こんにちは

 

実は去年から娘たちが本人たちの希望で集団塾に通い始め、

外遊びが大好きな娘たちなので、全然宿題が自走できず💦

サロン活動を一旦置いておいて、娘たちの塾の宿題のフォローに徹しています。

がっつり先生みたいなことをやるとは笑い泣き 

 

たまに娘たちにレイキしてと言われるので、寝るときにレイキすると、

頭がカッカして常に意識が上がっている状態。

それでも娘たちなりに頑張ってるんだな〜と思いつつ、

足元に意識を下げるレイキをすると、すぐに寝落ちして翌朝は疲れが取れ、

スッキリするようです。

レイキは、そんなお疲れ気味のお子さんにもいいかもな〜と思いました。

 

そんなこんなで、私自身も実は、慢性疲労のエネルギー不足状態だったと

活動をお休みして体力回復に徹している、今になって気づきました。

 

先日、学校の保護者会へ行ったのですが、

前は疲れてぐったりしたり、頭痛になったりしたのが、全然疲れなかったびっくりびっくりマーク

外に影響を受けすぎる敏感体質と思っていたのは、

単純に私の慢性的なエネルギー不足が原因だったのかも昇天と思いました。

 

自分より他者優先傾向の人、日々走り続けている人、

外に影響受けやすいと感じる人は、時に思い切り立ち止まって、

自分に栄養をたっぷりあげてのんびりする事がおすすめかもしれない。

 

そうしていたら、昨日になってやっと

自分の人生にとって何が一番大切で優先すべきなのか、

何を手放すかを、取捨選択することができました。

全部必要、全部やりたいと自分一人で抱え込んでしまっていたなと反省です。

 

私の場合は、「私、子ども、家族全体の幸せと安定」が

第一優先だとはっきりしました。

それには、「自分自身を大切にし、それと同じように相手気持ちも大切にすること」。

忙しすぎると見えなくなることがあったんだなとつくづく思ったり。

 

あと、瞑想で心が落ち着いたせいか、シンクロや直感力も前よりも増えてきた。

意識を自分の頭でなく、肚(はら)に落とすことができてきているのかな?と思います。ほんと、やっと、やっとです。

(理屈では分かっていたけど、なかなか難しかった 笑い泣き

 

 

 

さて、やっと本題。


前回、2017年の慶應義塾大学の教授の方の考察を参考に、

ブリテン島に広まった巨石文明は、鐘状ビーカー文化以降からと

していたのですが、さらに調べたところ、近年に大発見があったようで、

鐘状ビーカー文化以前にストーンヘンジが作られたと分かってきましたアセアセ

 

2024年のCNNの記事がこちら

 

 

今年(2024年)は英イングランドの巨石遺跡ストーンヘンジにまつわる大発見があった。

人類最大の謎の一つであるこの遺跡を巡っては新事実が次々と明らかになっている。

 

2024年8月に研究者チームが共有した証拠は、ストーンヘンジの中心にある象徴的な「祭壇石」が数百キロの距離を運ばれてイングランド南部の現地に持ち込まれたことを示唆する。輸送はおよそ5000年前で、石の本来の所在地は現在のスコットランド北東部だという。1カ月後には、同じ専門家らによる報告の中で石がオークニー諸島(スコットランド北東岸沖の群島で、同年代の新石器時代の遺跡がある)から来た可能性が排除された。

 

従来の2本の研究を基にした調査から、ストーンヘンジはイングランドで紀元前2620年前後から2480年にかけて再建された可能性があることが分かってきた。

再建には欧州から新たに民族が渡来する中、古代ブリトン人の結束を促す狙いがあったとみられる。

アーケオロジー・インターナショナル誌に掲載された論文は、新石器時代の人々がどのようにして重さ6トンの石を700キロ離れた本来の所在地から移動させ得たのかについても明らかにしている。

 

スコットランドのストーンサークル(環状列石)とストーンヘンジとの共通点が新たな手掛かりを提示しているように、二つの遠く離れた古代社会はかねて考えられていたよりも密接につながっていた公算が大きいと、当該の論文は指摘する。

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ということで、前回とは違い、ストーンヘンジは、

鐘状ビーカー人以前の新石器時代の、古代ブリトン人によるものだと、

分かってきたようです!!!!

