きょうは、当然この話題です。
先週の東京都議会で、塩村文夏都議の質問の最中、
その女性議員が未婚であることを揶揄するヤジが飛び、
発言した鈴木章浩都議が謝罪する事態となった。
発言のVTRを聞いていると、
科学的な調査で少なくとも3人は、
何らかの発言をしていると特定されている。
しかし、自公両党が多数を占める都議会は、
鈴木都議以外の特定はせず、不規則発言の処分もなく、
再発防止の決議をしただけで閉会した。
全会一致が慣例の決議で、塩村都議所属のみんなの党と
民主党が提案した他の議員の謝罪を求める案や
議員辞職を求める共産党の案は否決された。
自民党は、石破茂幹事長が
「党の責任者としてお詫びする。」とは言ったものの、
党内処分はおろか、他の発言者の特定には触れていない。
安倍晋三首相も、国会の閉会あいさつ回りで、
みんなの党の浅尾慶一郎代表に、
「ご迷惑をおかけしました。」と謝罪したのみである。
(ただその非常に神妙な表情から、「発言」趣旨とは
違う本音をもっていることはうかがえる。)
情けないのは、高市早苗政調会長だ。
鈴木都議が謝罪したことを受けて、
「どうかご寛容頂きたい」と述べた。
つまり、これで終わりにしたい、ということである。
ただ一人、野田聖子総務会長が、
怒りをあらわにしていのだけが光っていた。
選挙で自民党の応援を得た舛添要一都知事に至っては、
「発言があったらなぜ議事を止めなかったのか。」
と、みんなの党に対して”逆切れ”とも受け取られかねない
発言をしている。止める義務を負うのは、議会全体だ。
しかし自民党の反応など、まだまだかわいく見える動きが、
テレビ・新聞以外のメディアで見られる。
週刊誌では、塩村都議の過去の言動を持ち出して、
スキャンダラスに掲載している。それも、女性誌でだ。
中には、鈴木都議の発言より大きいものもある。
ネットに至っては、後にも詳細を書くが、
言われた方が悪い、と言わんばかりの書き込みが多く見られる。
性的被害に遭った女性が犯罪者となってしまうある外国と、
構図は全く同じではないか。
このように日本では、報道全体やネットの反応を見ても、
これで収束しちゃえ、のような雰囲気が漂っているが、
これが大きな国際的信用の低下となっていることに、
多くの人が気づいていない。
発言のあった翌日、ヨーロッパでは、
いち早くその発言が報道された。
イギリスでは、ヤジではなく「嫌がらせ」を意味する、
「ABUSE」という言葉を使って表現している。
中国や北朝鮮はいうまでもなく、
アメリカに比べても人権意識の高いヨーロッパでは、
またたく間に広がり、外国人記者クラブが、
塩村都議を招待して記者会見を開いた。
このことに、女性タレントのフィフィ氏は、
「国益を考えて動くべき」と、
塩村都議に冷静な対応を求めている。
確かに、従軍慰安婦の強制性など、
日本を貶める隣国の動きを考えれば、
冷静に動きべきではある。
ただし、外国人記者クラブは、自ら求めて記者会見は開けず、
クラブからの要請があって会見を開けるのである。
もし塩村都議が、それに応じなかったら、
外国人記者はどういう反応をするか。
それを考えれば、要請に応ずるしかないのは明白だった。
もちろん、日本の国益を冷静に考え、
会見に臨んでほしかったが、残念ながら、
うろたえる姿だけがさらされてしまい、
問題の大きさの再確認の場にとどまってしまった。
フィフィ氏は、このことを言いたかったのだろうが、
一部のネットの書き込みは、その発言を、
フィフィ氏が、塩村都議が被害の声を上げたことを
批判しているかのような内容にして、
塩村都議を糾弾している。
日本の国際的存在感が低下するなか、自信喪失の裏返しか、
ネットでは、「日本はこんなに世界から尊敬されている。」
という類の書き込みが、ここ1年で多く増えてきた。
もちろん、それに対して異議はない。
日本人のパスポートの現状を見れば明らかだからだ。
その一方で、ヨーロッパでは、性差別を中心に、
日本の人権は、中国とそんなに大差ない、
違いは言論の自由が保障されているだけ、
と見られていることにも、注視しなければならない。
同じアジアだから、とも思いたくはなるが、
しかし、アメリカも、ヨーロッパから見れば、
人権意識は低いという、評価である。
ウィキリークス代表やロシアに亡命した元CIA職員へ
の評価を比べれば、一目瞭然だ。
そのような日本の人権状況と認識されているからこそ、
韓国は、その存在も疑わしい強制連行の
従軍慰安婦問題をことさらに世界にアピールし、
中国は、それを手助けしているのである。
今回の発言は、その火に油を注ぎかねない、
重大な問題発言なのである。
しかも、タイミングが悪いことに、
2020年東京五輪の開催準備状況を視察する、
IOCの調査団が、この発言があった直後に来日した。
IOCは、もともとヨーロッパの
貴族階級の社交クラブのような場から始まっている。
当然この報道にも触れているであろうから、
どのように感じたか、想像に難くない。
今回の発言は、相変わらず、日本社会に
女性蔑視が深く根ざしていることを、露呈させた。
「お・も・て・な・し」が「み・も・ふ・た・も・な・し」
にならないよう、日本国民全体の意識を、
根底から変えねばならないのではないかとまで感じた。
逆にそれが克服できれば、一層の国際的信用を、
国際社会から勝ち取ることができると感じる。
「お・も・て・な・し」を、普段からの「お・も・い・や・り」にしたい。
皆さんは、今回の発言やそのあとの反応について、
いかがお考えですか。
今のままで2020年を迎えても、本当に
「お・も・て・な・し」ができるかどうか、気がかりです。
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