私は、たまに見ている。私は、とにかく、たまに見ているのだ。ただ、最近は悪魔でも、ごくたまに。
『悪魔の沼(デラックス・エディション)』
マリリン・バーンズの口を塞いだ黒テープと涙に流れたアイブロウ、美しい美しすぎる。 世の中で、最も美しいもの。それは、「黒い光沢」である。黒光り。そう、あのテカテカの、どす黒いやつだ。
さらに、ウィリアム・フィンレイは何なのだ。狂気と笑いのアウフヘーベン。あの眼鏡を譲ってはもらえないものか。 悪魔のいけにえは、チェーンソーと人間の皮マスクであるのに対し、悪魔の沼は、鎌とワニと眼鏡と黒テープである。
毎度毎度、トビー・フーパー監督に感謝。
皆さんも、お近くの悪魔の沼を探してみてはどうだろうか。ちなみに、私はもう見つけている。弟子の家の裏にある「コウモリの沼」を。
『悪夢探偵』
犯人であるゼロこと<ヤツ>が包丁を手に、仮面をつけてビチャビチャと足音をたてながら追いかけてくる姿は、レザーフェイスやジェイソンを彷彿とさせる保守本流スプラッターであった。ビバ!、スラッシャー・ホラー!。追いかけてくるシーンは僅かであるが、心を高鳴らせる。
そして、hitomiの拙い演技がとても可愛いのである。こういった女優が私は好きだ。熟練された演技は、「ふせえり」に任せておけばよい。
悪夢探偵2が待ち遠しい。平成の探偵物語~ダークネス~。
『インランド・エンパイア』
私にとってこの映画は、救われる思いを抱かせてくれる数少ない映画である。確かに、前作「マルホランド・ドライブ」の方が、やや笑いがデフォルメされて いる分、わかりやすい。しかし、ストーリーはこちらの方が好きだ。ストーリーといっていいのかは定かではないが。いや、これはストーリーである。
残念なことは、ミスター・ロークが出ていないことだ。赤いカーテンは出たのに。それっぽいシーンはあった。ボスらしき男はこう言われる。
「よかった。わかっているんですね」
何を?
この時点でこの映画は勝ったのだ。何に勝ったのかはわからないが、とにかく勝った。
しいて言うなら、マルホランドのアンジェロ・バタラメンティのエスプレッソを吐くシーンはてんどんで入れてもらいたかった。
うさぎにダンスにランプにケチャップ。輝く断片は、恐怖のスモール・ステップか。しかし、完全習得学習には決してならないだろう。
さらに、ローラ・ダーンは顔芸であることを記しておこう。「戸惑い」という高度なつっこみを顔だけで表現する力。顔力である。ただ、スーザンを 演じていたときにアパートで作っていた料理は何なのだ。何かをスプーンで混ぜていた。何なのだ。本編よりも気になって仕方がないのだ。
ありがとう。デヴィッド・リンチ。
『図鑑に載っていない虫』
放屁、人魚、瞬間接着剤、ゼリー、足相撲、塩辛、ニコラス・ケイジ、ソウルへの疑問、ソーセージの金具、石。
それらはもう、構築美である。中でも「なんちゃって」に関しては、体現するのに相当の力がいる。松尾スズキによる圧倒的な力による体現。思わ ず、相当昔に観劇した「ラストワルツ」を思い出した。そうそうたるメンバーのなかで、とめどなくものまねをする彼を見ては一人、笑いあったものさ(元祖高 木ブー伝説風)。
宮沢章夫のラジカルな流れ。同胞的共感。独自に昇華・発展させることが重要。まあ、自然とそれぞれの味がでるものである。文体について、町田 康が同じようなことを言っていた。三木聡の場合はどこかそこはかとなくほのぼのとした所か。これからも、期待したい。
そして、私は黒い所を...。