ペリカンとパンの匂い88 「初デート」/BETH HART
※一部加筆修正しました。内容は変わっていません。 冬休み中に優斗と杏子は映画を見に行った。 杏子の自宅に行ったことを除けば、学校以外で会うのは初めてである。いわば、初デートと言える。 杏子が何でもいいと言うので、話題になっていた「スティング」を見に行った。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの共演による映画だった。 それまで優斗は映画という映画をほとんど見たことがなかった。小学生の頃、姉が連れて行ってくれたものと中学生時代に友人と見に行ったもの、それと橋口に誘われて見に行った「男はつらいよ」くらいであった。 中学校時代に見た「明日に向かって撃て」は、この二人の共演で、ラストシーンもカッコよくて憶えていた。 優斗は、出かけた先で途惑わないように予め雑誌「ぴあ」で場所と開演時刻を調べて、頭に叩き込んでおいた。向かったのは有楽町だった。見栄を張って都内まで出てみたが、都内自体、自分の意思で行くのは初めてだったのだ。 さすがに人が多い。人混みに紛れていると迷子にでもなってしまいそうだ。それを口実に、優斗は初めて杏子と手を繋いだ。自然な流れだった。あれやこれやと考えてなかなかできなかったのに何の抵抗も違和感もなく繋いだ手は、柔らかくて温かかった。 日劇ビルの横を通り数寄屋橋の交差点まで出る。あとは、迷うことはない。事前の予習が功を奏して、予定した時間までに到着できた。1回目の上映がもうすぐ終わる頃だ。 映画館は、入替制で全席自由席となっていた。館内に入ると、映画はラストシーンのようだった。スクリーンの方は見ないようにして良い席に狙いを定めておく。エンドロールが始まると、パラパラと席を立つ人が出始める。 目当ての席の客が立ち上がるタイミングを見て、すかさず席に滑り込む。狙っていた通路際の席二人分を確保できて、まずはホッとする。 場内は、あっという間に満席になった。「座れてよかったね」「そうだね」 二人は、顔を見合わせると売店で買ったポップコーンを頬張った。暖房の効いた場内は少し暑く感じられた。 まもなく、ブザーが鳴ると2回目の上映が始まる。場内が暗くなり、少しざわついていた場内が静まり返った。 膝に置いたポップコーンの最後の一握りを慌てて頬張ると優斗は少し咽てしまった。杏子が笑いながら大丈夫と訊く。映画が始まる前に二人で食べてしまおうと言っていたのに、少し残ってしまった。 映画が始まると、大きなスクリーンはやはりいいなと改めて優斗は感じた。隣の杏子を横目で窺うと杏子は集中して見入っている。明るいシーンになるたびに暗がりに映りだされる杏子の横顔がまぶしい。 気がつけば映画よりも杏子に関心がいってしまっていた。 やがて、エンディングになり場内が明るくなると優斗は軽く伸びをした。「面白かったね」「よかったね」 優斗は適当に合わせたが、あまりストーリーを憶えていない。前半は、杏子が気になり、後半は緊張から解放されて場内の暖かさにウトウトしてしまったのである。 杏子がお腹が空いたというので、お茶でもしていこうということになった。 とはいえ、銀座の店は敷居が高い。持ち合わせも心細かったので、地元にもある喫茶店を見つけて入った。ここなら安心だ。 杏子はサンドイッチと紅茶を、優斗はナポリタンと珈琲を注文した。これも二人でシェアする。それだけのことなのに、より親密になった気がするのである。 そこでも映画の話になると優斗は話を合わせるのに必死だ。「なあに、寝てたの?」「途中、少しだけだよ」「え? 呆れた。面白かったのに・・」 杏子が笑う。笑顔がまた可愛いと思う。(これからどうしようか)「何考えてるの?」 頬を少し膨らませながら杏子が訊く。「いや、何も」 優斗は少し焦る。「私といるときは、私に集中して」「うん、わかってるよ」 優斗は変な汗が出てきた。これからのプランは何も立てていなかったのだ。 しばし談笑した後、喫茶店を出ると外は薄暗くなっていた。 街のあちこちに灯りが点き始めている。百貨店のショーウィンドウがやけに明るい。 相変わらず、人混みは途切れない。むしろ、来たときよりもごった返しているようだ。 誰も知らない人混みの中にいると、まだまだ世間知らずでいる自分がなんとちっぽけな存在なのだろうと思える。今にもこの街に飲みこまれそうな気がしてきた。「今日は帰ろうか」 優斗が残念そうに言うと「そうね」と杏子も同意する。 優斗は、何気に杏子の手を取った。もう一方の手には、既に最寄駅までのキップを握りしめていた。 фффффф фффффф фффффф さて、本日取り上げるアルバムは、BETH HARTの『SEESAW』(2013年)である。 ベス・ハートのアルバムと言ってもジョー・ボナマッサとのコラボである。 同様の企画は、『Don't Explain』(2011年)と『Black Coffee』(2018年)、それにライブ・アルバムがある。 このアルバムに関しては、ジャズにソウルにブルースにとバラエティに富んだ曲をカヴァーしている。 個人的には、アルバム・タイトルのアレサ・フランクリンの曲やエタ・ジャームス、アル・グリーン、アイク&ティナ・ターナーらの持ち歌が好きである。 ボナマッサのギターも単にバック演奏というだけではなく、ハートのボーカルによく絡んでキレのいいプレイを聴かせてくれる。 特に、Blood, Sweat & Tearsの「I Love You More Than You'll Ever Know」は、ブルース・フィーリングたっぷりでかっこいい。Beth & Joe - Nutbush City Limits (Live in Amsterdam 2013) - YouTubeBeth & Joe - I Love You More Than You'll Ever Know - Live in Amsterdam - YouTube