憧れの三杯屋 ‐武蔵屋(野毛) | 丁稚烏龍帳

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today,detch stood live on the earth,too…

                                   11月17日 三軒目

 車橋をあとに、一路目指すは野毛。傾いたアパートや雑居ビルなど、通り傍の歴史的建造物を眺めながらだと、雨の散歩道も乙なもんですなあ。しかし、霜月も半ばになれば、冷たい雨はよく冷えます。

 日ノ出町の駅前を右折すれば、目的地はすぐそこに。野毛の路地裏にひっそりとたたずむ一軒のしもたや、ここが本日の目的地、野毛の名物酒場 武蔵屋さんです。


 時刻は開店時間ちょうどの五時。以前、野毛山動物園などを散歩していた時に、偶然見つけて場所だけは知っていましたが、野毛には来ていても昼間だったり、あるいは逆に夜遅くだったりして、この時間に訪れたことはありませんでした。

 こちらは、営業時間が午後五時から午後八時までの三時間。営業日も火・水・金の週三日と、ただでさえ訪問難易度が高いのに加え、夏場と冬場は長期のお休みに入ってしまうという、昼間千葉にいる人間にとっては幻の酒場と言ってもいい位の、僕にとってのあこがれのお店なのでした。

 たまたまこのひと月ほど前、浜田さんと宇ち入りした際に、「武蔵屋再開したみたいですよ~」というお話をいただいたもので、ご近所と二人、いつかは…という思いを新たにしていました。そして今日、ついに訪問の機会が訪れたというわけです。


丁稚飲酒帳-温かな灯  しかし、見るからに一軒家ですねぇ。のれんはおろか、看板すらない、これでお店と気付けという方が無理でしょう。向かう途中も開いていてほしいと半ば祈るような気持ちでたどり着いた先に、灯りが見えて正直ほっとしました。たどり着いた感慨にひたる間にも、後ろからやっぱりこちらにいらしたようなお客様が見えます、さっそくお邪魔しましょうか。

 引き戸をガラリと開けると、すでに店内は六分の入り。お店の構造としては、左手に四人掛けのテーブル席が二つ。右手には厨房の前に六人掛けのカウンター。さらに奥の座敷では、すでに六人ほどの小宴席と、お二人連れが杯を交わしています。カウンターにも奥から三人のお客様が座っておいでで、僕らは手前側に揃って腰かけることができました。


 カウンター向こうの厨房には、こちらの経営者であられる姉妹のお婆さんに、調理補助のお姉さん、さらには若い男女の五人の方がおいでです。取り仕切りは若い男性の方が中心にされているようで、「お酒にしますか、麦酒にしますか?」と声をかけてくれます。もちろんお酒を味わいに来たのですが、なるべくこの機会を長い時間味わいたいな…その想いが、反射的に「ビールをください、小ビンで」と二つ返事を返してしまいます。

 ほどなく、突き出しの塩豆と大ビンが出てきました…うーん、滑舌悪いな、わし(^^; まあ、その分、ゆっくりできるということでしょう。ご近所と二人、お互いのビアタンにビールを注ぎあって、念願の今日に乾杯。


 店内には高名な文筆家たちの作品や、英字新聞に武蔵屋が紹介された記事などが飾られています。また、カウンターと厨房との仕切りの上には、先代のお父さんの姿なのかな、土瓶を片手に指を一本立てたのと、三本立てた陶製の人形がユーモラスに呑み助達を見守っています。

 突き出しに出していただいた塩豆をつまみつつ、いただくビールのうまいこと。さて、ビールを半分ほどいただいたところで、いよいよお酒をお願いしましょう。

 まず、お姉さんが酒肴を並べてくれます。おからに玉ネギの酢漬けが並んだところで、お父さん人形の姿そのままに、カウンターの上の土瓶を取って、お兄さんがグラスに並々と燗酒を注いでくれます。表面張力ギリギリの見切りはさすが、うーむ、お若いのに見事な注ぎっぷりでらっしゃる。

 燗を口から迎えに行きますてぇと、しみじみとうまい。冷えた体が腹の中から温まりますねぇ…今日の晩秋の雨がかえってよかったかもしれません。おからも干し海老が入っているのですが、その嫌味がなく僕でも食べられます。さっぱりとした玉ネギもまたいいですねぇ。ご近所と二人、ポツリポツリと会話を交わしたり、後に入ってこられた方がお婆さんとお話をされるのに耳を傾けたりしていると、なんともくつろいだいい気持ちになってきます。表から見たつくりのそのままなんでしょうか、お店で飲んでいるという感じがせずに、家でゆったりやっているような気分になるから不思議です。


 酒肴二品を半分ほど平らげたところで、三品目となります鱈どうふが出てきます。今日二回目の湯豆腐ですが、こちらはいわゆる鱈チリの様相。鱈の出汁のたっぷりと出たスープに、半丁分の豆腐がたゆたっています。これまた温まる一品ですねぇ。


 一杯目をゆっくりと飲みほして、さて二杯目をいただくところで、続きは後日にしましょうか。

 ということで、後半に続きます。