After World's End ~定義は存在の上に成り立つ~
彼女は目を閉じて少しの間、考えるような仕草をしていた。
その間の静寂は永遠に続くのではないかと思わせる。
カン、カン、カンと窓の外から簡単なつくりのトタン屋根の自転車置き場から音が聞こえてくる。
俺は椅子から立ち上がり、窓を開け空を見上げる。気持ちの悪い灰色の世界が広がっていた。
ザー。
世界が泣いているようなそんなイメージ。俺はそのまま外を眺めていると後ろのスピーカーから彼女の通りの良い声が聞こえてくる。
「元は人間だった……」
その言葉を聴いて俺はパソコンの方を向く。季節は秋、もう肌寒い気候。雨によってさらに冷やされた湿った風が部屋に入り、空気を冷たくしていく。彼女は言葉を続けた。
「こことは違う世界、いわゆる並行世界から私はこの世界に来た。その世界では私のような存在を"コンタクトアクター”、"接触を演じる者"と呼んでいた」
「"接触を演じる者”か」
「人の全ての情報が詰まったデータをアストラル体、精神体と呼び、それを元に対人的接触を可能としたものを"コンタクトアクター”と名前をつけた。管理者以外のほぼ全ての人間をそのアストラル体として巨大サーバーに仮想世界を作り、そこで生活をさせることを政府が決定し、希望者を全て保存した」
「ちょっと待て、なんでそんなことを?」
「世界の終端を見つけた、だから終わったあとの世界でも自分たちの存在を存在していたという証を残しておきたい、そう言っていた。終わろうとする世界がどこに向かうかは誰にもわからないけれど、それでも研究でわかったこと、それは世界にも意思があるということ。終わりたくない、終わらせたくないという意思」
「世界の意思?」
「世界は終わりを迎えていたわけではなかった。人が勝手に終わりを作りあげて世界が存在する未来を否定した。終わりを作りだすというのは、人が自ら作り上げてきた世界に限界を感じたということ。これ以上何も出来ない何も望めなくなったとき、それは人の欲が完全に満たされたとき」
「先が見えなくなった……のか」
「存在とは何か、ある哲学者は"考える私”というものをまず確立した存在と定義した」
「Cogito, ergo sum 我思う、ゆえに我あり、か」
彼女は静かに頷き言葉を続ける。こんなに言葉を交わしたのは初めてのことだったように思う……。こんな状況じゃなきゃ楽しかったんだろうな。俺は少し集中力が切れかけていることに気づいて、気持ちを入れなおす。
「定義は存在によって確立し、存在もまた定義によって確立される。定義は人によって創られたもの、つまり人が終端を定義し"終わり”という存在を作り上げてしまった」
「 そして先にあるはずだった世界の存在を消してしまったのか」
「そう……だから世界は自分の存在を別の近い存在と統合することで存在を残そうとした」
「それが俺たちの世界?」
「YES、実際はこの世界のもう少し先、ここからみて未来の世界とのつながりが一番近い存在だった」
「未来……」
「未来の世界ではほとんど私たちのようなコンタクトアクターが存在していた。そのため政府はその時代よりも前の世界と繋がりを持たせることでコンタクトアクターとなってしまった自分たちが統合後に自分たちであることを確実にすることを目指した……」
「自分が自分であり続けるために、か……」
After World's End ~過剰反応~
カタカタというキーボードの音が静かな部屋に響く。
「IP通話に使っていたマイクとカメラがあるんだが音声に切り替えられるか?」
「YES、もとのOSの基本インターフェースを検索、デバイスを確認。利用可能……」
俺はいつも使っていたマイクロホンとwebカメラをパソコンに差し込む、普段はイヤホンで音楽や動画を聴いていたためスピーカーの電源を基本的には切っていたので電源を入れる。
「確認完了、音声に切り替え……」
「聞こえてるか?」
「YES」
スピーカーからメアリーの声が聞こえてくる。反応が返ってきたところを見るとちゃんと機能しているようだ。
