7時12分の初恋 | Commentarii de AKB Ameba版

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Tags:片思い、School days

 ただ今恋愛中、もしくは愚かにして切ない恋愛の諸相・第2幕第1場
 「見つめているだけ」

  手紙を書いている少女。

 「とつぜんこんな手紙を書いてごめんなさい。
  きっとびっくりしたでしょう。
  私はいつも電車の中であなたのことを見ている者です


 だめだ、こんなんじゃ。これじゃまるでストーカーだわ。
 それになんなの「見ている者」って。「者」って。忍者じゃないんだから。

 もうちょっと女の子らしく、明るく書こう。もっと、そうだな…

 「おはよう! 今日も寒いですね!
  こんな日もテニスの練習はあるんですか。
  たくさん練習してるんですね。
  いつかウインブルドン大会に出場する日が来るのを祈っています
  もしそんな日が来たら、私もウィンブルドンについて行きたいな…


 だめだあ、これじゃあ妄想ちゃんだ。
 だいたいウィンブルドンがどこにあるのかも知らないのに。
 
 そもそも手紙を書いても、どうやって渡したらいいんだろう。
 電車の中? いやだ、恥ずかしい。それに混んでて声も掛けられない。
 そうだ、そっと近寄ってカバンの中に入れちゃおうか? 
 それってチカン? チカンみたいだよねそれ。
 ああ、どうしよう、もうこんな時間。早く寝なくちゃ…

 同じく手紙を書いている少年。

 「拝啓 
  はじめまして。
  突然の手紙でおどろかせてすみません。
  僕は以前から…


 うーん、この場合は「前略」なのかなあ。
  
 「いつも坂の踏切の所でお会いしています。
  お気づきでしょうか


 気づいてるわけないよな。あるわけない。
 だってすれ違う時にチラ見するだけだもん、僕だって。
 うわあ、こんな手紙出したってキモいって言われるだけだよな、絶対。
 書いても出さないだろうな、きっと出さないよな。だいたい名前も知らないもんな。
 どうせ出さないんだから書きたいこと書いちゃおうかな。

  「最近何だか元気がないようで心配です。
   早くあなたのいつもの笑顔が戻って来られるよう祈っています。
   僕はいつまでもあなたの味方ですから、何かあったら…


 「何かあったら」って、誰だかわかんないのに、どうしようもないじゃん。
 出せないよなあ、こんな手紙。
 ああ、もうこんな時間だ。

 あくびをしながら書きかけの手紙を丸めて捨てる2人。暗転。

--

 毎朝の通学の電車の中で毎日見かける男の子。

  学校とか/名前さえも/わからないけど
  すれ違う度/ドキドキする

 全く氏も素性もわからない、でもふと見かけた笑顔に惹かれてしまった女の子。

 こういう恋のはじまりもある。

 誰だか知らない人への恋心というと、古今集のこの歌を思い出します。

  見ずもあらず見もせぬ人の恋しくは
  あやなく今日やながめくらさむ

古今和歌集巻十一 在原業平

 「見たとも言えず、見ないとも言えない人が恋しくて、今日はただ、訳もわからないまま物思いをして過ごそうかと思います(現代語訳「ミロール倶楽部」)」
 在原業平がふと見かけた名も知らぬ女性に贈った歌。

 もっとも詠み人の業平アニイは、いつでもどこでも誰でも喰い放題のイケメンモテ男くんで、チラ見した彼女のことは知らなくても、彼女の方は自分のことをよく知ってるって意識して歌を送ってるんだけどね。いわば芸能人がグルーピーの子にちょっかい出す、みたいな感じかも。「7時12分」の女の子とはズイブン違うよね。

 でも見知らぬ誰かにだって恋をしてしまうのことがあるのは、昔も今も変わりありません。

 で、「7時12分」の彼女。

 話をするどころか、近くに寄ることもままならない満員電車で、わずか20分だけ同じ車両に乗っているだけの関係。でも彼女はそれを「楽しいデート」と呼んで大切にしている。

 今のところ彼女にできるのは「見つめているだけ」。

 もう少し経験を積んで、手練手管を身につけるようになるといいんだけれどね、でも今は「見つめているだけ」。

 じれったいんだけど、人生の峠をとうに越えた僕にも、思い出せばあったあった、ちょっとこれに近いこと。うひゃあ、相当恥ずかしいぞこれ。
 
 まだまだ酒精分が少なくて、「憧れ」と呼んだ方が近いんじゃないかっていう感情。

 でもそこには確かに業平に通ずる大人の恋の香気が漂っていて、まちがいなくほんのりと人を酔わせる。そんな見知らぬ人への「見つめているだけの恋」についての歌を、秋元先生は幾つか書いています。

  通学の電車のドア近く/同じ時間
  よく会うあなた

 舞台はやっぱり電車の中。ラケット持ってるの見ただけで「ウィンブルドン」とは、女の子の妄想はやや暴走気味。
 
 男の子だって負けてない。
 毎朝毎朝、決まった時間に踏切ですれ違う見知らぬ女の子への思い。

  こんな気持ち 初めてなんだ
  名前さえ知らない君なのに
     中略  
  初恋よ/たとえ 儚いものとしても
  卒業するまで(一日も休まず)/君とここで会い続けよう

 「会う」と呼ぶにはあまりにも微かな、一方通行の出会い。
 もっとも「会いに行けるアイドル」と僕らの関係も、相当一方通行だけどね。

 毎朝すれ違う彼女に、たとえ思いは届かなくてもまるで騎士のような忠誠を誓った少年もいましたっけ。

  僕はいつだって ここにいて盾になる
  味方の一人でいるから
  誓いは片想い/君は知らなくても構わない

  SKEの曲が多いのは偶然かしら?

 女の子も男の子も、どっちもまだまだ修行が必要なのだが、それでも女の子の方がちょっと先に進んでるってのは否めない。男の子の方は、

  愛しさよ/明日 同じ時間に来て
  遮断機の向こう(そっと憧れて)/僕は何も言い出せないまま

  

  誓いは片想い/君は知らなくても構わない

 と、相手の女の子に気持ちが伝わることをはなっから諦めています。

 一方女の子はというと、「7時12分」の彼女も

  少しくらいは こっちを見て

 「ウィンブルドン」の彼女も、

  そっとエール送る/そんな味方いること
  電車の中 気づいて

 と、自分に気づいて欲しいという願いは捨てていない。

 ね。こういう気持ちをきちんと持ち続けることが大事。
 そうしていると、ある日都合のいい偶然が起こったりするんですよ。縁というものはそういうもの。

 渡辺麻友の最新作、「ヒカルものたち」のC/Wから。
 舞台はやっぱり電車の中。お相手も

  いつからか 勝手に好きになった/名前も知らない人

 なんだけど、思いが通じたというか何というか、誰かに推されて、

  恋を踏んじゃった/ちょっと押されたその拍子
  足を踏んじゃった/私のローファー間が悪い

 とまあ、ローファーのせいにするところが女の子らしい。

 男の子にはゼッタイできない言い訳。
 あいたたた、ごめんなさい。
 見つめ合う二人。で、もう一回彼の足を踏んじゃう、まゆゆさん。
 笑いながら名前を尋ねる男の子。

 これって絶対わざとですよね?