なんだかんだなんだかんだ言って、引き延ばしていましたが、

活動資金に、大きなお金が必要になってきたので、

投資を始めました。

やってみたら、どんどん増えていくのでちょっとビックリ。

なんだかんだなんだかんだ言ってたあの時間はなんだったんだ(笑)

おかげで、活動への資金不足の不安もなくなり、集中できそうです。

なんだかんだなんだかんだ言ってたあの時間はなんだったんだ(笑)


あーすっきり(笑)





手作り酵素、順調に発酵中でーす☆

手作り酵素は、腸の善玉菌であるビフィズス菌のような存在である、表皮ブドウ球菌など善玉の皮膚常在菌を増やして発酵させていきます。

代表的な善玉菌は、エピデルミディス菌とアクネス菌ですね。
アクネス菌はニキビの元と思われがちですが、この子がいると皮膚のバリヤ機能が高まるので、TVのプロパガンダのせいで地位が地に落ちとりますが、とっても有益な菌ちゃんです。

まあ実際は表皮菌が元気じゃない人もいるため、手作り酵素を作る時は、安定発酵の為にケルプαという元菌セットを入れます。
このケルプαは元気な菌を詰め合わせたものなので、誰でも失敗せずに発酵ができて、手作り酵素を作ることができます。

手作り酵素というのは自分の菌で発酵させていくので、自分オリジナルのカスタムメイド酵素と言えます。最も自分の身体に適した酵素ですね。

なので、同じ材料使って作っても味が違ったり発酵具合が違ったりして面白いんです。

うちの父は色々いい加減に良い加減に(笑)ボディメンテナンスされてるせいか74歳という高齢ながらやたらと元気です。
この父の菌で手作り酵素作ると、同じ材料でも、やたらと元気に発酵するので、氣のエネルギーの強さの違いを見せつけられちゃいます。

朝晩かき混ぜる時も「ありがとう」「美味しく発酵してね」と声をかけながら混ぜます。
水と植物から手作り酵素はできてますので、こちらの言葉や気持ちが波動で伝わってしまうため、作る時はきちんと感謝して作るのが良いと思ってます。

ところで、この表皮ブドウ球菌、とっても繊細で、お風呂に入ると約90%が皮膚から無くなってしまうらしく、表皮ブドウ球菌ちゃんたちは、排水溝に流されてっちゃった仲間の数の分を元に戻そうと、必死に24時間かけて仲間を増やしていきます。
つまり、毎日お風呂に入る綺麗好き日本人は、毎度、悪玉菌に皮膚が乗っ取られる危険をおかしてるのですね~。

なので、身体を洗えば洗うほど、悪玉菌が増えて体臭が臭くなる~という悪循環に陥ってしまう可能性があるのです。
うーん、悲しい哉。悲しい哉。

風呂に浸からず洗剤や石鹸を使わない方が身体には良い(皮膚的に)。

まあそんなこと言われても~
石鹸は何とかやめれるけど、風呂には入りたいものですよね~。

しかも、お風呂に入って体温を上げる事で免疫アップするので、元気に長生きしたい人には風呂は重要イベントです。

まあ、何事も過ぎたるは猶及ばざるが如し。

ほどほどに身体を洗って、
ほどほどに風呂を嗜む。

目に見えない私たちを守ってくれてる菌たちとうまく共生して、楽しく健康でおりましょう☆


こんばんは~
友人が目指してるビューティコンテストで、一位を取るイメージ来たのに参加してません。

いろいろ現実見てコンテストには参加しない事を決断しましたが、
悔しいので、一人フィットチョイスしてやる~と思って、目指したのが、まず太ること。
胸があまりにも無いので、まずは脂肪だろうと思って、最近ひたすら食べてましたが、体調が崩れてきました。

うーん、どうやら間違ってるらしい。。と、ちょっと方向転換。
脂肪で体重が増えないなら筋肉だ!
ということで、筋肉をつける事にしました。

そう思って数日、何もできず。。

実は、運動大好きダンス大好きなのに、「運動する時間あったら仕事しろ」という強迫観念があってなかなか運動する気が起きなかったのです。

でも、
友人が企画してくれた奈良さんのライブで久しぶりに踊りまくってようやく気づきました。

踊ってる方が、私らしい。

しかも、リズムに震えて脳みそスパークして、仕事に戻ったら、最高MAX調子がいい。

「筋肉」

踊ってる時に降ってきたワードが「筋肉!」

よわっちー私ですが、やるしかないですね。

一人フィットネスが実は一番キツイだろうと思ってたのでコミットしないでおこうと思ってたんですが、
そんな自分だからダメなんだと思ってコミットすることにします!