「怪我、大丈夫……?」
「ただのかすり傷だけだ。多少打撲もあるけど特に問題はないさ。それよりもたった少しのシステムダウンでここまでひどい有様になるものなのか?」
「場所による……」
そういうと彼女は画面に世界地図を表示し、その地図には大小さまざまな点がいくつも表示されている。
「これは?」
「現時点での事故件数をまとめたもの」
その地図を見ると各国の大都市など一部にその点は集中している。つまりは、交通量の多い場所ほど事故が多く発生しているということ、むしろ交通量が少ない場所やそもそもネットワークがまだ一般的ではない地域ほど事故が少ないようだ。
「こんなにも差があるのか」
「一般的な通信機能を担っている携帯電話、通常回線での電話が使用できない現状、警察、自衛隊、その他病院などの非常時に機能しなければならない機関が上手く回っていない……」
いつも以上に口を開く彼女に驚きつつも、俺は現状の確認に勤めることに集中する。
「それにしてもさながら戦場のような光景だったがそこまでひどくなるものなのか?」
「NO。けれど検索結果では電気自動車などに切り替えがされている現在、カーナビゲーションなどの機能と連動してのブレーキ機能などのシステム化が進んでいる自動車に関してネットワークからの介入がされている可能性がある……」
「衛星か」
「YES。すでにウイルスはグローバルポジショニングシステム、つまりGPSなどの管理をしている機関にも入り込んでいるためそこから、各自動車などに拡散、最新のシステム化が進んでいる自動車に大きな影響を与えている。よってその普及率の高い地域に事故が集中している」
「なるほど。環境を考えての自動車普及がこのあたり多かったから、それでこの有様か」
「旧型の自動車ではブレーキは一般的に位置情報システムとは別の隔離されたシステムになっているためそこまでの影響は無い……。だけど信号機などを管理しているシステムもウイルスが侵入しているため、ヒューマンエラーによる事故も少なくは無い……」
「慣れによる条件反射が原因の場合とシステムそのものが原因の場合の2通りか」
「YES」
「状況はわかった。実際頭が痛い……。状況の把握はできても理解がおっつかないから現実味が無いわ……」
「ありえないと思っていた状況、固定概念を根本から崩す事象、初めての経験。無理に考えると壊れる……」
「そうだな。とりあえず考えることをやめよう……これ以上考えたらマジで精神がもたねぇ」
「それが懸命……」
一度、軽く頬を叩き、気分を入れ替え、気合を入れる。というよりかは考えることをやめた。ネットワーク社会、情報社会はとても便利である。有効的であるがひとたびそれに何かの影響によって壊れると砂で作ったお城のように簡単に崩れていく。原因・影響を与える事象が海の波だとしたとき、俺がその砂の城を壊そうとするよりも簡単にたった一度の波でその城を崩す。二度三度と波をぶつければ跡形も無くなる。
「一度目の波は来ちまったか……。ウイルスについて、それとメアリー、君のことについて教えてくれ。できれば簡単に頼む、頭が痛い……」
After World's End ~危険地帯~
壊れることの無い信用性のあるものが壊れるということがどれほど危険なことなのか。
それは実際に起きてみないとわからないものであるのは確かだと俺は思う。帰るための道のりは長い、自転車で30分の道というのは徒歩で大体1時間以上かかる。
さてここで問題だ。今俺はどこにいるかということ。
俺の帰宅路は大通りに面した道をただ真っ直ぐ進むため、それはもう交通量も多いし信号も多い。いつもなら信号無視なんてお手の物な感じで足取り軽く行くところだが今回はわけが違う。
横断歩道を渡るという一つの行為が命取りになる。俺はまず一つ目の横断歩道の前に立つ。ここもまたひどい有様だ。信号は「赤」「黄」「青」と点滅しながら次々とその色を変え、まるで俺たちをあざ笑うかのように色を変える信号機は人を乗せる便利な乗り物を次々と壊していった。
