先週書く予定でした本テーマですが、
アルジェリア油田襲撃事件で今週にしました。
民主党が野党になって、今後の在り方を巡って、
党内で議論を続けている。
しかし、議論の成り行きを見ていると、遅々として進まない。
支持団体の連合・古賀会長が、いらだちをぶつけたのが分かる。
焦点は、党の指針をまとめた、「綱領」だ。
自分たちの考え方・行動の取り方の原則を表す、
宣言にも似たものである。
1998年、現在の民主党が結党して以来、
本来あるはずの綱領が、ずっとないままであった。
その綱領に入れる文言を巡って、
党内での綱引きが続き、決められない状況を、
古賀会長が、いい加減にしてほしい、と注文したのである。
何の文言か、それは、実質的な綱領の代わりとなっていた、
結党宣言にはある「民主中道」の文字である。
中道、とは、自民党などが掲げる「保守」と、
社民党などが掲げる「革新」の間を行く、という意味である。
中道、という文字を入れると、
保守志向の議員たちの反発があり、
入れなければ、革新志向の議員たちの反発があり、
議論が止まってしまっている。
世論調査から推測されるのは、国民が望むこととして、
安定した生活が遅れ、外敵からも守ることができ、
国際社会の中で一定の存在感を発揮することである。
そこに、保守革新の二項対立は、二の次であることがわかる。
経済発展した日本においては、
方法論の違いにすぎなくなったからだ。
結果として、どちらかというと保守の方が近いとはいえ、
憲法改正案に象徴される為政者至上主義、
いわゆるお上志向の自民党に完全に委ねるには怖い、
代われる党があれば代えたい、それが国民の意識であろう。
そうして実現したのが、2009年の政権交代である。
しかし、政権交代直後から、当時の小沢幹事長は、
自民党海部内閣時の幹事長当時と全く同じく、
幹事長のところに権限を集中させた。
これが、躓きの第一歩である。
脱官僚と言いながら、日本郵政の社長に、
旧大蔵省(現財務省)事務次官の齋藤次郎氏を充てた。
その、自民党時代と変わらぬ手法が党内からの反発を招き、
基地をめぐる発言で迷走した鳩山首相辞任と同時に、
反小沢派に推された菅氏が首相となり、小沢氏も失脚した。
菅氏は、イラ菅というあだ名がつくほど、
周りに当たり散らし、官僚が委縮し、
東日本大震災の被害を拡大させた。
その辞任を受けた野田前首相は、官僚の言いなりとなり、
やらないと言ったことを平気でやり、
やると言ったことを平気でやらず、
党内融和を掲げながら、小沢一派を追い出した。
解散を年越しにすれば、政党助成金も多く受け取れたのに、
党首討論で解散を宣言する、という、
自らをカッコ良く見せるためだけに、党を犠牲にした。
これが、歴代代表のしてきたことである。
確かにお上主義ではなかったが、
党内抗争にあけくれ、国民に目が行っていなかった。
まずは、この総括から始めなければ、
保守も中道もあったものではない。
それに、先に書いたように、保守・革新は、
今や方法論にすぎず、政策ごとにスタンスが求められる。
かつては、保守なら、原発推進に賛成なら憲法9条にも賛成、という、
賛成反対には関連のない政策にも、自動的に、
一方の立場しか主張してはいけないかのような雰囲気があった。
しかし、本来なら、個々によって政策ごとに意見を持っているわけで、
自動的に決められる方がおかしい。
拉致された日本人を救うために、
今すぐにでも自衛隊を北朝鮮に送るべき、
と考える人が、原発には基本反対であってもいいではないか。
民主党の議員・前議員には、一旦立場を置いて、
何のために民主党を結党したのか、
その原点に立ち戻ってから、議論を出発させてほしい。
それが、回り道の様で、民主党復活の早道である。
今週も、お読みいただきありがとうございました。
来週は、第2極第3極のはざまで揺れる、日本維新の会を取り上げます。
ただ、タイムリーな話題があれば、そちらに変えることもあります。
あらかじめ、ご了承願います。