やさしさにつつまれたなら  | 丁稚烏龍帳

丁稚烏龍帳

today,detch stood live on the earth,too…

こんばんわ、と暖簾をくぐる。店内、カウンターは満席。仕方もなく、手前に一棹残されたテーブル

に着く。一人で四人席を占める、ゆったりと飲めるのだが、あとからグループの方が来たらどうしよう、

そう思うと気ばかり急いてしまう。

もちろん、お店の方はゆっくりしていってとスマイルで歓迎してくれている。おかみさんは、申し訳なさ

そうに「そこでいい?」と言ってくれる。だからこそ、辛いのだ。飲みたいものを飲んで、乾きを癒して

サッと出よう。


カウンターの最前線で微笑みかけてくれる先代のおかみさんに、「ハイボールをください」とお願いす

る。ほどなく出てくる琥珀色の液体と、一びんの炭酸。

グッと瓶を逆さまにグラスにつきこむのも方法だが、今日はゆったりとグラスに炭酸を注いでいく。ち

ょうどすりきりの手前で炭酸が注ぎおわる。淡い二酸化炭素の泡沫がグラスの中を踊る。まずはグッ

と一杯。

ああ、川向こうから歩いてきた渇きが癒される。お通しを持ってきてくれたお嬢さんに、「すいません、

ハムカツをお願いします」。「はい、わかりました」と丁寧に答えてくれる。


ham 店内は左手に14人ほど掛けられるL字カウンター、右手に四人がけが三棹。これがすべて埋まっている。もちろん、僕のテーブルだけは別だが。

そして、それぞれの人が生き生きと、まわりの人たちと語り合っている。全員が顔見知りではないのだろうが、常連さん方を中心に居合わせた人たち同士が打ち解けて、とても活気がある。今日のおつまみは皆さんのお話としよう。


ぐびりとボールを煽る。「お互いもう若くないなぁ」なんて、白髪交じりの職人風のお父さんが、60代だろうか年輪がうかがえる御老体と話し込んでいる。「誰それが嫁に来たのは、30年前で、あんときゃここで飲んでて、今会ってももうおぼえてないだろうなぁ」…僕が生まれた頃から飲んでらっしゃる、そして変わらずにこのお店を愛してる。

大衆酒場はかくあるべきなんだろう、ご近所の心のオアシス。


「はい、できあがりましたよ」。にこやかにお嬢さんがハムカツを運んできてくれる。常連さん方とわけへだてなく、僕のような新参にもやさしい。

四つに切られたハムカツを口に運ぶ。1cmほどの厚さのハムカツ、衣は細かく、歯を当てるとシャリッという軽やかな食感で口の中にほどける。適度に油を吸った肉の旨味が口の中に広がる。なんて、やさしいハムカツなんだろう。ポールスターのソースがぴったりと来る。


ana

ボールのおかわりと穴子煮をいただきましょう。

すぐに出てきた穴子煮は肉厚の身と、にこごりなったゼリー状の汁がお皿の上に鎮座ましましている。これは見事と目で楽しんだあとは、お箸を伸ばして…やわらかい。口の中でほろりと崩れる感じ。そして、このたっぷりのにこごりが穴子の旨味を含んで、舌に還元してくれる。これで400円はお値打ちだ。

向こうのテーブルに出てきたイカバター焼きなんて、450円で大皿にテンコ盛。ベーコンエッグも今度来たときに試してみたい。


そんなことを考えながら、カウンターのお話もおつまみに一時のくつろぎ。贅沢な時間。

二杯のボールを飲み終える。この空間にもう少しひたっていたい気もするが、あしたからしばらくお酒も続くし、これで切り上げよう。お勘定はしめて1250円。

「ごちそうさまでした」。席を立つと、店内の皆さんが目礼、さきほどの長老などは「あ、どうも」なんて声をかけてくれる。

先代のやさしい笑顔に惹かれて集まってくるご近所の方々、だからこそ僕のような新参にもやさしく。ここは、岩金酒場。

やさしいハムカツ、談笑の輪、下町のあたたかい酒場。iwakin