沖縄県の翁長雄志知事が、
昨年の衆院選直後から今週にかけて、
東京を訪れ、閣僚などとの面会を求めているが、
全く実現していない。
一部の自民党関係者からは、
「立場をわきまえろ。」との声が聞こえるという。
立場とはどういうことか?
県政より国政に携わる方が、各上なのか?
我が国の法令にそんなことは一切規定されていない。
憲法上明確なのは、国民主権であり、
国政でも県政でも、国民が選ぶ以上、
国民が上であり、選ばれる方にその差はない。
翁長知事も、そのプロセスを経て選ばれた。
立場をわきまえるのは、誰に対してか明白である。
少なくとも、政治を担う側に対してではない。
その時点で既に「自分の方が上。」という驕りが出ている。
それだけにとどまらない。
沖縄県に対する振興予算を、その是非はともかく、
一度決めたものを、減額するという。
自分の意に添わなければ、何でもありなのか。
基地の有無に関係なく、沖縄は、戦後27年間、
日本の主権が及ばなかった以上、
それを取り戻すのは、容易ではない以上、
振興策を講じるのは当然なのである。
もっと言えば、翁長知事を選んだのは、
沖縄県民の民意である。
その代表者に、政府の関係者が、誰も会わないというのは、
国民主権を根本から否定する暴挙なのである。
さらに言えば、安倍首相は、中韓首脳に対して、
「意見の違いがあるからこそ対話を。」と呼びかけている。
ならば、意見の違う翁長知事とは、
真っ先に会うべきではないか。
なぜ沖縄に基地が必要なのか、
丁寧に説明するべきではないのか。
少なくとも(その過程はともかく)
民主党の鳩山首相(当時)の方が、
どんなに非難されようが自ら出向いた。
少なくともその点に限れば、安倍首相とは天地の差だ。
自分の都合のよいようにしか言動をとらないのは、
驕り以外の何物でもないのである。
もちろん、このことを曲解して、
関係のない方向に持っていく県外の運動家とは、
一線を課さなければならない。
しかし今回は、県内の自民党でさえ、
明確に、沖縄の現状を訴えたのだ。
翁長知事は、元は自民党推薦の那覇市長である。
かつての自民党政権は、2000年、
翁長氏より明確に国政与党と対立をしていた、
大田昌秀知事の時に、当時の小渕首相が、
沖縄サミット開催を決めている。
残念ながら、今の自民党に、その謙虚さと寛容さと、
そして実現への強い思いが感じられない。
沖縄に基地が必要、それは、まぎれもない事実である。
だからこそ、丁寧に説明をし、
他都道府県にも別の形での応分の負担も
してもらわなければならない。
その阻害要因を取り除くものとして、
以下のことを指摘したい。
沖縄以外の国民が、安全保障体制を、
自分のこととして考えれば、沖縄に押しつけている現状を、
真剣に考えることができるだろう。
しかし、どこか他人事のような空気を感じる。
なぜなら、なんだかんだいって
まだまだ「平和ボケ」しているからだ。
(身近に危険がないように感じるからそう思ってしまう。)
それともう1つ、翁長知事は、
「本土の人たちにも分かってほしい。」という。
沖縄以外を本土と定義している。
しかし沖縄県も、まぎれもない我が国の本土だ。
沖縄以外の人たちがそれを口にするのは、
厳に慎まなければならない一方、
沖縄の人たちも、自分以外を「本土」というのは、
ある意味排他的にも聞こえてしまう。
「県外」とか「他県」という言い方に変えられる。
その点も、自然になるようしていくのが、
国民の向かうべき方向であろう。
国民がそうなれば、政権もそれは無視できなくなる。
驕らせないようにできるのは、国民だけなのだから。