Mexican Resort Style ~スパな生活~ -20ページ目

93.カメリーナのマダム達 Part.4

trueマリピエールのコンドミニアムからもこんな景色が見える。彼女もそこでいろいろなことを想ったんだろうな

(前号からの続き)
飛行機に乗ってメキシコシティまで行く用事が有ったときのとある日、マリピエールの自宅での昼食に招待されていた。午前中彼女と合流し用事を済ませたあと、フォルクスワーゲンのタクシーをつかまえ彼女の自宅に向った。しばらくしてタクシーがある交差点の信号で停まった。すると向こうから小さな女の子が片手にボロ布を持って車の間を縫って歩いているのが見えた。

(メキシコでは信号待ちの車の窓を洗剤をかけてゴムワイパーで拭いて小銭を貰うことで生計を立てている人がいる。もちろん正規の仕事にありつけない社会的に最低ランクの人がやる小遣い稼ぎのようなもので、小学校に通えない子供も結構混じっている)

やがて、その女の子は僕達のタクシーまで来て、本当に形だけの窓拭きをした。その間横に乗っていたマリピエールがバッグから小銭を取り出している。やがて小さな女の子は、視線は他の車に向けたまま手だけを出してきた。こういう子達は大抵こんな感じでお金を貰うとさっさと次の車に移るのが常だ。僕は少しうんざりしながら毎回同じように繰り広げられるこの光景を眺めていた。

すると、目の前で僕の予想を覆す光景が繰り広げられたのだ。マリピエールはお金を渡そうとしない。向こうを向いたまま手を出していた女の子が異変に気付いたのかこちらに向き直った。すると、マリピエールはその小さな女の子に優しく微笑みながらこう言った。

『窓拭いてくれてありがとう。お金を受け取るときはなんて言うの?』 

するとその女の子は、でれでれと恥ずかしそうに『ありがとう』と小さな声で返した。マリピエールは『Asi es,mi hijita bonita!』(そうよ。かわいい私の小さな娘)と女の子に向けて言いながらわずかな小銭を与えた。その子は嬉しそうな笑みを浮かべて去っていった。

わずかな時間で起きたこの出来事は僕に新鮮な衝撃を与えた。うんざりしながら追い払うようにしてお金を渡す人が多い中、マリピエールは決して彼女をそんな風に扱わず一人の人間として接した。そして恐らく今まで教育らしい教育をまったく受けてこなかっただろう彼女に大事なことを教えた。メキシコ社会の中で上流に属する彼女が(上流の人は決してタクシーには乗らないが彼女はあえて普通に乗ることをポリシーとしていた)、社会の中でも底辺中の底辺にいる人々に優しいまなざしを向けて愛を与える。通常では話をすることさえもありえない両者。そこには人間はみな仲間という彼女の暖かなヒューマニズムがひしひしと感じられた。

マリピエールは残念だけどもうこの世にはいない。でも彼女が僕に残していったいくつかの出来事は、ときたま僕に大事なことを思い出させる。そのとき思い出されるあのタクシーの中での光景は、僕を暖かな気持ちにさせてくれるのだ。