信用性の高いものほどそのものを信用して人は判断をするようになる。それが慣れていくと条件反射となって、人は無意識に行動するようになる。今回の場合は信号機だった。信号の色一つで事故は起きる。次から次へと。
あらかた事故が発生してこれ以上ひどくなることが無いくらいになったころにやっと安全に渡れる道となるというのはなんとも皮肉的なんだろう。だが、一つの可能性を持っている今、多くの犠牲を目の当たりにしても目の前のことよりもこれから先何が起こるかわからない以上、ひどくなる前にやらなければいけないことがある。
聞いておかなければいけないことがある。誰にもわからないウイルスについて彼女は知っているのは間違いないのだから。
俺は慎重に前へと進む。これ以上無いくらいに事故が発生している今、新たな事故は起き辛いだろう。だが、それは油断、条件反射とは違い何が起こるかわからない現状でそれはあってはならないことだった。
近くで何かが光を放って俺の全身を押し飛ばす。
「くっ」
な、なんだ?とっさのことで油断していた。学校の授業で柔道をやっていたため何とか受身を取ることは出来たがその衝撃で右腕を軽く痛めた。
近くで衝突事故のあった車がごうごうと音を立てて燃え盛っている。おそらくあの車の火がガソリンに引火して暴発したのだろう。近くにいたためその爆風で体ごと吹き飛ばされたようだ。なにせ俺は軽い方だしな。
右腕を押さえながらも立ち上がって前へ進もうと歩を進める。が、何かに躓いて少しよろける。
「うっ」
さっきの爆発でやられたのだろう血だらけのスーツを着た男性が倒れていた。周りを見ると他にも何人か倒れている。人によってはガラスの破片が無残にも無数に刺さっていたりもしている。
「ほんとにこれが俺たちの世界だってのか?いつもの日常はどこいっちまったんだよ……」
吐き気がこみ上げてきたがここで倒れるわけにもいかず右腕を押さえながら、痛みと吐き気を何とかこらえて道を進む。
頭が麻酔のかかったようにボーっとしてくるのがわかる。それもそのはずだ。見たくも無い光景を見て、理解できない状況にあって、痛みと吐き気に襲われ、混乱し、疲労もいつもの何倍ものしかかってきている。
どれほどの時間歩いたかはわからないが自宅近くまで来たのは確かだ。これ以上、見たくも無い光景を見ないようにして歩いていたため今いる場所がよくわからなかったが幼いころから目にしてきた自宅付近の景色が多少変わったところでわからないはずもなく体が覚えているままに最後の歩をゆっくりと進めた。
雪が降り積もるこの地域は窓が二重になっていて室温が下がり辛いようになっているのはもちろんのこと、玄関のドアも少し重厚になっている。
普段でさえ重く感じるそのドアはいつも以上に重く、開けるのもやっとだった。
「ただいま」
俺は玄関の横にある壁についている鏡で自分の顔を見る。
「ひどい顔だな」
いつも身だしなみには気を使わない方で髪の毛はぼさぼさの短髪の頭と顔は爆風や煙で舞い上がった土と埃でいつも以上にぼさぼさになっていて、顔も吹き飛ばされたときに汚れ、軽くすりむいたのだろうか軽く擦り傷がある。服も見てみると少しぼろぼろになっていた。
家には誰もいないようでしんと静まり返っていた。
「とりあえず、部屋に行くか」
荷物を軽く背負いなおして、くつを脱ぎゆっくりと部屋に向う。
聞かなければいけないことがある。確認しないといけないことがある。
自分の部屋の中に入り、荷物を床に下ろす。俺はパソコンの前に立って画面の中に居る彼女にキーボードで文字を打つ。
「ただいま」
「おかえり」
彼女はうちに来てから変わらないその感情の少ないかをでパソコンの画面に文字を表示した。
パソコンを置いてあるデスクの前のキャスターつきの椅子に体を預けるように座り込み背もたれに体を預け、顔を上に向けたまま息をつく。
「さて、これからが本番か」
頭をカクンと下げ、前を向き覚悟をきめて、気合を入れて俺はパソコンに向きあった。