胸に浮いてるあばら骨を無くす為に、
毎日、腕立て伏せ10回。
毎日、ランニング30分。
やりたいと思います。




永遠なんてないけど、人には永遠を求める心がある。

でも、永遠を求めてそこに留まり続けようと努力しても、決して保つことはできない。

なぜなら、世界は常に変化しているから。

自分が、変化を求め、最善を求め、尽くしてこそ、あなたが求める永遠のようなものは保たれる。

永遠を求める心は、安心や安泰が欲しいから。

その気持ちは理解できるが、その気持ちを持ち続ける限り、本物の安心や安泰は得られない。

不安を抱えたまま変化を求め、最善を尽くし、行動するからこそ、今のあなたが求める安心した世界が保たれるのである。

本当に、安心を求めるのならば、最善を尽くそう。

常に前へ。

常に一歩前へ。

そこにあなたの、みんなの本物の安心がある。



今日は父が書いた本の次回構想を聞いたのですが、一緒に帯コピーを練っていたら、面白過ぎるコピーがばんばん出てきて大笑い☆

・EQのある人は長生き!
・豊かな人こそ長生き!
・大学教授はふしだら!(笑)
・ふしだらじゃないと人は集まってこない!by実話(笑)
・先生が厳格だと生徒は伸びない!
・先生は、逃げ場所を一カ所作って教えろ!
・社会は学生には寛容。もっと失敗しろ!

一体どんな本やねん(笑)
読む人いるかな~?

落雁は
古く足利期に中国(支那)より入ってきた干菓子で、
お茶にとっても合うので大好きです。

目でもとても楽しめるように
桜や紅葉といった素敵な形をしています。

移ろいゆく日本の四季の美しさをお茶とともに。

生活に根付かせている日本の文化の素晴らしさに、
心が震えます。


Unwritten Rule とは、ルールブックに載っていないけれども、

みんなの暗黙の了解のことをいいます。


例えば、大リーグで、仲間がピッチャーからボールをぶつけられて、頭来て、喧嘩を売りに行くとき、
ダッグアウトにいるチーム全員が、加勢にグラウンドに飛び出さなくちゃいけない、
というルールがあります。

初めてこれを経験した松井選手は、怖怖と一番後ろから飛び出して行ったそうです。

そりゃそうですよね、日本じゃありえないですから。

この暗黙の了解。

根底には、仲間を想う心があります。

日本だと、江戸しぐさというものがあります。

傘かしげといって、雨の日、通りで、正面から人が来たら、互いに傘を外側に傾けて、濡れないようにすれ違うことを言います。

他にも、相手を思い、配慮して行動する仕草を指します。


Unwritten Ruleとは、私達が、何気なく、人の為に行なっていることです。

ここには、心の豊かさがあります。

私たちの社会が、このUnwritten Ruleをどれだけ子どもたちに引き継いでいけるかで、文化のレベルが決めるのではないでしょうか。


私たちのUnwritten Rule。

家族とのUnwritten Rule。

会社でのUnwritten Rule。

私のUnwritten Rule。


これらの根幹をなすものは、あなたの美意識です。
何を美しいと感じるか、
何を正しいと感じるか、
何が愛なのか。


あなたのUnwritten Ruleは、何ですか?


あなたにふさわしい、

高い美意識を持ちましょう。


人から豊かさは生まれる

これは師匠の方々から学んだことです

今の仕事で、どれだけの信頼を得ているのかで、ほかのビジネスの成功は決まる。
もし、今の仕事で人の縁を繋げていないならば、仕事をまずは頑張ること。
仕事に感謝し、人の信頼を得る仕事をすること。
今の仕事がうまくいってないということは、何を意味するのか考えた方が良い。

仕事に感謝し、励む中で、人から信頼を得ることができる。
その上で自分が新たにできることを積み上げていく。

絶対的に成功するためには、法則があるそうです。

絶対に負けない法則。

いかに体感として身につけていけるかで、勝負は決まって来ると。


「長く生き残るには、精神を売って行く」
草間弥生さんが言ってました。

あまりに素直に凄いことをさらっと言うな、と驚きました。

でも、宗教や芸術の意味する本質はそこかもしれません。

凄いことをずばっと突く。

オブラートに包んでいては、何も始まらない。
人間の本質、というか、野生、本能の部分は、変えようがない。
同じものに響いてしまう、根本的な共通項がある。
その中で、どう自分を表現するか、というのが問われる。

