある
異常とは何か
非日常とは何か
幻想とは何か
それはただ稀なものであっておかしいものではない
ただ稀なだけ
非日常が続けば日常になる
幻想が続けば現実になる
異常が続けば普通になる
何が普通で
何が異常か
この世界において
その判別など
無意味なのかもしれない
このような詩を少し昔に書いたのを覚えている。この詩では異常なもの、非日常的なものが続けばそれが当たり前のものとなることを書いている。
ここでこの詩に何かを加えるとするのであれば、不特定多数の人が普通と認めたのであれば、それが普通でそれ以外は異常となる。それが人間心理的判断。
人間が決めた、世界の定義であると私は考える。
“Usually” と “Unusually”、この二つの言葉は私の作品の共通テーマでもある。
日常の中の非日常。全く正反対で交わることが無いというのは嘘であり、この二つは常に寄り添っている。
いつ、いつもの日常が全く違う日常に変わるのか。入れ替わったとき、そのことに気づいたとき、私たち人間はどのように考え、動くのか。
私はそのことを知りたいと思い、表現したいと思い小説を書くという行動でその真理を追い求めているのかも知れない。

