7月31日(木)
昭和の名店の灯がまた消える。
以前から囁かれていた神谷酒場の閉店の日取りが決まった。平成20年8月9日である。
やっと時間のとれた7月終りの木曜日、八時過ぎの電車に乗って目指すは新三河島。
ここから明治通りを歩いて向かうのが、いつもの神谷詣でのコース。閉店の情報が瞬く間に広まったのか、鍵の手形のカウンターは元より、小上がり、そして普段は荷物置き場になっている入り口左手の机まで満席。
小一時間、時間をつぶして再度訪ねてみても席を立つ雰囲気はなし。挨拶だけでもと、縄のれんをくぐって顔を出すと、即座におかみさんの前の席のご夫婦が「お勘定して」と腰を上げてくれました。ありがとうございますと挨拶をしながら、譲り合いの気持ちを大切にできる心の余裕が持ちたいものと思いました。
籐編みの四角い椅子に腰を下ろすと、おかみさんがいつものほんわかした雰囲気で、「いつもの時間と違うのね」と声をかけてくれます。最近、もっぱら週末のごたごたのあと、四時半の口開けで入ることが多かったですからね。
注文は、いつもの白ハイボール。…はじめてこちらを訪れた時に、たまたま隣に座られた、神谷酒場で最も若い常連さん(とはいえ50代かな)、マキさんに教えてもらったのがこの符丁。ここでは名物の電気ブランハイボールを「赤」、そして通常の焼酎ハイボールを「白」と呼ぶのです。これは、グラスの中の色もそうでしょうが、おかみさんが机に引いていく、チョークの色の別でもあると思います。
今日はもう炭酸機の仕込み分ははけてしまったようで、丁寧に計った焼酎入りの中ジョッキにおかみさんが花月の瓶から静かに炭酸を注いでくれます。
まずは一口、ここのボールもやさしい味なんですよね。レモンが一枚浮いただけの、ドライハイボールのはずが、なぜかやさしい…それは、おかみさんやお兄さんの人柄、そしてこの酒場のもつ雰囲気が醸し出すものなのでしょうか。そんな気分にさせてくれます。
黒板メニューの中から、あては胡瓜もみをお願いします。いつもはおかみさんがお客さんの仕切りを、厨房の中をお兄さんが仕切られるのですが、最後の一週間だからでしょうか、普段見ない影が厨房の中にあります。後ほど、のれんの隙間から顔を出されたのを拝見すると、おかみさんにそっくり。妹さんがお手伝いに入ってくれていたんですね。
「新聞に出ちゃったのよ」と、東京新聞をおかみさんが差し出してくれます。自分は、その記事をネットで拝見したのですが、「以前は小さいコラムだったんだけど…」と最終面を見ると紙面の1/3近くの大判で神谷酒場閉店の記事が出ています。「写真も載っちゃって、はずかしいわぁ」といつものおっとりした雰囲気で笑うおかみさん。でも、少しお疲れも見えますね。隣の席のお客さんが「口開けからこの調子なの?」と尋ねると、「そうなの、座る暇もないわ、今日はお給仕専門」とおかみさん。以前から、お店に来ると「七月一杯くらいかしら」とおかみさんが話されていましたが、新聞の影響力はやはり大きいようで。
と、厨房のベルがチリン。僕らの胡瓜もみがあがったようです。夏の初めにいただいてから、来るたびにお願いしている胡瓜もみ。塩もみした胡瓜にナマリがふた切れほど、これにおかみさんが手ずから回してくれるお酢としょう油を混ぜ合わせて食べると、お酢の不思議な甘みと酸味が夏の暑さを忘れさせてくれます。このお酢、甘酢ではないのですがほんのり甘味を感じるんですね。
白が空いたところで、味が分かるうちに「赤」をもらっておきましょうか。最初に来たときに味わって以来、3、4回はお願いしたことがあるのですが、僕にとっては強いらしく基本的には白で通すのが定番…だもので、おかみさんから「大丈夫、飲んだことありましたっけ?」と声をかけてくれます。「ええ、3,4回はお願いしていますけど、味がわかるうちに是非味わっておきたいんです」と、お願いしました。
