ある日の放課後、加奈子は橋口と教室にいた。他には誰もいない。
加奈子に呼び出された橋口は、勝手な期待で高鳴る胸を抑えながら、開け放たれた窓際の机に腰かけた。グラウンドには、野球部やサッカー部の掛け声が飛び交っていて、旧校舎からは吹奏楽のブラスの音が教室まで響いていた。
「話って、何?」
そっけない振りをしていたが自然に頬が緩んでいるのが自分でもわかる。加奈子は少し言いづらそうに立っていたが、意を決したように口を開いた。
「実は、斎木君のことなんだけど・・」
え?優斗? 期待外れの質問に橋口の顔色が変わる。
「優斗がどうかした?」
加奈子は、橋口の反応にはまったく頓着せず、続けた。
「斎木君って、誰か好きな人いるんかな?」
「ん?どうかなあ・・」
橋口は、自分のことじゃないならどうでもいいと少し投げやりな気分になっていたが、加奈子の手前、首をかしげて考えているような振りを見せた。
「優斗のことが気になるわけ?」
「うん・・。斎木君てさ、見ていてもよくわかんなくて・・」
橋口は、平静を装うように外を眺めながら次に何て言おうか考えたが適当な言葉が浮かばない。
「普段、一緒にいて何か気づくことない?」
橋口は、加奈子の問いに少しうんざりしながら振り向いた。
「おまえ、優斗が好きなんだ?」
橋口は、訊かれたことよりもそっちの方が気になった。
「ん?いや、私じゃないよ・・・友達に頼まれたから・・」
加奈子はとっさに言い訳をする。
自分のことじゃないのか?いやいや、そんなはずはない。言い訳をする加奈子を見ていた橋口は、少し意地悪をしたくなってきた。
「そんなこと、本人に訊けばいいじゃない」
また窓の外に眼をやると、今度はほんとにそっけない態度になった。今、自分はどんな顔をしているのだろう。嫌われそうなことを自分で言っておいて嫌われないかなと心配になった。
「直接訊けないから、相談してるんじゃない」
加奈子は、口をとがらせる。
橋口は、そんな表情をする加奈子が愛おしく感じる一方で、自分の気持ちには気づいてくれない苛立たしさについ語気を強めてしまう。
「知らないよ、そんなこと。友だちのためなら、おまえが訊けばいいだろ?」
加奈子は、なぜそんなに橋口が怒って言うのかわからない。無意識に強くつかんでいたスカートにしわが寄る。
少し首をかしげている加奈子を見ていた橋口は、「俺はお前が好きだ」と言いたい衝動にかられたが、今はそのタイミングじゃないと抑えた。
「ほんとは、お前が優斗のこと好きなんだろ?」
知りたくもない、訊きたくもないことを口に出してしまった自分に橋口は混乱した。気がつけば、優斗に対する嫉妬に似た感情さえ芽生えている。
「私じゃないってば・・」
「優斗が好きなのは、少なくともお前じゃないと思うよ」
加奈子の言葉を遮るように橋口はたたみかける。もう、自分の感情がコントロールできなくなっていた。
「私のことなんか訊いてないよ」
加奈子は、悲しそうな表情になった。何かに耐えているように橋口には見えた。小さな肩が小刻みに震えている。小柄な加奈子がいつもより余計に小さく見えた。そっと抱きしめたい。守ってあげたい。そんな気持ちとは裏腹に自分の意思に従わない橋口自身の“悪魔”が勝手に口を開く。
「たぶん、北村じゃねえかな・・」
橋口の口から出た名前を聞いて加奈子はどきっとした。橋口と話しているうちに自分でもなんとなくそう思い始めていたからだ。
言われてみれば、授業中や休み時間も、優斗の視線の先に杏子がいたような気がしてきた。運動会でも杏子にカメラを向けていることが多かった気がする。なぜ、これまでそのことに気づかなかったのだろう。
加奈子の反応を見ていた橋口は、ふっと我に返ったように狼狽えた。はっきり言い過ぎてしまったかなとすぐに後悔した。開けた窓から漂ってくる冷気がいつの間にか二人の心に忍び込んできた。
加奈子は、涙目なっている自分に気がつくと慌てて教室を飛び出した。
階段を駆け下りるとさっきまでの話題の主人公だった優斗が偶然上がってきたのである。加奈子は、優斗だと確認はできたが、視線を合わさないようにして駆け下りて行った。
優斗は、橋口を見なかったかと訊こうとしたが、その隙も与えず走り去った加奈子の後姿を茫然と見送るだけだった。
優斗が教室に入ると橋口は一人で遠くを見ていた。
「ああ、ここにいたんだ?」
橋口は黙ったまま優斗を振り返る。
「どうかした?」
優斗が訊いても橋口はただ黙っているだけだ。
「なんか、大林、泣いてたみたいだけど・・」
橋口は、上目づかいで優斗を見ると
「お前のせいだよ」
そう言い捨てると教室を出て行った。
「え?俺のせい?」
優斗は、何のことかと混乱した。理由を訊こうと一瞬追いかけたがすぐに足を止めた。橋口があんな苦しそうな表情をするのも、自分を罵るような言い方をするのも初めてのことだったからだ。
一体、なにがあったのだろう。
「お前のせいだ」
その言葉がささくれのように優斗の心に残った。
ффффф ффффф ффффф
テレビの旅番組でハワイ・ロケを見ていたカミさんの“行きたい病”が再発した。「ハワイ生きたい、行きたい~!」と言いだすカミさんに、「面倒だよ」とか「行きたくない」とか言うと話が長引く。
「そうだね」「そのうちね」と答えるとそれで気が収まるようなので最近はそう言うことにしている(笑)
さて、本日取り上げるアルバムは、LITTLE FEATの『FEATS DON’T FAIL ME NOW』(1974年)である。
名作『DIKIE CHICKEN』の後にリリースされた4作目にあたる。
前作まではローウェル・ジョージの色が強かったが今作はメンバー全員がいい仕事をしていて、バンドとしては絶好調の時期だったとの評である。
ブルース、カントリー、ゴスペルからロカビリー、R&B、それにロックン・ロールなどのアメリカ音楽を融合させた独特のサウンドと言われているが、単純にファンキーで泥臭いサウンドが私は大好きである。
ローウェル・ジョージ作の「Down The Road」は、これこそリトル・フィートだと感じさせる楽曲と演奏だし、「Spanish Moon」はバン・ダイク・パークスのプロデュースでブラスが入っていて、これがまたいいグルーブを醸しだしている。
セカンド・アルバム『SAILIN’ SHOUS』から2曲、「Cold Cold Cold」と「Tripe Face Boogie」がメドレー形式でセルフ・カヴァーされていて賛否はあるようだが、こちらのほうがさすがに演奏は円熟味が増している気がする。
Rock and Roll Doctor - YouTube