責任を果たす。
それが、誠実、というもの。

逃げない、怯まない。
挑戦する。

何ものにも捕われない視点を持って、自分の意思を持ち、未来への責任を果たす。

それが、自分の生きる道。ですね。


今、感情と理性のレッスンを行っています。

理性が強くなり過ぎて、
欲がなくなり過ぎ、生きる気力や今生で過ごすことの執着を捨て過ぎ、
行き着いた先は、思考の停止でした。

欲というものがあってこそ得られるものがあり、欲があるからこそ苦しむものもあります。

なので、いかに欲を捨てられるかという事がよく取り沙汰されます。

しかしながら、この喜びも悲しみも経験する価値があるものだとするならば、2倍の経験を体験せずに人生を過ごしていることにもなりますね。

穏やかな人生というものだけが、人生ではありません。

熱く激しく漲りほとばしる生命の瞬き、それも人生です。

そう思い、せっかくこの世に生まれたのだから、それが経験できないのも勿体無いと思いたち、感情を学ぶことにしました。

感情というものの学びを深めた結果得たものは、感情の開放という喜びででしたが、感情という暴れ馬を制御できなくなるというオマケ付きでした。

人は楽をしたいものですよね。
ただ楽を楽しめればいいですが、溺れていってしまえば、行き着く先はただの怠惰。

けれども、私の中に根深く張る、こうであるべきという自分を厳しく制限する自分が、それについて深く自分を責め立てるという行為を行った結果、縮こまり膝を抱え家から出ずに何もせずにここにいたい、ここにいさえすれば大丈夫、
という内向きな心の様相を作ったともいえます。

こういった感情や思いというものの処理は時間がかかり、
より現実の「行い」というものから自分を遠ざけてしまいます。

結局は、理性とは、母の愛、父の愛のように、子どものような感情を理解してあげながら、本人が一番やりたくなるように行為を促すことなのだと思います。


人は子どもの頃の経験で作られます。
子どもの時に覚えた喜びは、生涯忘れることはなく、また子どもの頃の嫌な記憶は生涯思い出します。
大人になって再びあの喜びを体験したくて行動し、再びあの嫌な想いをしたくなくて避けるように行動します。

つまり、子どもの頃に何を経験するかで今の自分が決まるということです。

そうであるならば、
もし今の自分がどんなに嫌いでも、決して変えられないという事になってしまいます。

つまり、今を最高のものにしようとするならば、
「今」という時間に、
自分が、自分に、
いかに楽しく嬉しく喜ばしい体験をさせてあげられるか、
というのが、この先の未来にいる自分を形作ることになります。

「行為こそが、全ての結果なのである。」

大人になった今、そんなのはもう遅いと思いますか?
そんなことはありませんよね。
人はみな、死ぬまで学び続ける子どもです。

思い悩むのも人生

何も考えず楽しむのも人生

人はいつか死ぬ。

「いつ死んでもいい」というのは、
決して生きる事を諦めてるという事ではありません。

いつ死んでも良いくらい、
今を最高に生きている。

今が喜びの頂点である。

という状態が、生きる状態であると思うのです。

いつ死ぬかなど誰にもわかりません。

ならば、この最高の喜びというものを、経験しに行こうじゃないですか。


自分に勝ち、


人生に勝ち、


雄叫びをあげる。


ここが頂点!


私は頂点に立った!!


という最高の喜びを味わいに行こうじゃないですか。


知っていますか?



人生に不可能はありません。

大抵のことは叶います。

いつだって逃げるのは自分。



感情と理性を総動員して、未来を目指しましょう。


人はみな、必ずなりたい自分になれます。


不可能は、ありません。



不可能は、ありません。




今は大切な時期

今はこの3年間新しく作りこんだ自分と元の自分を統合する大切な時間。

旅に出て
家に戻って
変わった自分
元のままの自分
居心地の良い自分
居心地の悪い自分に気づいていく。

本来の自分を思い出し戻っていくためには、私は遠くに行く必要があった。

今まで積み上げてきたもの。
その実績も素直に認められるようになってきた。

心の内で否定していたものを、あえて表に出して口にしてきた。

感情と現実をきちんと切り離すために。
感情が動くものでないとできないという感覚も分かってきた。

コアの私が喜び踊る事は何なのか。
感情を表現することで人と深まる絆を理解し実行し経験を積んできた。

ただ心の感情のままだと現実を見誤ることも分かってきた。

計画的に道を歩むために感情を支配下におき
表現と利用方法を間違えないように取り扱うこと
そのポイントを押さえておけば大丈夫。

もう、元に戻ってもいいんじゃないの?という声が聞こえる。


今年は5年スパンの4年目が9月からスタートする。

もう総決算を意識して行動していく必要がある
5年目は次のステージの準備できっと忙しくなる

本来の自分に戻る。

これから今までの3年間積み上げた《変容》がどんなものだったのか答えが出る。

人と自分とを分けて自分を立たせ再び人の中に自分を立たせたまま戻っていく。

個が作る大勢が生むエネルギーをコントロールして
自分のエネルギーとして自分のものにする

たぶん、もうできる。

元に戻ってもきっと大丈夫。

本当にやりたい事をやるために私は行動する

これからは一切したくないことはしない本当にやりたいことだけをする