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雑文と音楽

思いつきの散文や好きな音楽を

※一部加筆修正しました。内容は変わってません。

 

 期末テストが終わった日曜日、優斗は逸る気持ちを抑えながら杏子の家に向かった。

 高校の最寄駅、いつもとは反対側の改札を出ると杏子が待っていた。そこから、バスで約10分。停留所からまた少し歩くと木造2階建てのごく一般的な家屋が見えてきた。

「ここよ」と杏子に促されて玄関に入る。

 奥の和室には炬燵に入った祖母がにっこりと笑顔で迎えてくれた。

「おばあちゃん、後は私がやるからいいよ」

「そうかい。じゃ、ごゆっくりね」

 優斗はぎこちなく会釈すると、2階にある杏子の部屋に案内された。階段を挟むようにした北側の部屋が杏子で南側が母親の部屋だという。母親は、出かけているというので、家には祖母を除けば杏子と二人だけである。

 あえて、こういう日を選んで誘ってくれたのだろうか。優斗の想像がどんどん膨らんでいく。

 杏子の部屋は6畳ほどの洋室で、勉強机と洋服収納に小さなテーブル、それにベッドが置かれてあった。

「ごめんね。椅子がないからそこに座って」

 杏子に促されたのは、杏子がいつも寝ているベッドであった。優斗は緊張気味にそっと座るとふわりとへこむ。

 優斗の部屋は和室で、いつも布団で寝ていたのでベッドの感触は初めてだった。しかも、ここに杏子が横になっているのかと想像すると落ち着いていられないのであった。

 優斗が部屋に入ってまず目についたのは、壁に貼ってあった西條秀樹のポスターであった。

「え?秀樹のファンなの?」

「うん」と言って、杏子は恥ずかしそうに笑ったあとから「へん?」と訊く。

「別にへんじゃないけど、ちっとも知らなかったから・・」

「意外だった?」

「うん、まあね」

 ちょっと待ってと杏子はいうと、やがて珈琲とショート・ケーキをもって戻ってきた。その間、優斗は部屋を見渡しながらタイミングやシチュエーションを考えていた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 優斗は、ケーキにフォークを指した瞬間、自分は何も持ってきてなかったことに思いついた。

 こんな場合、何かケーキとか菓子折りと何か持ってくるべきだったか・・。

「ごめん。手ぶらで来ちゃった」

「いいよ、そんなこと」

 優斗が持ってきていたのは、ポケットに忍ばせた避妊具くらいだった。優斗の頭はそればかりだったので、他のことには気が回らなかったのである。

 避妊具は、通学時に通る道路沿いにある小さな薬局で買ってきていた。さすがに学生服で寄るわけにはいかず、私服に着替えてから訪れた。

 

 店内を見ると、レジに白衣を着たオヤジがいる。女性の客が二人。

 始めて入る薬局だったので、どこに何が置いてあるのかわからない。それらしいパッケージを見つけたがそれでいいのかわからない。あまり、じろじろ見ていると他の女性客が訝しげに見てくる。

 何回か素通りしてはチラ見しながら他の客が帰るのを見計らうとレジにいたオヤジに訊いてみた。

 女性の店員じゃなくてよかったと思った。

「コンドームが欲しいんですけど・・」

「ん?どういうのがいい?」

 思い切って優斗が訊くと予想外の質問が返ってきて戸惑う。

「イボ付もあるよ」

(何それ?)

 勧められたがなんだかよくわからない。

「あ、普通ので・・」

 優斗は、お金を払うとそそくさと店を出た。汗をかいている。

 帰宅すると、試しに装着して感触を確かめた。こんな感じか・・。

 それにしても、いざというときにこんなもの装着する余裕なんてあるのかなと半分不安であった。

 

 ベッドの上に座っているのはどうも落ち着かない。杏子は、勉強用の椅子に座り、小さなテーブルを挟んで優斗と対面している。このシチュエーションではなかなか難しいな。いきなりというわけにもいかず、優斗はタイミングをつかめないままいたずらに時間だけが流れていった。

 そのうち、突然、階段をバタバタと上がってくる音が聴こえてきた。まるで、これから行くぞと告知しているような足音だ。

 杏子の部屋の前までくると足音が止んで、ドアがノックされた。

「杏子。入るわよ」

 ドアが開けられると中年の女性が立っていた。

「あれ? 早かったね」

「うん、友だちがくるっていうから早めに切り上げてきた」

 そう言いながら、優斗の方に顔を向けてきた。

「母です。こちら、斎木君・・」

 杏子が優斗を紹介してくれた。

「あ、お邪魔してます。同じクラスの斎木です。」

 優斗は、ぺこんと頭を下げる。

「よろしくね。ゆっくりして行って」

 何かを確認したようにそれだけ言うと、反対側の部屋に入って行った。

 それと同時に優斗からため息が漏れた。母親が帰ってきては、何もできないな。

「こんなに早く帰る予定じゃなかったんだけどね」

 杏子が言い訳のように言う。

 やはり、優斗が期待していたことを杏子も期待して招いたのだなと優斗は確信したが、この状態ではなす術がない。せめて、キスくらいはと思うのだがタイミングがつかめないでいる。

「そうだ。優斗君がよく歌っていた“三番目に大事なもの”買ったんだけど、なんだかふざけて歌っているようで、優斗君の歌の方が私は好き」

 杏子はそう言うと、シングルレコードに針を落とした。

「本物は、ああいう歌い方なんだよね」

 清志郎の独特の歌い方だから、一般受けはあまり期待できないのかもしれない。

 優斗もスタジオ盤のレコードはあまり好きではない。たまたま、ラジオの公開番組で聴いたアコギ2本とウッドベースの生演奏の方が気に入っていたのである。

「あ、それから、俺のこと優斗って呼んでいいよ。俺も杏子って呼んでいい?」

「うん、わかった」

 そう言って二人は微笑んだ。

 

 そうこうしているうちに時間は過ぎていき、優斗は目的を果たせないまま杏子の家を後にした。チャンスをものにできなかった悔いはあるが、緊張から解放された安堵感の方が勝っていた。

 杏子は、一緒にバスに乗って駅まで送ってくれた。折返しに乗るバスを1便見送ると駅のベンチで少しまた話をする。母親が心配するからと次のバスには乗るように優斗は杏子を促し、今度は優斗がバスを見送ることになった。

 バスは排気ガスを残して走り出していく。

 後部座席から手を振る杏子に優斗も寂しげに手を振った。

 

 

 

 

 

 Ффффф Ффффф Ффффф

 

 さて、本日取り上げるアルバムは、STEVIE WODERの『INNERVISIONS』(1973年)である。

 

 

 スティービーの16作目にあたるアルバムで、グラミー賞の最優秀アルバム部門・最優秀録音部門を獲得したとのことである。

 

 プロデュースとほとんどの楽器を一人でこなしているとのことで、今更言うまでもなく超人的才能である。

 

 伸びやかな声で歌も上手いときてるから、最早脱帽の域だな。

 

 「Higher Ground」「Living for the City 」「Don't You Worry 'bout a Thing」の3曲がシングルカットされている。

 

 

Stevie Wonder - Higher Ground (1974) - YouTube

 

 

 

 

Stevie Wonder - Living For The City (1974) | LIVE - YouTube