きょうは、明日行われる、「主権回復の日」政府式典について取り上げます。
安倍政権は、第二次世界大戦において、
日本と相手国との間に締結されサンフランシスコ条約の
発効によって、連合国軍の占領が終結し、
日本の主権が回復された日を記念して、
発効日から61年となるあす、式典を開く。
安倍首相は、この式典を、「自主憲法制定への一歩」として、
アピールしたい考えだと言うが、大きな矛盾を感じる。
まず、自主憲法制定であるが、それを主張する立場の人々は、
現在の憲法を、「占領下において、連合国主導によって作られた」
ものとして、主権がない状況で作られたことを理由に、
「自分たちの手で憲法制定を」と主張している。
であれば、その占領下で行われた東京裁判をはじめとする、
もろもろの「戦争の結果」を受け入れたサンフランシスコ講和条約発効は、
その立場の人たちからすれば、まさに「屈辱の日」ではないか。
第二次世界大戦は、昭和20年8月15日を以って終結した、
と広く認められているが、実際は、昭和天皇が、
休戦協定とされてはいるものの事実上の全面降伏である
ポツダム宣言を受け入れると、国民に伝えた日であり、
第二次世界大戦が終わった日ではない。
休戦なので、法的には戦争そのものは終わっていなかった。
サンフランシスコ講和条約発効の昭和28年4月28日こそ、
法的には、第二次世界大戦が終わった日なのである。
つまり、その間は、戦争の敵国が占領している状況だったのである。
ということは、東京裁判によって刑に処されたいわゆる「戦犯」は、
戦争の敵国による「戦死」「強制労働」されられた、ということになる。
だからこそ、「死刑」になった「戦犯」が合祀されている靖国神社を、
「戦死した英霊」に崇敬の念を表すとして、公式参拝してきたのではないか。
この「戦死」こそ、まさに屈辱ではないか。
そんな日に、式典として開催するなど、
保守の立場からしても、大いに矛盾を感じるのではないか。
事実、沖縄県だけではなく、約20の全国の知事が、
本人ではなく、代理出席になるという。
この動きも含めて、この式典には、
反対をしている人たちも少なからずいる。
国民が賛否両論で分かれている式典に、
安倍内閣は、天皇・皇后両陛下を出席させる閣議決定をした。
天皇は、憲法にて「日本国民の統合の象徴」とされている。
分裂している式典に出席させることは、
政治利用ではないか、という指摘もある。
式典は、もう明日である。中止にはできないだろう。
安倍首相には、もっと熟慮を重ねて上で、今後の対応を望みたい。
今週もお読みいただき、ありがとうございました。
皆さんは、どう感じられましたか?