 

面白くなってきた〜〜!!!爆  笑キューン

 

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使用された全ての石が遠隔地由来という事実から、ストーンヘンジは英国に900以上あるストーンサークルの中でも特別な位置を占める。恐らく宗教的なものに加え、政治的な目的もあった。ブリテン島の住民を結束させる記念碑として打ち立て、自分たちの祖先や宇宙との永遠のつながりを祝福したのではないか。

 

当時の船は、祭壇石を運んで沿岸水域を航行出来るほど強固ではく、車輪はブリテン島にはまだ到達していなかったので、巨大な石のブロックは木のそりで引っ張らなくてはならなかった公算が大きい。ソリの下の木製のレールは繰り返し持ち上げ敷き直し約8カ月かかった可能性もある。

地上の移動は壮観な見せ物や宴会、祝祭としての機会を提供し、数千人を引きつけたとされる。

スコットランドからイングランド南部への巨石の移動は、遠く隔てられた二つの集団が一つのネットワークで結ばれていたことを示唆する。

 

祭壇石はスコットランド北部の共同体からの贈り物で、ある種の同盟関係を表していた可能性がある。

ストーンヘンジに近いダーリントンウォールズの一部家屋の見取り図が、オークニー諸島最北部で見つかる建築と驚くほど似通っている。ただ両地域の間に位置する地域ではそうした特徴は見られない

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二つの大きなサルセン石の下から顔を出すストーンヘンジの祭壇石/Nick Pearce/Aberystwyth University
ストーンヘンジの祭壇石/Nick Pearce/Aberystwyth University

 

オークニー諸島の場所と新石器時代の遺跡群↓

すごい巨石と、石の住居 びっくり

 

knap of howarの写真

新石器時代の住居跡「ナップ・オブ・ハワー」/ googlemap より

 

リング・オブ・ブロッガー 画像:こちらのサイトより

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初期の農民たちの祖先に当たる人々は中東の出身で、約6000年前に農業の習慣を携えて島へやってきた。これらの人々は従来ブリテン島に住んでいた狩猟採集の共同体に取って代わり、紀元前4000年から同2500年にかけて人口の多数派を形成した。

 

しかし紀元前2500年前後、今度は欧州からブリテン島に渡来した欧州人らはビーカー民と呼ばれ特徴的な陶器を作成し、遺体と共に埋葬し、車輪や金属加工技術を持ち込んだ。
この時代にストーンヘンジが再建された。それは、「新たな民族の流入がもたらす正当な危機への対応」であり、新石器時代の農民人口を結束する試みだったとの見解を示す。

 

現在、研究者らは、スコットランド北東部における祭壇石の正確な起源を突き止めようとしている。

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ということで、ストーンヘンジの起源を突き止めるには、

祭壇石が運ばれた、スコットランド北東部を研究されているようです。照れ

 

やはり鍵は、スコットランドか !?

スコットランドといえば、古代ケルト人。

では、古代ブリトン人との違いは?ということで、調べました。

 

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古代ブリトン人は、前5〜3世紀頃に大陸(ガリア)からブリテン島に移住した

ケルト系民族で、鉄器文化とケルト語(ブリソン諸語)をもたらした

ローマ人から「プリタニ(入れ墨の民)」と呼ばれた先住民。

ローマの支配や後のアングロ・サクソン人の侵攻によりウェールズやコーンウォールへ押し込められ、彼らの文化や言語は現代のウェールズ人ブルトン人の祖先へつながっています。

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ということで、次回は、

スコットランド、古代ケルト、古代ブリトン人、そしてオークニー人について調べます。

 

 

 

ちなみに、今週末 4/26 開催イベントで、

TOLAND VLOGさんにも出演された、ペトログリフ研究者 武内一忠 先生の

子供向けのオンラインイベントにアーカイブ視聴ですが、参加予定です。

 

ペトログリフ(古代の岩に刻まれた記号や文字)をもとに、

世界に広がる古代文明や海洋民族のつながりを研究されている方。

 

 

このイベントの内容は、ブログ等では紹介できないそうなので、

気になる方はぜひ参加してみるといいかもです。子供と一緒だと1500円です。

 

1万年以上前の日本人がヨーロッパまで航海していた可能性のお話などもされるらしい。楽しみ〜〜〜ラブ