雑文と音楽 -23ページ目

雑文と音楽

思いつきの散文や好きな音楽を

 

 

 写真部の部室は面白い。

 常に部員以外の連中がたむろしているのである。顔を出すと誰かしらいる。マンガ本を読んでいる者、ギターをつま弾いている者、参考書に集中している者、カメラの手入れをしている者、時には生徒会長の姿もあった。ここには“自由”があるのだ。

 

「斎木君、RC好きなんだ?」

 ギターを抱えていた9組の小山信吾が声をかけてきた。優斗にそう訊きながら、レッド・ツェッペリンの「天国への階段」のイントロ部分を盛んに練習している。

「うん、まあ」

 小山とはまだ話をしたことがなかった。

「この前、聴かせてもらったよ。歌うまいんだね」

 決して、ギターがとは言ってくれない。

「あ、そうなんだ」

 ぶっきらぼうな返事しかできなかったが、褒められて嬉しくないわけではない。

「ギターやるんだ?」

 今度は、優斗が訊いてみる。

「やるってほどじゃないけど、置いてあったからさ。これ、俺んじゃないんだ」

「誰の?」

「さあ」

 小山は、だるそうに答える。

 隣では、さっきから無言でマンガ本に見入ってる奴がいる。顔は見たことあるが、どこのクラスか知らない。

 優斗には、誰が正式な写真部員かわからなかった。誰かに会いたいとか、用事があってきたとかいうわけではないのでそれでもよかった。

「まあ、座れば?」

 小山が向かいの空いている椅子を目で差し出した。

 優斗が腰かけるのと同時に隣の暗室から誰かが出てきた。1年の時に同じクラスで今は隣の6組にいる青木厚夫だった。

 青木は、正式な写真部である。一度だけ、暗室に入れてもらったことがあった。フィルムの現像から焼き付けまでの作業を見せてもらったのである。

 白黒ではあるが、ネガフィルムから焼き付けられた印画紙を特殊な液に漬けると徐々に画像が浮かび上がってくる様は感動的でさえある。

 優斗は、写真を撮るのも撮ってもらうのも好きだったが、自分ではカメラを持っていない。家には父親が買った一眼レフがあった。父親はカメラに興味があったわけでもなく、ただのステータスとして購入したようで、使っているのは専ら優斗の兄であった。

 たまに借りて写真を取ることはあっても、現像料が高いのでやたらに撮ることはできない。こうやって、自分で焼き付けまでできるのであれば安上がりでいいし、失敗しても損害は少ないと思った。

「あれ?来てたの?」

 青木はひょうひょうとした雰囲気の持ち主であった。一度だけ、家にも遊びに行ったことがあった。

「やあ」

「何か? 俺?」

「いや、別に用事があってきたわけじゃないよ」

「あ、そう」

 青木はそっけない。

「せっかく斎木君が来てくれたのにそっけないじゃない」

 小山が口を挟む。

「いや、いいんだよ。ほんとに用事があったわけじゃないから」

 優斗が腰を上げかけると小山が引きとめる。

「ま、ゆっくりしていきなよ」

 小山が助け舟を出してくれたつもりだが優斗は余計に居づらくなってきた。

「おまえら部員じゃないんだから、いい加減にしてくれよな」

 青木の矛先が小山らに向いてきた。

「そんな冷たいこと言うなよ。ここは居心地がいいんだから」

「まったくもう」

 青木は呆れて、また暗室に戻っていった。

「なんだか、今日は機嫌が悪いな」

 原因が自分にあるとは気付かず暢気な小山であった。

「じゃ、また」 優斗が部室を出て行こうとすると

「ああ、そう? また、おいでね」

 そう言いながら、相変わらずダルそうに小山は手を振ってきた。

「あ、今度、それ教えて。天国への階段」

 ドアを閉める間際に振り返って優斗はそう言って部屋を出た。

「いいよ」

 締められたドアの奥から、小山の小さな声が聞えた気がした。

 

 

 

 

 

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 さて、本日取り上げるアルバムは、LED ZEPPELINの『Led Zeppelin IV』(1971年)である。

 



 先日、NHKFMで「今日は一日“渋谷陽一”三昧」という番組が放送されたことをブログ仲間から教えてもらい、「聴き逃し配信」で聴いてみた。

 

 若い頃聴いていたのは「ヤング・ジョッキー」くらいで、その後の渋谷氏の番組は聴いていなかったが、当時、渋谷氏を通して知ったロック・アーティストも少なくない。

 その放送では、当時の番組の録音も流され懐かしく、ゲストとの交流話を聞いて渋谷氏の人となりを垣間見ることもできて楽しかった。

 

 レッド・ツェッペリンは、そんな渋谷氏の“肝いり”のバンドの一つである。

 ファースト・アルバムは「ハード・ロックの教科書的なアルバムであり、画期的なサウンドだ」と評し、この4作目のアルバムは「後にツェッペリンが向かう方向を示した過度的な作品だ」と述べている。

 特に「天国への階段」では、「すべての価値と論理が相対的である時、音楽こそが絶対的な価値となり得るのではないか。音楽こそが天国へのきざはしであるのではないか。それがこの曲のテーマであり、ロック全体のテーマでもある。」と述べている。

 この曲は高校生のときに聴いた。歌詞の意味がわからなかったこともあり、ツェッペリンにしてはドラマチックな曲だなくらいにしか思わなかった。渋谷氏がそんな風に著書「ロックミュージック進化論」の中で評していたのも印象的である。

 

 

※「天国への階段」ライブ映像で

https://www.youtube.com/watch?v=Ly6ZhQVnVow&list=RDLy6ZhQVnVow&start_radio=1