余談ですけど、おかみさんは誰にでも丁寧な姿勢で、僕たちこんな若造にまで丁寧な言葉遣いで接してくれます。そして、雰囲気のやわらかさ…こんな風に年を重ねていきたいと、接する度に思う方の一人です。もちろん、丸好のおかみさんだったら、「あんた、飲めるのかい?」くらいの感じで豪快にガハハハ笑ってくれるのもまた人柄で、どちらも敬愛するおかみさんです。
お願いした赤は、やはりパンチがキツい。鼻を抜ける電気ブラン独特の香りとも相まって、度数も少し高いんですかね。回りそうな気がしてきます。僕にはやはり優しいボールが合っているようです。
75年の積み重ねの中で磨り減ったカウンターの感触を楽しみつつ、おかみさんばかりでなく、隣に座ったお客さんとのお話も楽しめるのが酒場の楽しさ。まったりとした時間を味わいながら、はんぺんを追加でお願いします。さすがに10時を回れば顔を出す方もなく、やっとおかみさんが僕らの前に腰を降ろされます。
お店が閉まるその前に、僕たちには是非とも報告にあがらなければならないことがありました。それは、結婚式のこと。式で使うスライドに、日ごろお世話になっている幾つかのお店の写真を使わせてもらいたいなぁということで、事情をお話して一緒に写真を撮っていただいていたのでした。
その時のお話を気にかけていただいており、おかみさんの方から「もう来月あたりかしら?」と声をかけてくれました。「もう済みまして、今日はその報告にきたんです」と言うと、あら、そうとうれしそうに目を細めてくれます。
忙しさの合間にこのタイミングしかないということで、プリントアウトしてお持ちしたゴワス君撮影の写真をご覧に入れました。丁寧にアルバムを繰りながら「(僕たち二人が)あら、よく似てらっしゃる。よく言われるでしょ」と上品に笑ってくれるおかみさん。衣装のお色は…なんて話しに一頻り花が咲きました。すると、「ちょっと待っていて」と奥の部屋から袱紗に包まれた長方形の品物をお持ちになりました。
「8月かと思っていたから、先週からご用意していたのよ」と包みをお渡しいただいて、カウンター向こうのご注文を取りに行かれます。そっと袱紗を解いてみると、竹製の吊るし物で「冬日可愛」…冬の日差しは愛すべきものと、おだやかな心根を例えた漢詩…まさにおかみさんを表したようなお言葉が彫り込んであります。
「お二人にぴったりと思って」と恐縮なお言葉。正直、胸が熱くなりました。週末に多くの人に見守られていることを実感し、そして今ここでも出会いの素晴らしさを知る…ああ、本当に大衆酒場に通っていてよかったと。
新聞記事によれば、お子様のおいででないおかみさん。もしお子さんがいらしたら、僕たちが同じ位の年恰好にあたるのかもしれないなあと、勝手ながら思い返していました。もしかしたらそんなことも含めて、温かい眼差しでいつも見守っていてくれたのかもしれないと。
相方のもらした「おなじみになれたお店が閉まってしまうのは、寂しいね」という言葉は同じ思い。でも、これまでたくさん頑張っていただいたお二人にゆっくりしてほしいという気持ちも真実。だって、貼り紙にもあるように、このお店を閉めることを一番残念に思っているのはお二人に違いないのだから。
せめて、お店が閉まるその日まで、おかみさんたちの記憶の一ページに残れるような、そんな存在でありたいと思いました。
残された一週間、あと何回、足を運べるかはわかりません。また、多くの来訪を望むお客さんもおいでの中で、お店に入れるかもわかりません。でも、今日十分にお話をしました。そして、温かい気持ちも伝わりました。それで十分じゃないですか…本当に。ありがとう、お母さん。
神谷酒場 平成20年8月9日閉店